字幕と吹き替えに隠されたNetflixの翻訳の工夫

    世界中のユーザーへ作品を届けるために注力しているのは、字幕や吹き替えをはじめとするローカリゼーション。

    190カ国以上、1億3000万人のユーザーを抱えるオンラインストリーミングサービス「Netflix」。

    9月18日に発表予定の“テレビ番組のアカデミー賞”ことエミー賞には、今年最多の112部門にNetflixオリジナル作品がノミネート。充実した作品の数々がユーザーを虜にし、ネット上では“時間泥棒”とも評されるほどだ。

    優れているのは作品だけではない

    Netflixは、番組内容だけではなく、優れたユーザーインターフェースも評価されている。字幕や吹き替え音声のバリエーションが手厚いというのもその1つだ。

    たとえば、日本の作品にも日本語のキャプション字幕が用意されている。音声が流せない環境においても作品を楽しめるので、個人的に重宝している機能だ。

    190カ国以上での配信に必要な吹き替えと字幕の数

    作品によって差はあるものの、ほとんどの作品で7カ国語以上の吹き替え音声をカバー。字幕が読めない子ども向けのタイトルでは、さらに対応する言語数は増える。

    一方、世界的に配信する作品で制作する字幕は、1タイトルにつき25カ国語を超えるという。

    「Netflixのローカリゼーションチームのメンバーは国際色豊か。私が日本の作品を中国語に吹き替える際に、中国人のプロデューサーに意見を聞くこともありますし、逆もしかり。私が日本語への訳し方をアドバイスするなど、チーム内で助け合っています」

    こう話すのは、Netflixで各言語への吹き替えを担当するインターナショナルダビングチームの野村麻里子さんだ。

    野村さんのチームは、作品をチェックして、翻訳の指針となる「ショーガイド」という資料を作る部署。あらすじや作品設定がまとめられており、これをもとにして、吹き替えや字幕の制作を進めているという。

    「すべての作品でショーガイドを書ければいいのですが、数が多いのでそうもいきません。どの作品を優先して翻訳するかの交通整理は大変なところもあります」

    「作品によっては、私がチェックする時点で、まだ先の展開が決まっていないことも。私たちのチームは、なるべく早い段階でショーランナー(現場責任者)などの制作チームとミーティングしたりして、情報を得ておくことが重要になります」

    制作サイドとコミュニケーションが取れる環境が、より速く、より世界観に忠実な翻訳に一役買っているのだ。

    吹き替えは国によってこんなに違う

    国によっては非常にユニークな吹き替えを求められることもあるという。代表的なのは、ポーランドの「レクトリング(Lektoring)」という方式。一般的に、キャラクターごとにそれぞれ別の声優が声を当てるが、ポーランドでは、アニメ以外は1人の話し手が物語の内容をどんどん説明していくスタイルだ。

    実は、日本の吹き替えの収録方法も、世界的に見ればユニークだという。

    「ほかの国の吹き替えでは、個別に録音した声を後からつなげて作るんですが、日本では、芸能人を起用しているような場合を除いて、キャスト全員が集まって一斉に吹き替える。ちょっとした舞台なんです」

    「いまNetflixでは、日本のやり方のほうが躍動感があっておもしろいということで、海外の吹き替えにも取り入れていっています」

    ちなみに、フルハウスの続編にあたる『フラーハウス』シーズン3第1話「最高の夏休み」は、日本版だけ作中のミュージカルシーンまで吹き替えられた“特別仕様”となっている。

    「各国の吹き替えでは『声優さんみんなが歌を歌えるわけじゃないから、このシーンの吹き替えは無理だ』と」

    「でも、日本はグループ録音で本物のミュージカルさながらに仕上げてくれたんです。ほかの国ではできないことができる。それだけ声優層が厚いんですよね」

    普段は字幕で鑑賞している人も、ぜひ日本語吹き替えバージョンで楽しんでほしいシーンだ。

    翻訳を効率化する独自システム

    膨大な数の作品を、どうやってこれだけのスピード感で翻訳しているのか。

    Netflixは翻訳者のテストプラットフォーム「HERMES」を導入。それまで吹き替え・字幕の制作会社にしか依頼できていなかった作業を、フリーランスの翻訳者にも直接依頼できる体制を構築したという。

    「HERMES」による募集で順調に翻訳者からの応募が集まり、現在は受付を一旦ストップしている。

    「ただ、質より量ではないです。すべての作品ではありませんが、社内のクオリティチェックチームがタイトルごとに人の目でもチェックしています」

    そのほかにも、同社は字幕をつけるための独自ツールを開発し、翻訳者にすべて無料で配布しているそうだ。

    「やはり素晴らしい視聴者体験をしていただきたい。そのために、翻訳者さんたちにも、ベストな状態の字幕を提供していただけるように、Netflix独自システムを用意しました」

    翻訳は最も“投資”が必要な部分

    Netflixユーザーの字幕・吹き替えの利用状況は非公開だが、どのような形で作品が楽まれているかの傾向データを収集し、どういったニーズがあるのかを把握している。

    「吹き替えか字幕か、そして求められる言語も国によって違います。たとえば、南米では日本のアニメ作品をオリジナルの日本語で視聴したいというニーズも多いんです」

    現在190カ国以上で展開しているNetflix。今後はユーザーがより字幕・吹き替えをより幅広い言語から選べる状態を目指す。

    「字幕・吹き替えの制作は、とても人や時間、コストなどのリソースが必要な部分。この作品はどんな人に視聴してもらえそうか、そしてどの言語に対応するかは、データや経験の蓄積から厳格に見極めています」