暗殺未遂にもくじけなかったコンゴの医師 ノーベル平和賞候補が日本で講演

    4万人以上の女性に寄り添ってきたデニ・ムクウェゲ氏

    アフリカ大陸のコンゴ東部で性暴力の被害にあった4万人以上の女性に寄り添ってきた医師がいる。2016年のノーベル平和賞候補にも上がっている、デニ・ムクウェゲ氏だ。

    コンゴは1996年から内紛状態にある。約20年間の紛争で計600万人が犠牲者になったといわれる。

    中でもコンゴ東部は、女性を狙った性的暴行が多発し「女性と少女にとって世界最悪の場所」と描写されるほど、治安が悪化している。

    ムクウェゲ氏は1999年、紛争で不安定なコンゴ東部に病院を設立。性暴力の被害にあった女性の治療と精神的ケアに尽力してきた。

    国際社会に女性の人権尊重を訴えてきた活動が評価され、国連人権賞やアメリカのヒラリー・クリントン賞を受賞した実績がある。2016年のノーベル平和賞の有力候補の一人として名前が上がっている。

    初来日したムクウェゲ氏は10月4日、東京大学で講演会を開いた。会場に集まった約200人に対して、性的暴力の根絶の必要性を訴えた。

    反政府勢力が狙う鉱物利権

    ムクウェゲ氏によると、グローバル経済とコンゴの内戦が止まない理由は密接に結びついている。

    ムクウェゲ氏は「コンゴは『扉や窓のない宝石店』のようなもの。国内外の色々な人々が搾取していく」と話す。

    天然資源が豊かなコンゴでは、携帯電話や半導体の原料となるレアメタルが採掘できる。レアメタルの市場価値は高く、強奪した鉱物を売却すれば膨大な資金を得られる。

    そのため、反政府勢力はレアメタルを狙い、鉱山の近くにあるコミュニティから略奪を繰り返す。女性を集団でレイプをしたり、家族の眼の前で残忍な暴力を見せつけることで、住民に恐怖心を植え付ける。

    ある住民は恐れて故郷を去り、残った住民は奴隷のような労働を強いられる。そして、反政府勢力が鉱山の利権を牛耳っていく。

    その後、反政府勢力が手に入れたレアメタルを多国籍企業が低価格で購入し、市場に流す。

    レアメタルを使った技術で多くの国が豊かになる一方で、法の支配も確立されていないコンゴでは、反政府勢力による行為が止まることがない。結局、原産地であるコンゴの住民は人権侵害にさらされ続けてしまう。

    ターゲットにされる女性

    鉱山がある地区を牛耳ることを目的に、反政府勢力や軍は女性をターゲットにした性暴力を繰り返す。ムクウェゲ氏は「コミュニティーの分断を図るため」と断言する。

    「決して性的な欲求に基づいた暴力ではありません。親や夫の前でレイプし住民に恐怖とトラウマを植え付け、コミュニティーを支配することが目的です」

    ムクウェゲ氏の病院に訪れた女性の年齢は様々だ。幼い少女から80代の老女まで。コンゴ東部が「世界のレイプ中心地」と揶揄される所以だ。

    2010年に経済協力開発機構(OECD)とアメリカ政府が「紛争鉱物取引規制」を導入したため、欧米を中心とする先進国の企業はサプライチェーンの透明化に尽力している。

    紛争地からのレアメタル購入を規制することで、反政府勢力が牛耳る鉱山地域も減った。日本を含む複数の国では、サプライチェーンを管理し人権侵害がない地域からレアメタルを購入する努力をしている。

    ムクウェゲ氏の病院を訪れる女性の数も少しづつ減ってきた。ピーク時の2004年には年間約4000人の女性を治療したが、2015年は年間約2800人にまで減少した。

    しかし、ムクウェゲ氏は「表面上の数だけで喜んではいられない」と話す。

    「2800人でも、一人一人がレイプされたことで一生抱える傷を負っている。武装勢力がいなくなっても、正規軍に奴隷労働を強いられている住民もまだ多い。子供も搾取されている。紛争の論理は変わっていない」

    暗殺未遂にもくじけなかった理由

    平和を求めるムクウェゲ氏は武装勢力などにとっては目障りな存在だった。

    何度も殺害予告をされたこともある。暗殺されそうになったことも。誘拐されたアシスタントもいる。

    「(性的暴行を受けて)絶望した女性が病院にやってくる。性器を傷つけられた女性の手術が終わると、また別の女性が病院に来るのです」

    絶望的な状況に直面しても、なぜ女性への支援をやめなかったのか。

    「性被害から立ち上がった彼女たちは素晴らしい力を持っています。命を守る力、命を与える力。彼女たちの力が私のエネルギーになっています」

    今年のノーベル平和賞受賞者の発表は日本時間で10月7日午後6時。ムクウェゲ氏が受賞するのか、注目だ。