違法残業をさせた疑いで労働基準法違反の罪に問われた電通の初公判が9月22日、東京簡裁で開かれた。山本敏博社長は法廷で起訴内容を認め、謝罪した。社員に長時間労働をさせた大企業が刑事責任を問われ、そのトップが法廷に立つ、異例の裁判だ。
過労死問題に取り組んできた人の目に、今回の裁判はどう映っているのか。「東京過労死を考える家族の会」の木谷晋輔さん(39)に話を聞いた。
「従業員を過労死させた企業の責任が、刑事裁判という形で示されるのは、大きなことだと思っています」
木谷さんはこう、切り出した。
木谷さんが過労死問題と向き合うことになったのは、IT企業で働いていた際、同期入社の友人を亡くしたことがきっかけだった。
友人はシステムエンジニアとして、地デジ化のためのシステム移行のプロジェクトに従事していた。
「そのプロジェクトは見積もりが甘く、仕様変更が相次いで発生していました」
友人は「仕様変更」があるたび、自分の作ったソフトを何度も何度も作り替えなければならなかった。
せっかくの仕事が、仕様変更で台無しに
木谷さんはこう話す。
「スケジュールの決まっている地デジ案件なので、納期は絶対に動かせません。引き受けたものは、終わらせなければならないんです。それなのに仕様変更は山盛り。彼の残業時間は、ゆうに月100時間を超えていました」
「システムエンジニアの仕事は、まず設計の見通しをたててから、それにそって組み立てていくものです。ところが、仕様変更があると台無しになる。それまでに苦労して作ったモノが、次々と無駄になっていく」
その徒労感たるや……。そこに加えて納期のプレッシャー。長時間労働が肉体を蝕んでいく。
過酷な職場環境
「本来だったら、上が下の状況を見ていて、大変そうなら休ませるのが普通ですよね。でも、上も上で手一杯で状況を把握できていなかった」
オフィスの環境も悪かった。自由に使えるスペースは極小。机はノートパソコンと飲み物のカップを置いたらそれで手一杯になってしまう。
「作業していた部屋が、あまりにも人が詰め込まれすぎていて、二酸化炭素濃度が安全基準よりも高かった。彼の裁判に提出された資料には、そんなデータも含まれていました」
つまり、ひとりひとりの働き方について、気遣いがある状況では到底なかったというのだという。
友人はその環境に耐えられずうつ病になり、ついに2006年1月に亡くなった。
木谷さんの確信
木谷さんには、友人の死の原因が「仕事」にあったという確信があった。2002年に入社して以来の付き合い。部署は違うが職種は同じSE。木谷さん自身、過労で身体を壊したこともあり、お互いに親近感をもって接していた。ただの同期、ただの友達というのでもなかった。
「同じ仕事をして、同じように苦しんでいた。なんとも言いがたい。表現するのが難しいんですが……、特別な存在だったんで……」
木谷さんは「なにかできないか」と思い、お葬式で、母親に挨拶をした。友人は一人っ子で、シングルマザーに育てられていた。
そして、彼の労災申請を手伝う中で、「過労死を考える家族の会」につながり、その活動をするようになっていった。
過労死への理解は広まりつつあるが……
2000年以降、過労や職場のメンタルヘルスの問題についての理解は、じわじわと広まってきた。特に2015年、高橋まつりさんが亡くなった「電通事件」は、大きなターニングポイントとなった。
しかし、国の「働き方改革」では、同時に「裁量労働制の拡大」や「高度プロフェッショナル制度」など、長時間労働規制の抜け道として利用される危険性をはらんだ制度の導入も検討されている。
今回、電通が刑事事件に問われているのは、違法残業による労基法違反。つまり、会社が労働者との約束「36協定」を守らず、長時間労働をさせたという内容だ。
だがもし仮に、今回の案件で働いていた人たちが、「高プロ」や「裁量労働制」の対象とされていたら……。木谷さんは指摘する。
「おかしくないですか?」
「今回の裁判自体がなかった可能性があります。働き方改革の進む方向によっては、今回のような働かせかたが『合法』になってしまう可能性がある」
いま、議論されている労働時間の上限規制にも、木谷さんは懐疑的だ。
「でも、それも月の残業が100時間や、80時間というレベルでしょう。それは過労死ラインそのもの。つまり、死ぬラインですよ。過労死ギリギリまで働かせていいというのは、おかしくないですか?」
「死ななくても病気になる……。過労死までいかなくても、過労で病気になる人も沢山いるわけです。本来なら、病気にならないように歯止めをかけてほしいです。厚労省のガイドラインでは、一般労働者の時間外労働は月45時間が限度となっています。もし線引きをするなら、そのラインでは?」
今回の裁判で検察側は、電通が2015年に違法残業について労基署から是正勧告を受けたにも関わらず「抜本的な改革をしていなかった」と主張。さらに、部長が上限を超えることを知りながら労働させていた、社員はサービス残業を余儀なくされていた、とも指摘し、罰金50万円を求刑した。
電通の山本社長は起訴事実を認め、謝罪した。
木谷さんは、こうしめくくった。
「従業員を過労死させた企業が、刑事裁判という市民に見える場所で裁かれている。これは大きなことです。長時間労働は人を死に追いやる、危険なものであることをどうか忘れないでほしい」