「殺してやる」「米国は黙れ」 フィリピンの暴言大統領はなぜ支持されるのか

    フィリピンの歴史と社会状況から見えてくるもの

    強硬な発言と言動が注目を集めるフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領。その型破りな政治手法には、国内外から懸念の声が上がっている。

    アメリカのオバマ大統領に悪態をつき、「違法麻薬密売人は殺す」と公言する。6月の就任以来、違法麻薬捜査で殺される容疑者が急増。ドゥテルテ政権が人権侵害を容認しているとして、国連や米国が非難している。

    しかし、フィリピンでは未だ高い支持率を維持している。破天荒なドゥテルテ大統領に支持が集まるのはなぜか。

    支持の背景にあるフィリピン独特の事情を整理した。


    解決しない社会問題

    フィリピンでは、社会のあちこちに汚職が蔓延している。一般的な庶民の日常生活にまで悪影響を及ぼすレベルだ。

    日本では、警察官に路上で小銭をせびられることはない。だが、フィリピンの都市部では、悪徳警官に因縁をつけられることがしばしばある。

    交通違反で捕まっても「現金をくれれば見逃す」と露骨に迫り小銭を稼ぐ警察官もいる。クビになった元警官による犯罪はもはや定番といえる。中には殺人事件や違法麻薬取引に手を染める現職の警官もいる。

    汚職がはびこっているのは警察組織だけではない。税関も入国管理局も。「法の下の平等」を保障するはずの司法界でも、賄賂を受け取る判事の噂が絶えない。

    政治家は選挙のたびに聞こえのいい政策を掲げるのに、いつまでたっても汚職は無くならない。そんな「変わらぬ現状」に多くのフィリピン人が不満を抱いているのだ。


    国民の苛立ち

    フィリピンの都市貧困層の実情に詳しい名古屋大学大学院の日下渉准教授は「ドゥテルテ人気には、国家の機能不全に対するフィリピン国民の苛立ちが現れている」と分析する。

    フィリピンでは交渉次第で法の規制から見逃してもらえることが多々ある。賄賂を生活の糧にする政府職員もいる。

    日下准教授は、「賄賂をもらう政府職員も渡す国民も、そういった腐った国家システムから恩恵を受けてきた部分がある。それに対して、国民がノーと言い始めた」と話す。

    国民が腐敗したシステムに苛立つ中、「現状の制度をぶっ壊す」と公言する強面のドゥテルテ大統領が登場した。

    そして、ドゥテルテ大統領が推し進める違法麻薬対策は「諸悪の根源との闘い」として象徴的な扱いを受けている(日下准教授)。

    人権派や知識層は懸念しているものの、容疑者殺害の急増は「闘いの犠牲」として容認されてしまう。

    国民の大半が、悪に立ち向かうドゥテルテ大統領ならば、「腐った社会を変えてくれる」と希望を抱いているからだ。


    占領の歴史

    とはいえ、公の場で汚い言葉を連発する大統領が支持を集めるなど、日本人の感覚では到底考えられない。

    「ジョーク好きの国民性だから」とフィリピン側が説明しても、罵られた側からすれば簡単に片付けられないだろう。

    しかし、フィリピンの歴史を紐解くと、アメリカや国連に暴言を放つ大統領が支持される土壌を理解出来る。

    16世紀からスペイン、アメリカ、日本と外国に占領され続けてきたフィリピン。

    歴代大統領は大国の意向を常に配慮してきた。経済も政治も文化も、大国の影響を受けざるをえない状況が続いてきた。

    しかし、ドゥテルテ大統領は、アメリカだろうが、国連だろうが、文句があったら容赦なく噛み付く。

    大国をも恐れない姿は、歴代大統領とは全く異なる。そのため、「口は悪いがきちんと物申す政治家」「フィリピン国民のことを第一に考える大統領」と評価されているのだ。


    地元での実績

    こういった国民心理に合わせて、ドゥテルテ大統領の地元での実績が相乗効果となり、人気をさらに強固にしている。

    ドゥテルテ大統領が20年以上市長を務めたフィリピン南部のダバオ市は、国内でも「最も安全な街」として知られている。未成年に対する夜間外出禁止令や深夜の飲酒取り締まりなどで治安を回復させたと定評がある。

    実際に「ダバオ市は本当に良い街。マニラとは違う」と話す日本人観光客も多い。

    最近、ドゥテルテ大統領とダバオ市で暗躍する処刑団とのつながりが報道された。

    だが、ドゥテルテ大統領が安全なダバオ市を築くために、私兵団を使って犯罪組織と戦った経歴は公然の事実だ。国際人権団体もこれまでに何度も警告してきた。

    フィリピン国民は、処刑団の存在を知った上でドゥテルテ大統領に投票したのだ。

    「悪を成敗するには、法を逸脱した正義の鉄拳も必要」と考えるフィリピン人は非常に多い。警察や司法にも汚職がはびこっているからだ。

    ドゥテルテ大統領は市長時代、「俺の街では麻薬、汚職、犯罪は許さん」と公言していた。その結果、犯罪件数が劇的に減ったとされている。

    大統領になって、この発言は「街」が「国」に変わった。

    「俺の国では麻薬、汚職、犯罪は許さん」

    「ダバオ市のように全国でも犯罪組織を駆逐してほしい」と願っているからこそ、フィリピン人は強硬的な犯罪対策を支持してしまうのだ。


    独裁者に変貌するか

    フィリピンで1970年代から戒厳令を布告して独裁体制を敷いた大統領がいる。

    フェルディナンド・マルコス元大統領だ。

    今では独裁者と評価されるマルコス元大統領も1965年に当選した際は、国民の高い支持を得ていた。「東洋のケネディ」とも賞賛された時期もあったが、政策に行き詰まり、国民の人気が低迷すると、次第に独裁者へ変貌していった。

    ドゥテルテ大統領もいつか、マルコス元大統領のように独裁者になるのでは、と不安視する声もある。

    政策研究大学院大学の高木佑輔助教授は「閣僚の中にドゥテルテ大統領を諌めるような有力者が見当たらないことが懸念材料」と指摘する。

    日下准教授も「今のところ、高い支持率を背景に安定した政権運営ができている。しかし、支持率が下がり司法・立法が邪魔になるまで追い込まれたらどういう態度に出るか不透明だ」と見ている。


    日本の役割

    南シナ海情勢が緊迫するとともに、日本にとってもフィリピンの重要性が高まってきている。朝日新聞などの報道によると、ドゥテルテ大統領は10月下旬に来日する方向で日本政府と調整をしている。

    安全保障政策に関してドゥテルテ大統領は、これまでの米国追従の姿勢を転換させる可能性を示唆しており、今後の動向に注目が集まっている。

    過去の政権で大統領補佐官(安全保障担当)を務めたロイロ・ゴレス元下院議員はBuzzFeed Newsに対して「フィリピンと米国の軍事協力体制が変化することはない」と話した。

    その上で、ゴレス議員は「今後、比米両国の間に誤解が生じた場合、日本は『良き仲介役』になれる」との見方を示した。