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受動喫煙対策に対して、肺がん患者が思うこと

たばこを吸ったことのない私は、たばこの煙に晒され続けてきた。そして、肺がんになった。

私は肺がん患者です。

命に限りがあると告げられると、いろいろなものがそぎ落とされていき、自分にとって大切なものだけが残っていきます。社会問題となっている受動喫煙対策は、私にとって大切なものの一つです。

そこに苦しむ1人として、「救える命は救ってほしい」そう願います。今回は、そんな肺がん患者の立場から、受動喫煙について書かせていただきます。

学校の敷地内でも吸えるように 変えられた法案のメッセージ

2018年3月、つまり、今です。残念なことが起こりました。受動喫煙の防止対策を強化する健康増進法改正案が固まり、閣議決定され、国会へと提出されるようなのですが、その中身が問題です。

以前は、「たばこは健康危害」「救える命は救う」「子供たちに煙のない社会を」等々、法律が一番大切とし、根幹ともいえるメッセージがありました。しかし、それが崩され、変わっていたのです。

具体的に言うと、子供たちのいる学校で、たばこを吸うことを認めました。今までの案では、小、中、高校の敷地内では禁煙です。一切、たばこを吸えません。ところが今回の案では「屋外に喫煙場所設置は可能」となっています。吸ってもよい、に変わりました。

がんは、日本人の死因の第1位。罹患者数も増え続け、現在、年間30万人以上の国民ががんで亡くなっています。また、生涯のうちにがんにかかる可能性は、男性の2人に1人、女性の3人に1人と推測されています。

がんは最も大きな健康課題であり、国民はその基礎的な教養を身につけるべきと、国は報告しています。数年後には、学校でのがん教育も全面実施となります。そこでは命の大切さを感じること、がんを正しく理解し、予防や早期発見へとつなげることを目標としています。

言うまでもないことですが、最大のがん予防は喫煙しないことです。それだけでなく、たばこには他人を傷つけることもあること、受動喫煙も学びます。そうした中で、学校で喫煙場所を設けることを法律は認めようとしています。言っていることと、やっていることが異なる・・・大人として絶対にやってはならないことを認めようとしています。

もう一度言います。自分を大切にし、他人も大切にする、そう教える学校で、自分を大切にせず、他人を傷つけるたばこを吸えるようにする法律が進められようとしています。理念。矜持。そういった一番大切なところが、この法律から抜け落ちました。

一体なぜこんなことが起こるのか・・・

受動喫煙が原因の死亡者は推計で年間約1万5000人。2017年の交通事故死者数の約4倍です。もしかしたら、この亡くなった人たちの思いや背景を知らないのではないか、そんな思いを抱かざるを得ません。

今回、受動喫煙に苦しむ私自身の体験を含め、3つの視点を皆さんに提示し、この問題を考えたいと思います。受動喫煙を理解するうえで、お役に立てれば幸いです。

視点1 私自身・長谷川一男の場合

8年前、39歳になったばかりの冬、突然、咳が出始め、病院に駆け込んだところ、肺がんとわかりました。進行度を示すステージは最も進んだ4。5年生存率は5%ほどでした。私には喫煙歴がありません。なぜ・・・? そんな思いが自然と湧き上がりました。

喫煙していなくても肺がんを患うことがあります。その原因の一つが「受動喫煙」です。振り返ってみると、発症前、受動喫煙を多く経験していました。そしてそこに深い闇があることにすぐに気が付きました。

私が受動喫煙したのは、まず、親からです。父親は1日2箱吸うヘビースモーカーでした。母親はその煙を嫌い、家のリビングに大きな換気扇がついているほどです。不注意で灰皿をひっくり返してしまったことがあります。自分でひっくり返してしまったのだから、自分で片づけるのは当たり前ですが、これ以上ない不快なこととして記憶に残っています。

父は肺がんを患い、亡くなりました。大人になり働くようになると、職場においても受動喫煙しています。私が就職したのは25年ほど前です。職種がマスコミということもあり、ほとんどの方が吸っていました。

なぜ病気になったのか・・・そこを探れば悲しく、行き場のない現実が待ち受けているのは明らかです。患者となった今、限られた命をネガティブなことに使いたくないとも思います。

さらに、がんを患う中で、人間に備わった強さのようなものを感じるようになりました。人はどんな苦難にあっても、それを乗り越えようとするのです。自分ががんになったことにどのような意味があるのか・・・すべてのことに意味があるならば、自分自身ががんを患うことにも意味があるはず・・・右往左往を経験しながらも、やがて一日一日を、一瞬一瞬を生きようと前を向きます。がんという病を、誇りに変えて、生きていこうとします。

そう考えたとき、病の原因探しは特に意味を持ちません。むしろマイナスです。こうして病の原因探しは葬り去られます。受動喫煙で1万5000人が亡くなっていく原因は追究されずに、そのまま永遠に亡くなり続けるということが起こります。

山梨県が2016年、中高生約8100人にアンケートを行ったところ、家族に喫煙者がいる中学生のうち65%は、家庭で受動喫煙したと回答しています。私のような人間が今もなお作られ続ける現実があります。

視点2 「肺がん患者アンケート」から見えたこと

世の中には、たばこの煙が耐えられない事情を抱えた人がいます。それを証明するため、昨年、私たちは肺がん患者215人に、受動喫煙の状況をアンケートしました。

まずお知らせしたいのは、患者の大半がたばこの煙を不快に感じていることです。そして、「恐怖」の感情を抱いています。病気の悪化や再発を招くのではないかと感じているのです。新薬が出てきて、肺がんの生存率が上がったといっても、ステージ2の段階で5年生存率が50%ぐらい。患者たちが煙におびえるのは当然です。そんな事情を抱えた人がいることは理解していただきたいです。

アンケートからはどの場所で肺がん患者が受動喫煙しているかも分かりました。

1位は飲食店(86,5%、複数回答可)です。また職場でも31.7%もの方が受動喫煙していると答えました。

職場においては喫煙室などが設置され、分煙が進んでいるようにも見えます。ところが宴会などで喫煙可能な店が選ばれる。そこで顧客が吸う、上司が吸うなど、事情を抱えている人への配慮はまだまだ進んでいない状況が分かりました。

アンケートに答えてくださった患者の声をご紹介しましょう。

お客様の車を運転しお運びした先輩が、仕事を終え車に乗り込んできた時にたばこを吸い始めました。その先輩は私が肺がんに罹患した事もご存知です。自分も吸っていたのでその気持ちは分かります。その時には煙草をやめて下さいとは言えませんでした。人間関係もありますし、職のこともあります。その時に国としての配慮があればどれだけ救われるかと実感しました。そしてそのまま辞めました。【50代男性Aさん(代行運転業)】

私はおととしの9月末まで公共の施設の中にある喫茶店に勤めていました。建物内に喫煙所(分煙)がありました。喫茶店も建物内にあり、そこでは喫煙可でした。喫茶店はカウンター席(8 席)のみで、私はカウンター内で調理もしていたので、タバコの煙はまともに流れてきました。肺がんになって手術後に復帰してからはマスクをつけ働いていました。その後再発したため抗がん剤治療を機に休職しました。ずっと受動喫煙のことが気になっていたので上司にも相談しましたが、禁煙にすると客や売り上げが減るから難しいとのことで実現しませんでした。抗がん剤治療後、体調が回復したら職場に戻るつもりでいましたが、狭い空間の中でまた煙を吸わされるのかと思うと、再発など病気への不安も大きくなり契約更新の際に復職するのをあきらめました。【50代女性Bさん】

社会の中で、受動喫煙を理由に仕事を辞めている人がいる現実を知ってほしいです。

視点3 乳幼児突然死症候群

2016年に改訂されたたばこ白書では、受動喫煙は、肺がんや脳卒中、心筋梗塞とならび、乳幼児突然死症候群にも「レベル1」の健康影響があるとされました。因果関係の科学的根拠が十分にあるという意味です。

乳幼児突然死症候群の死亡者は推定で年間73人。全体ではおよそ150人の赤ちゃんが亡くなっているそうで、受動喫煙の割合が非常に高いことがよくわかります。

しかしながら、肺がんと受動喫煙の関係ほど、その事実が知られていないと感じます。いや、誰も知らないのではないか。構造上、その被害を強く訴える人もいません。つまり、規制がなければ年間73人の赤ちゃんが受動喫煙で亡くなり続けるということになります。

以上、受動喫煙の問題を3つの視点から書いてみました。

受動喫煙対策の法律は上記した苦しみを断ち切るものでなければならない、そう強く願います。そしてこの現状を変える理念をきちんと打ち出してほしいと思います。

命を守るためにこれ以上妥協はできない

最近、今回の法案の作成にあたり、次のような声が聞こえてきます。

「政治とは反対の意見がある中、お互いに譲歩しあって、折り合いをつけるもの」

「法案をまとめることができず、いつまでも決められないまま、受動喫煙対策が努力義務にとどまる現状が長く続くことだけは避けたかった」

「一歩でも二歩でも前に進む、現実的な案をまとめるのがわれわれの仕事だ」

たしかに受動喫煙の規制をどの線にするのかはなかなか決まらなく、停滞しているのは事実です。この声を聞き、なぜ厳しい法案を作らないのかと反対を続けている自分自身を振り返りました。

大人として、受動喫煙の被害を訴えるものとして、ふさわしくない態度をとっているのではないか、切り上げ時期ではないのか、と考えてみたのです。

しかし、結論は、「このまま意見を言い続ける」でした。

今回、上記した3つの視点は、現在の改正案はもとより、厳しすぎるとされた元々の厚労省案(飲食店30平方メートル以下喫煙可。小中高敷地内禁煙)が成立しても、少しも改善されません。

それでも受動喫煙の被害を防ぐ一歩となるなら、ということで、元の案には賛成していました。つまり、そもそも譲歩した案です。被害を訴えるこちらが譲歩していないなどと、後ろめたく思うことなどないのでした。最初に書いた通り、現状の案には、いのちを大切にする理念、矜持もありません。

2月には自民党受動喫煙防止議員連盟、超党派による「東京オリパラに向けて受動喫煙防止法を実現する議連」が緊急総会を開きました。受動喫煙の被害を看過せず、国民の命を守ろうという議員もいます。与野党で党議拘束を外す活動もすると報道されています。

パブ文化のあるイギリスでは、この問題に対し紛糾したのち、党議拘束を外して決めたそうです。受動喫煙は命の問題です。意見が割れているのであれば、党議拘束を外し、議員の良心により、決めていただきたい。ちなみにイギリスは屋内禁煙で決着です。他の国はそもそも屋内禁煙の規制に反対の意見はそれほどなく、すんなり決まっているそうです。

お願いです。年間1万5000人の犠牲者、さらに家族、友人など多くの人たちの苦しみが生まれ続けていることから目を背けないでください。受動喫煙を防止する厳しい法律の成立を強く望みます。

【長谷川一男(はせがわ・かずお)】特定非営利活動法人肺がん患者の会ワンステップ代表

1971年東京都生まれ。肺がん。ステージ4。喫煙歴なし。2010年に発症し、現在8年目となる。フリーのテレビディレクターを経て、患者会活動を始める。

ワンステップが大切にしていることは「仲間を作る」と「知って考える」。2ヶ月に1回のペースでおしゃべり会開催。ホームページとブログにて、様々なテーマで情報発信している。全国の11の肺がん患者会が集まった「日本肺がん患者連絡会」所属。代表。2016年4月、NHK ETV特集でその闘病生活が放送された。同年12月、世界肺癌学会からペイシェントアドボカシーアワード。現在日本肺癌学会ガイドライン外部委員、世界肺癌学会WCLC2018カナダ アドボカシープログラム委員、7大学連携個別化がん医療実践者養成プラン外部評価委員を務めている。