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世界で最も多い病気から身を守ろう! 知られざるフッ化物(フッ素)の有効性

6月4日から歯と口の健康週間(10日まで)が始まります。日本人でも多い虫歯。予防するためにまだあまりやられていないことがあるんです。

世界一多い病気「むし歯」は、日本でも約4000万人が治療が必要

世界で一番多い病気が何か、ご存知でしょうか?

いろいろな定義はあるでしょうが、最近では世界保健機関(WHO)が各国の研究機関と合同で実施している「世界の疾病負担研究」のデータが多く活用されています。

そしてその研究が示す最も多い病気は、大人の歯(永久歯)の治療されていないむし歯なのです(1)。約3人に1人が治療が必要なむし歯を持っているとされていますが(2)、実はこれは日本でも同様です。

図1に示すように、20歳を超えた大人では30%以上の人が未治療のむし歯を持っていることが分かります。ここから約4000万人の日本人がむし歯の治療が必要だと推計されます(3)。

このように多いむし歯ですが、1970年代に比べて減っていることから「むし歯は減った」というイメージが強く、対策が十分になされておらず、科学的な知識の普及も日本では遅れています。

減ったのは事実ですが、他の病気に比べたら多く、日常の不便や痛みに苦しんでいる人は多く、国全体の医療費も高くなる病気です。

6月4日から歯と口の健康週間(10日まで)が始まります。身近なむし歯の知られざる実態をお伝えします。

むし歯と砂糖の国際比較から見える意外な関係

むし歯の原因としてまず思い浮かぶのが、甘い食べ物や飲み物、砂糖、ですね。当然ながら砂糖は大きな原因です。

しかし、図2をご覧ください。これは、国別の砂糖消費量(ジュースやお菓子からの砂糖を含む、1年間の1人平均消費量 kg)と12歳児の平均むし歯本数を示しています。日本人は砂糖消費量は非常に少ないのですが、むし歯は必ずしも少なくはありません。

海外のお菓子やデザートがとても甘かったり、ペットボトルの緑茶に砂糖が入っていたりして驚いたという経験をお持ちの方は多いかと思います。

しかし、そうした国よりも日本人の方がむし歯が多い可能性があります。砂糖摂取を減らすのはとても大事ですが、むし歯にとっては、砂糖以外の要因も影響している、というのがこのグラフから感じ取れると思います。

歯みがきの意外な弱点

むし歯予防と言えば「歯みがき」ですね。歯みがきは、むし歯や歯周病を予防するためにとても大切ですが、意外な弱点が存在します。それは「歯ブラシの毛先が入らないところの汚れは取れない」ということです(あたりまえですね……)。

そのため、最初に発生するむし歯の大多数は、こうした歯ブラシの届かない場所から発生しており、歯ブラシだけでは十分にむし歯予防ができないことが分かっています(4, 5)。

特に届かない場所が、奥歯(大臼歯)のかむ面にある溝(裂溝)です(図3)。永久歯の溝は深く細いため、プラークが除去できず、むし歯が発生しやすくなります。この他、歯と歯の間も歯ブラシが届きにくく、むし歯になりやすいです。

フッ化物の有効性

では、むし歯を予防するには、特にむし歯の多くをしめる奥歯のむし歯を防ぐにはどうしたらいいでしょうか? ひとつは、奥歯の溝をプラスチックの樹脂等でふさぐ「シーラント」を歯科医院で実施してもらうことです。

そして奥歯以外にも効果があり、より手軽な方法として「フッ化物」を利用することが挙げられます。

フッ化物は、水や魚や肉、野菜や米などの様々な飲食物に含まれています。人の体にも含まれ、元素としてフッ素は身体のなかで13番目に多いものです。

むし歯予防のためのフッ化物の利用は、1940年代にアメリカで「水道水フロリデーション」という形で最初に実用されました。これは水道水のフッ素イオン濃度を、緑茶と同じくらいの濃度に調整する方法です。WHOが推奨するこの方法は現在でもアメリカやオーストラリア、シンガポールなどの国々で実施されています。

その他にハミガキ(歯みがき粉、歯磨剤)にフッ化物を配合する方法や歯科医院でフッ化物を塗布する方法、フッ化物洗口液でうがいをする方法などが存在します。

日本の歯磨き粉の9割の製品にフッ化物が配合され、フッ化物塗布は保険診療での適用が認められており、フッ化物洗口は厚生労働省からガイドラインが出されています(6)。

フッ化物でのうがいは健康格差を縮める効果も!

図4をご覧ください。これは何もしていない小学校と、歯みがきだけを実施した小学校、そしてフッ化物でうがい(フッ化物洗口といいます)をした小学校のむし歯になった歯の面の数を比較した研究結果です(7)。フッ化物は明らかに大きなむし歯予防効果を示しています。

そして歯みがきは大切ですが(歯周病予防にも!)、奥歯を含む臼歯部のむし歯予防にはほとんど効果を示していません。

フッ化物洗口は、皆さんが普段使っているハミガキ(歯みがき粉、歯磨剤)に含まれているフッ化物と同程度(週1回だけうがいを行う場合)またはそれよりも薄い濃度(週5回行う場合)のフッ化物洗口液でうがいをする方法です。

図4の研究は古いものですが、フッ化物配合の歯磨き粉が普及した最近でも、小学校や幼稚園・保育園等でのフッ化物洗口には大きな効果があることが分かっています(8, 9)。

特にフッ化物洗口を小学校などで実施すると、「貧しくて歯磨き粉が購入できない家庭の子ども」や「親が働いていてなかなか歯科医院に連れていけない家庭の子ども」、「ひとり親で仕上げ磨きの時間が取れない家庭の子ども」など、家庭でセルフケアが十分にできない状況に置かれた子どもたちにも恩恵があるため、全体でみると大きな効果があるのです。

ここから健康格差を減らす効果があることも分かっています(9)。

フッ化物、「有害説」はどうなのか?

むし歯予防のためのフッ化物の利用は1945年にアメリカのミシガン州グランドラピッツで開始され、アメリカ政府の疾病予防管理センターがその70年以上の歴史に現在でも推奨の太鼓判を押しています(10)(第二次世界大戦のころ、アメリカ本土ではむし歯予防の研究をしていたんです……)。

しかし、歴史が長い分、非科学的な批判も多いです。ガン、アルツハイマー病、ダウン症、IQの低下、松果体異常、アレルギー、腎臓病、心臓病、甲状腺機能異常、DNA損傷、鉛中毒など、ありとあらゆる病気の原因が、フッ化物である、と批判されてきました(11)。

それではフッ化物は本当に体に有害なのでしょうか?前にも述べたように、フッ化物は様々な食品や水に含まれ、日常的に私たちは摂取しています。お茶にはむし歯予防の水道水フロリデーションと同程度の濃度のフッ素イオンが含まれていますが、お茶をよく飲む静岡県の人が上記の病気が多いでしょうか?

ちなみに静岡県は全国トップクラスの健康寿命県です。

もちろん、取り過ぎは歯のフッ素症といった副作用をもたらしますが、取り過ぎが病気を引き起こすことは食塩(高血圧や脳卒中)でも砂糖(肥満やむし歯)でも同じことです。日本における通常量の飲食物やむし歯予防からのフッ化物の摂取量は少ないため、体への悪影響はありません。

インターネット上をはじめさまざまな反対論があるため、歯科だけでなく医科系全般の公衆衛生学の科学論文を取り扱うアメリカ公衆衛生雑誌では、2016年に水道水フロリデーションの反対論・賛成論のオープンディスカッションの特集を行いました。

その結果、アメリカ公衆衛生雑誌の編集委員長であるMorabia医師は、反対論は人ではありえない過剰な量のフッ化物を用いた動物実験が基になっており、人を対象とした研究にも欠陥があることを述べています(12)。

また、人を対象とした研究ではつきものの偶然変動や観測のバイアスによる影響も冷静に考えなくてはなりません。

フッ化物は歯を強くしますが、骨にも取り込まれます。

水道水フロリデーションと骨折の関係を検証した研究では、29本の論文の55個の結果の内、大多数の結果は有意差がなく、有意だった結果も骨折を減らす・または増やす方向の結果が4~5個ずつ同程度存在したため、水道水フロリデーションは骨折に影響しないことが結論付けられています(13)。

たくさんある論文の中から、偏った研究だけを取り出してきて、「フッ素に害がある」と言うのは科学的に誤っています。

変わり始めた日本におけるフッ化物の利用

日本人は砂糖消費量が少なく、勤勉で歯みがきをしている人も多いですが、世界的にはむし歯が多い国です。この理由として、世界保健機関(WHO)と国際歯科連盟(FDA)が合同で出した論文では、多様な方法でのフッ化物応用が少ないことを挙げています。

原文:『It would appear that the most important missing factor in the Japanese situation, as compared with other industrialized countries, is the availability of fluoride. The strong environmental lobby inhibits the use of fluorides in its many forms except topical applications by dentists.』(14)。

薬害の誤ったイメージなどもありフッ化物応用の普及が遅れた日本では、例えばフッ化物配合の歯磨き粉の市場シェアが50%を超えるような本格的な普及が始まったのは1990年代後半からでした。そのため残念ながら大学によってフッ化物に関する教育が大きく異なっていたことが知られています(15, 16)。

最近ではこうした風潮はようやく変わってきて、2017年の歯科医師国家試験ではフッ化物の有効性に関する問題が出されています(図5)。また2017年からはフッ化物の濃度を高めた歯磨剤の販売が許可されています。

最近では2019年にNHKの番組「ためしてガッテン」で「イエテボリテクニック」という、フッ化物配合の歯磨き粉で歯みがきをした後、うがいをせずに吐き出すだけにする(または少量の水で1回ゆすぐ)ことでフッ素を口の中に残してむし歯予防効果を高める方法が紹介され大きな反響を呼びました。

この方法はむし歯予防先進国であるスウェーデンなどで実施されている方法です。

しかしながら、家庭環境に左右されずに大きな有効性をもつ小学校や幼稚園・保育園などでのフッ化物洗口の普及率はまだまだ低く、今後の普及でより一層のむし歯で苦しむ人々を減らせる可能性を秘めています。

家庭ではたっぷりとフッ化物配合歯磨剤をつけた歯みがきを行うこと、定期的な歯科医院でのフッ化物塗布を行うこと、そして学校や幼稚園・保育園でフッ化物洗口を行うことは、砂糖摂取の制限や歯みがきに加えて、みなさんやご家族のむし歯をより一層減らすことでしょう。

【参考文献】

1. GBD 2016 Disease and Injury Incidence and Prevalence Collaborators. Global, regional, and national incidence, prevalence, and years lived with disability for 328 diseases and injuries for 195 countries, 1990-2016: A systematic analysis for the global burden of disease study 2016. Lancet 2017;390: 1211-59.

2. Marcenes W, Kassebaum NJ, Bernabe E, Flaxman A, Naghavi M, Lopez A, et al. Global burden of oral conditions in 1990-2010: A systematic analysis. J Dent Res 2013;92: 592-7.

3. 相田 潤. 「う蝕は減っている」のイメージだけでいいのか?日本の未治療う蝕保有者4,000万人. The Quintessence 2019;38: 0396-402.

4. Burt A, Eklund A. Dental caries. Dentistry, dental practice, and the community 6th edition. St. Louis: Elsevier Saunders; 2005: 233-58.

5. Fejerskov, Kidd E, 髙橋信博・恵比須繁之(監訳). デンタルカリエス 原著第2版 その病態と臨床マネージメント. 2013.

6. 厚生労働省医政局長, 厚生労働省健康局長. フッ化物洗口ガイドライン. 東京; 2003.

7. 筒井昭仁, 小林清吾, 野上成樹, 境脩, 堀井欣一. 学校歯科保健対策における歯口清掃指導およびフッ素洗口法の評価. 口腔衛生会誌 1983;33: 79-88.

8. 八木稔. 小学校におけるフッ化物洗口プログラムの予防効果. 日本歯科医療管理学会雑誌 2013;47: 263-70.

9. Matsuyama Y, Aida J, Taura K, Kimoto K, Ando Y, Aoyama H, et al. School-based fluoride mouth-rinse program dissemination associated with decreasing dental caries inequalities between japanese prefectures: An ecological study. J Epidemiol 2016;26: 563-71.

10. Centers for Disease Control and Prevention. Over 70 years of community water fluoridation. 2019.

11. American Dental Association. Fluoridation facts: American Dental Association; 2018.

12. Morabia A. Community water fluoridation: Open discussions strengthen public health. Am J Public Health 2016;106: 209-10.

13. McDonagh MS, Whiting PF, Wilson PM, Sutton AJ, Chestnutt I, Cooper J, et al. Systematic review of water fluoridation. BMJ 2000;321: 855-9.

14. Renson CE, Crielaers P, Ibikunle S, Pinto VG, Ross CB, Sardo IJ, et al. Changing patterns of oral health and implications for oral health manpower: Part i. Report of a working group convened jointly by the federation dentaire internationale and the world health organisation. Int Dent J 1985;35: 235-51.

15. 相田潤, 田浦勝彦, 荒川浩久, 小林清吾, 飯島洋一, 磯崎篤則, et al. 予防歯科学・口腔衛生学およびフッ化物応用に関する教育の29大学間の差異と教育時間の減少 : 予防歯科学・口腔衛生学教育の現状調査2011. 口腔衛生学会雑誌 2015;65: 362-69.

16. 小山史穂子, 相田潤, 長谷晃広, 松山祐輔, 佐藤遊洋, 三浦宏子, et al. 出身大学によって幼児への歯磨剤の使用の推奨は異なるのか : 臨床研修歯科医師を対象とした調査結果. 口腔衛生学会雑誌 2015;65: 417-21.

【相田潤(あいだ・じゅん)】東北大学大学院歯学研究科 国際歯科保健学分野准教授 臨床疫学統計支援室 室長

2003年北海道大学歯学部卒業 、2010年University College London客員研究員、2011年から現職。2012~2019年3月宮城県保健福祉部参与(歯科医療保健政策担当)、2018年度厚生労働省歯科口腔保健の推進に係るう蝕対策ワーキングループメンバー。日本口腔衛生学会学会のあり方委員会委員、フッ化物応用委員会委員、日本老年学的評価研究(JAGES)コアメンバー,International Centre for Oral Health Inequalities Research and Policyコアメンバー,BMC Oral Health Associate editor,Journal of Epidemiology Associate editor。