衛星情報を使って、ひとの居場所を簡単に把握できるGPS。便利な半面、使い方によっては大きなプライバシー侵害になる。そのGPSを、犯罪捜査に使えるのはどんな場合か——。そのことを巡って争われている窃盗事件の裁判が2月22日、最大の山場を迎えた。最高裁に所属する15人の裁判官が全員で話し合う「大法廷」という特殊な場所で、弁論が開かれたのだ。
警察はこれまでGPSを、自分たちで決めた独自ルールで使ってきた。弁護側が問いかけているのは、それだと自由すぎやしませんか? もっと厳しいルールが必要ではないですか、ということだ。この論点について、1審の大阪地裁判決は「令状なしでGPSを利用するのは違法だ」と判断したが、大阪高裁は明確な判断を避けた(なお、1審も2審も他の証拠などから、被告人は有罪とされている)。
この事件を皮切りに、全国では同じような裁判がいくつも起きているが、各地の裁判所の判断は分かれている。今回、最高裁が下す判断が、今後の犯罪捜査に大きな影響を及ぼすことになる。
何が問題なのか?
この裁判は6人の弁護人が、ボランティア状態で裁判を続けている。今回の弁論には、彼らが抱いている問題意識がぎゅっと凝縮されていた。
弁論は、亀石倫子弁護士が、窃盗を繰り返したとして逮捕された被告人に初めて接見した時のエピソードから始まった。その部分を引用する。
《ここから引用》
ぼくのような人間に、言う資格はないのかもしれないけれど。
初めて接見した日、被告人は、このように前置きして話し始めました。
「警察が、僕の車にGPSをつけていました」
「ぼくは、ずっと監視されていました」
「警察は、こんなことまでできるんでしょうか」
本当にそのような捜査が行われているのか、確証はありませんでした。
もし本当なら、その捜査は、いまの法律では許されないのではないか。
しかし、そう主張することを、すぐには決断できませんでした。
GPSを取り付けたことを、警察は認めないかもしれません。
裁判に長い時間がかかると思いました。
被告人の身体拘束が、長くなるかもしれません。
私たちの主張は無視され、被告人の量刑が重くなることだってあるかもしれません。
これまでに、GPS捜査の対象になった多くの被疑者や被告人、そしてその弁護人は、そう考えて諦めたのかもしれませんでした。
被告人と、私たち6人の弁護人は、だからこそ、この裁判で主張しなければならないと思いました。
GPS捜査の実態はなかなか明らかになりませんでした。
捜査機関が、「秘密の保持」を徹底していたからです。
捜査段階で作られた多くの書類が、廃棄されていました。
開示された書類も、肝心な部分が黒塗りにされていました。
公判が始まるまで、1年かかりました。
この1年のあいだに、私たちは、警察が実際に取得していた位置情報の履歴を手に入れました。
数分おき、数十秒おきに、位置情報が検索されていました。
検索した回数は、ひと月に700回を超えることもありました。
私たちは、実際に警察官が、GPSを取り付けるために侵入した場所へも行きました。
ラブホテルの駐車場の入口は、厚いカーテンで覆われて、中が見えませんでした。
私たちは、GPSを手に入れ、車に取り付けて、追跡する実験をしました。
車が高速道路を走って京都方面へ向かっている様子
病院の駐車場に停車していること
宗教施設の敷地内に入っていったこと
スマートフォンの画面をクリックするだけで、手に取るように、車の動きがわかりました。
実験にかかった費用は、わずか、数千円でした。
私たちは、被告人に対しておこなわれたGPS捜査を、簡単に再現することができました。
そして、得体の知れないおそろしさを感じました。
このGPS捜査の実態を、長い間、国民の誰もが知らなかったのです。
これは、被疑者や被告人だけの問題ではない。
私たち、国民みんなに関わる問題だと思いました。
《引用おわり》
その後も弁論は続くが、そこで話されていた弁護側の主張をざっくりまとめると、次のようなものだ。
- GPS捜査は、きちんとしたルールがなければ、許されない。
- そのルールは、国民が熟議したうえで、法律を作って決めるべきだ。
弁護団に与えられたのは15分。弁論は次のような言葉で締めくくられた。
「権力の暴走を許し、権力が国民を監視する社会を選ぶのか、それとも、権力の暴走を止め、個人が強くあるためのプライバシーを大切にする社会を選ぶのか、この裁判が一つの分岐点になるでしょう」
「10年後、20年後に、私たちがこの裁判を振り返ったとき、正しかったと思えるような判断をしていただきたいと思っています。私たちの子孫がこの裁判のことを知ったときに、私たちを憎むのではなく、感謝してくれるような判断になることを願っています」
判決の日を、最高裁は「追って指定」としている。