back to top

逮捕されても、有罪判決を受けても「空気を読まない」ろくでなし子は幸せそうだった

紳士的な夫、生まれたばかりの息子、笑顔の父親、支えてくれる支援者・弁護士たち……。

女性器をかたどった作品展示と、女性器をスキャンしてつくった3Dデータの送信により、わいせつ物頒布等の罪に問われた「ろくでなし子」こと五十嵐恵被告人の裁判。2審・東京高裁判決は作品展示について無罪、3Dデータ送信について有罪で罰金40万円と、1審・東京地裁判決と同じ結論に至った。

本人と弁護団は「納得いかない」と、すぐさま最高裁に上告した。だが、本人や支援者たちの表情は暗いどころか、幸せそうな雰囲気すら漂っている。いったいどうなっているのか、本人たちに聞いて回った。

「なんでこんな裁判をしているの?」

「日本の裁判所に来ることができて、とても感銘を受けました。裁判所の空気感、静けさ……。ヨーロッパの裁判所とは相当違いますね。大変興味深かった。私は日本の司法制度と、日本の文化に敬意を表します……」

「しかし同時に、なぜ恵さんが起訴されなければならなかったのか、全く理解できません。彼女の芸術活動は犯罪とは言えないし、表現の自由が尊重されるべきです。夫という立場を超えて、アーティスト仲間という立場からも、1審・2審判決には同意できません」

「私も含めた西洋の人間の多くにとってミステリーなのは、『なんでこんなことで裁判をしてるの?』ということです。お金もかかりますよね? 税金ですよね? 大勢の時間を無駄にしているのではないですか……?」

「この事件がなかったら、僕は妻に会うこともなかった」

「ただし! もしこの事件がなかったら、僕は妻に会うこともなかった。だから日本の司法制度には、大いに感謝しています。本当にありがとう」

「恵さんはアイルランドで本当に楽しく暮らしています。私の演奏用スタジオを、彼女も創作活動に使っています」

「ダブリンはクリエイティブな街で、アーティストが沢山住んでいるので、恵さんにはアットホームな感じでしょうね。彼女の芸術活動は、議論を呼ぶ内容かもしれません。でも、犯罪にはされませんからね!」

彼は「芸術活動で逮捕されたアーティスト」として、ろくでなし子を知り、好感を抱いた。こうした見方は海外では少なくない。

広告

「私は空気が読めないんですよ。気が利かない。女のくせに。空気を読め……。そんな風にずっと言われて、損ばかりしていた。でも、今回初めて、一切空気を読まないことがプラスになった気がしています」

ろくでなし子はそう語る。

逮捕後、7人の弁護士が手弁当で集まり、ろくでなし子弁護団が結成された。世界中あちこちから逮捕に抗議する声があがった。署名が立ち上がり、芸術家たちが声明を出した。海外メディアが取材にやってきた。逮捕への憤りを描いたマンガは、日本語だけではなく英語やフランス語でも出版された。

「悪いことをしました」と認めれば、罰金刑で終わりの可能性もあった。ただ、本人にその気はなかった。わいせつな表現をしているつもりが、毛頭なかったからだ。

「ポップでばかばかしい表現」「エロを求めてくる男の人たちがいたら、かえって脱力させてやりたい」。こうした考えは逮捕前から変わらない。

「むしろ、女性器がエロいと言われることに反発して、あえてエロくない、エロからかけ離れたものを作っていましたからね」

実際、今回問題とされた展示作品3点については、東京高裁の裁判官も「性的刺激を受けることは考えにくく……わいせつ物とは認められない」とまで言い切って、無罪とした。

なぜ評価されるのか?

逮捕・裁判の間にも、支援者が続々と表れた。作品は香港やドイツなど海外のギャラリーで展示されるようになった。いまもアメリカ・イギリスのギャラリーから展示の話が舞い込んでいる。ドキュメンタリー映画も制作中だという。

なぜ、ろくでなし子は評価されるのか。埼玉大学の牧陽一教授は、この裁判に出した意見書で「女性器を現代アートの素材として用いる方法は世界に共通」と指摘している。

こうした考え方を前提とすれば、司法から冷たい扱いを受けるほど、「戦うアーティスト」のイメージが強まる。それが共感を生んでいる側面もあるわけだ。

「壮大な婚活」とまで……

ろくでなし子は、2審判決の結果を受けても、まったく動じていないように見える。

「逮捕されたのは不当で許せないと思う。でもそのおかげでいろんな人に知ってもらえた。結婚して、息子もできた。自分の作品ともより本気で向き合えるようになった。信頼できる人たちとも出会えた。ありがとう、感謝で一杯です」

一連の騒動を「世界をマタにかけた壮大な婚活」とまで笑い飛ばし、支援者や弁護団と記念撮影をしていた。生まれたばかりの息子も母の傍で安らかな寝息を立てていた。

父親も笑顔で話す。「本当におもしろいね……。人生って、こんなことあるんだよね。彼女は本当に良かったと思いますよ。須見健矢弁護士や弁護団に出会って、みんなも応援してくれて……本当に幸せだと思います」。有罪判決を受けた被告人の父、という雰囲気はみじんもない。

逮捕・起訴が、かえって彼女の活動への共感を生み出しているとすれば、これほど皮肉なことはない。

弁護側にとって一つ残る問題は、1審・2審ともに「わいせつ」だと判断された3Dデータの配布行為だ。弁護側は、仮にわいせつだとしてもプロジェクト・アートの一環だから正当だと主張したが、退けられた。

プロジェクト・アートでは、賛同者が作家から受け取ったものを使ってアートを作り、さらに表現が広がっていくような形態をとるものもある。

牧教授は、ろくでなし子のアートはまさにそうだとして、「ボートを作るためのクラウドファンディング、多摩川での進水式、3D作品の創出と伝播、支持者らの作品制作と再伝播、さらに作品に関する討論の場はシンポジウム開催、SNS 上にまで広がり拡張を止めない」と指摘する。資金集めのクラウドファンディングも含めて、全ての過程がひとつのアートになるのだという。

弁護団の山口貴士弁護士は、裁判の報告集会で「2審判決は、一般論として、わいせつ表現がプロジェクトアートとして正当化される余地があり得るというところまでは認めている。そこまで踏み込んだのなら、もう一歩踏み込んでもらえないかと思った」と話した。

ろくでなし子も「見た感じが女性器に近いからわいせつという観点から、抜け出せていないのが残念」「現代アートについてもっと学んでほしい」と悔しさを滲ませ、最高裁へ上告すると宣言した。

何が「わいせつ」なのかは、社会や時代の移り変わりとともに大きく変わる。実際、名作とされている小説の中には、かつて「わいせつ」と呼ばれたものもある。

今回の裁判で、弁護側はわいせつ物頒布等の罪(刑法175条)でいう「わいせつ」の定義が、あいまいすぎると主張した。

それに対し、2審判決は「いたずらに性欲を刺激もしくは興奮し又はこれを満足せしむべき物品であって、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」という最高裁の定義を引用したうえで、「通常の判断能力を有する一般人の理解において、……判断することが十分可能」と書いた。

しかし振り返ってみると、2審判決が「性的刺激を受けることは考えにくい」とバッサリ切りすてた作品を展示したことで、ろくでなし子は逮捕・起訴された。1審の法廷でも、作品は傍聴者の目に触れないように、ダンボールの箱で厳重に覆われて取り調べられていた。「わいせつではない」というために弁護側は法律家・芸術家を巻き込んで、膨大な主張を展開した。

このように、表現規制は一筋縄ではいかない。「わいせつ」をどう定義するのか。誰がそれを判断するのか。その難しさが正面から問われている裁判は、最高裁へと舞台を移して続く。

BuzzFeed JapanNews


バズフィード・ジャパン ニュース記者

Kazuki Watanabeに連絡する メールアドレス:Kazuki.Watanabe@buzzfeed.com.

Got a confidential tip? Submit it here.