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根拠なきワクチン批判で救える命を見殺しにしないで

なぜ、HPVワクチンを悪者にしてしまうのでしょうか?

HPVワクチンは本当に危なくて不必要なワクチン?

HPVワクチンは子宮頸がんの原因となるHPV(ヒトパピローマウイルス)への感染を防ぐワクチンです。

接種後に体調不良を訴える声が相次ぎ、マスコミはそれを繰り返し報道して国民の不安を煽りました。そして、国は4年半もの間、積極的に勧めるのを差し控えています。

すっかり怖いワクチンだというイメージが広がってしまいましたが、HPVワクチンに限らず、ワクチンを巡っては同様の問題が古今東西噴出し、救えたはずの命を数多く失う悲劇が繰り返されてきました。

HPVワクチンは本当に危なくて不必要なワクチンなのか、考えてみましょう。

私たちのリスクの捉え方には偏りがある

ベトナムの街中はオートバイだらけ! 数年前までノーヘルメットで運転している人が多かったので、ハノイで現地の人に「いくら何でもノーヘルはマズイでしょ。交通事故死が多いのでは?」と尋ねました。

「そんなことないよ。この街で1日に10人以上交通事故死することは滅多にないから」

そう答えた彼は、国内で鳥インフルエンザの死亡例が一人出たと大騒ぎしていました。

日本でも交通事故死が毎年約4000人いますが、「事故を絶対に起こさない人にだけ運転免許を交付しろ!」「自家用車は禁止すべきだ!」みたいな議論はほとんどなく、私の知人にも危ないドライバーがゴロゴロいます。

「飛行機は落ちる!危ない!」と搭乗を断固拒否する人が自分で車の運転をしています。飛行機で死亡事故に会う確率(先進国では2500万便のうち1便)なんて、路上で交通事故死する確率に比べると桁違い(というか桁桁桁違い)に低いのに何か変。

狂牛病騒動の頃、米国産牛肉が危険だと怖がり、食べない日本人がたくさんいました。アメリカ人がいっぱい食べて誰も発症していないのに。じゃあよっぽど心配症かというと、なんとユッケやレバ刺し(その頃は禁止されていなかった)は平気で食べていました!

ベロ毒素産生大腸菌(腸管出血性大腸菌O157等)などの食中毒で死ぬリスクは、狂牛病よりはるかに高いのに、それは平気? さらにビックリは、富山県でユッケを介した食中毒で多くの重症患者と5人の死者が出た後も、アンケート調査で生肉を食べると答えた人がいっぱいいたのです。

毎年食べ物が喉に詰まって窒息死する人が4000人以上います。かつて「こんにゃくゼリー」による窒息死が問題となり、販売禁止を求める声が上がりました。でも、それよりずっと危険なお餅(1億口食べると7〜8人窒息死)や飴(1億個舐めると1〜3人が窒息死)については、誰も声を上げません。

どうやら私達は、極めて偏ったリスク評価をするようです。「日常」慣れていることのリスクは大甘に許容し、「非・日常」と感じることについてはリスクを過大に捉えます。

風邪や嘔吐下痢症で受診した際に、不要どころか有害でさえあり、時に命にかかわる重い副作用を起こす抗菌薬を欲しがる人が、ワクチンという非常に安全かつ有効なものに対して極めて懐疑的です。どうやらワクチンとは多くの人達にとって「非・日常」のものみたいです。

米国では毎年400人もペニシリンによるアナフィラキシーショック(重症アレルギー反応)で死亡します。日本でも抗菌薬によるアナフィラキシーショックや全身が火傷みたいな状態になる薬疹で死亡する人の数は少なくありません。

しかし、ワクチンによってアナフィラキシーショックを起こす可能性は抗菌薬より遥かに低く、100万分の1です。ワクチンと因果関係のある死亡は、現在では限りなくゼロに近いのです。

「完全にゼロではないのだろう!ゼロじゃないなら認めるものか!」と言われる方、毎年100人の乳幼児の命を奪う家庭の浴槽の存在は認めませんか? 餅や飴のように命を奪う食べ物は認めませんか? 車の存在は一切認めませんか? 死亡に至る副作用を稀ならず起こす抗菌薬を断固拒否していますか?

相関関係=因果関係 ではない!

因果関係という言葉を使いましたが、これと相関関係との違いをぜひ理解してほしいです。

アイスクリーム屋さん大繁盛の日には溺死者が増えます。じゃあ誰かがアイスクリームを食べると、どこかで誰かが溺れ死ぬ? 

そうではなく、暑い日にはアイスクリームを食べたくなるし、泳ぎに行きたくなるというだけです。この場合両者に相関関係はあるけれど、因果関係はありません。

欧米ではMMR(麻しん・ムンプス・風しん)ワクチンによって自閉症が起こると信じている人たちがいます。MMRワクチンが導入された頃から自閉症の報告数が増えていることが根拠の一つです。

しかし、自閉症の報告数の増加ともっと見事に一致しているのはオーガニック食品の売上高です。じゃあ、自閉症の原因はオーガニック食品? もちろんどちらも単なる相関関係です。

紛れ込みと濡れ衣、そしてタイミング

「ワクチンの副作用」と騒がれていることの多くは、単なる「紛れ込み」または「濡れ衣」です。

ワクチン後進国日本で世界中では当たり前の「同時接種」が広く行われるようになってすぐ、同時接種後に乳児が突然死したというニュースが飛び交い、厚労省は一時積極的勧奨を中止するという事態に陥りました。

乳児突然死症候群は乳児の死因の第3位で、生後2〜6か月くらいの全く健康だった赤ちゃんが何の前触れもなく突然亡くなります。

親の気持ちとしては、何が原因か知りたいし、たまたま最近ワクチンを接種していれば、そこに原因を求めたくなる気持ちは理解できます(しかしそれにマスメディアが飛びついて不勉強丸出しの報道をするのは困ったものです)。

突然死がよく発生する生後2〜6か月に最低4回は同時接種します。ワクチン接種後1週間以内というと合計4週間、つまり生後2〜6か月の時期の約5分の1はワクチン接種後1週間以内ということです。

ということは、乳児の突然死の約5分の1は否が応でもその時期に起こります。これが「紛れ込み」です。幸い、間もなく厚労省は理性的な判断を下し、勧奨中止措置は解除されました。ワクチン接種後の死亡数は、この紛れ込みで想定されるレベルを越えなかったからです。

「突然死」という衝撃的な有害事象(※)でしたが、同時接種導入の前後における統計データがきちんと出るものだったので判断しやすかったのでしょう。

※「有害事象」とはワクチン接種後に起こった有害な出来事全てを示します。例えば火事に見舞われても、通り魔に襲われても、みんな有害事象とされます。「副作用」は実際にワクチンとの因果関係が疑われる場合に使う言葉であって、両者を混同してはいけません。

かつて「百日咳ワクチン脳症」という病名が使われていました。古いタイプのワクチンは熱やけいれんのような副作用に加え、死亡したり重い後遺症を残したりする脳症を起こすと考えられ、日本でもそのために一時中止となった時期があります(そして中止時期に113人の赤ちゃんが百日咳で亡くなりました)。

しかし、その後百日咳ワクチン脳症と診断された患者さん達を詳しく調べてみると、その殆どが「ドラべ症候群」という遺伝性てんかんだとわかりました。この病気を起こす遺伝子異常があれば、何が理由であれ熱を出したら発症します。

熱を出さずに一生を終えるはずもなく、遅かれ早かれ発症するそのタイミングが、たまたまワクチン接種後であっただけです。完全に「濡れ衣」だったのです。

「ワクチンの後で起こったのだからワクチンのせいだ!」という主張に根拠がないことは、以上説明した通りです。

しかも「ワクチンの後」と言っても、どういうタイミングのことを言っているのでしょう。前述のMMRワクチンと自閉症に関しては「MMRワクチンを接種した後から、うちの子は自閉症になった」と言われますが、自閉症はある日突然発症するものではありません。

1〜3歳くらいにだんだんその徴候が明らかになって来ますが、たまたまMMRワクチンも1〜3歳で接種されます。でもワクチン接種後に自閉症を発症するまでの期間、他にもいろんな事が起こっているのに、なぜよりによってワクチンなのでしょう?

高齢者にはインフルエンザや肺炎球菌のワクチンの接種が勧められますが、接種後しばらくして認知症の傾向が徐々に出てきたとします。

「私の親父はずっと元気で頭もシャキッとしていた。認知症になったのはワクチンを接種した後からだ。ワクチンのせいだ。親父の老後が悲惨なものになったこと、介護のために家族が大きな負担を受けたことの責任を取れ!」

このように、その方の息子さんに言われたらどうでしょう? 認知症になったご本人も支える家族も本当にお気の毒ですが、それをワクチンのせいと言われても筋違いです。

助かったはずの命 VS マスメディアの報道

ワクチンがなかったら、今は珍しくなった病気でも戻って来て猛威をふるいます。ジフテリアは極めて珍しい病気になりましたが、罹れば20人に1人が死んでしまいます。

ベルリンの壁の崩壊後、旧ソ連においてジフテリアワクチンの接種率が激減した途端にジフテリアが大流行し、12万5000人が罹って4000人が命を失いました。この12万5000人は、ワクチンがちゃんと接種されている間は姿が見えず声も聞こえない存在です。

でも、ワクチンの有害事象の方はどうでしょう?そもそも因果関係が全くわからない中で被害を訴える人たちの姿は、非常にセンセーショナルな映像で繰り返し報道されます。その数はわずかなのに、何十万人何百万人の透明人間とは比べようもないほど目立ちます。

ワクチンはありふれた病気を「歴史」に変える

ジフテリアや麻疹が過去の病気になったように、ワクチンはありふれた病気を過去の遺物・歴史に変える力を持っています。

小児科医である私が衝撃を受けたワクチンの一つはヒブ(Hib)ワクチンです。かつては小児の細菌性髄膜炎の原因菌のNo. 1であり、多くの子どもたちの命を奪い、重い後遺症を残しました。

1990年代の半ば勤務していた米国の小児病院で、丸1年の間一人もヒブ髄膜炎患者がいなかったこと、そしてそこだけではなく全米通じてこの病気の患者がほとんどいないことを知って愕然としました。ワクチンの導入がヒブという細菌を完膚無きレベルで駆逐したのです。

日本でも今やこの病気の患者を経験した小児科後期研修医はいません。歴史になったのです。

しかし、わが国でヒブワクチンが導入されたのは、米国に遅れること21年。この間にわが国では非常に多くの子ども達がHib髄膜炎で命を、または聴力やその他の機能を失いました。

このことに、私たち日本の小児科医はとてつもなく大きな責任があります。ワクチンの重要性をもっと強く訴え、一刻も早く導入させるべきだったのです。

HPVワクチンの場合

ここでHPVワクチンに話題を移します。子宮頸がんは女性の70〜80人に1人が発症する病気です。珍しい病気ではありません。

有名人の中でも罹った人は数多く、大竹しのぶさん、坂井泉水さん、里中満智子さん、仁科亜季子さん、三原じゅん子さん、向井亜紀さん、森昌子さん、和田アキ子さんと枚挙に暇がありません。

私の友人や友人の奥さんの中にも子宮頸がんのために亡くなった人が何人もいます。罹ると死亡率は約30%ですし、助かっても様々な後遺症に苦しんだり、子どもを持つことができなくなったりしています。

毎年約3000人が命を落とす病気なのに、それぞれ約4000人の命を奪う交通事故や食べ物による窒息死と同じように、「日常」のものとしてそのリスクが軽んじられている気がしてなりません。

現行のワクチンは子宮頸がんの3分の2以上を防ぐことが出来ます。つまり毎年約2000人の命を救い、それより多くの人たちの後遺症を防ぐワクチンです。

現在、日本で承認されているHPVワクチンは、2または4種類のウイルスへの感染を防ぐ2または4価ワクチンですが、海外で新たに承認された9価ワクチンでは、さらに大きな効果が期待できます。

しかし、赤ちゃんではなく10代女子へ接種するワクチンとして「非・日常」的なワクチンでしたので、リスクが過大に捉えられていると思います。

またこの年代の女子の特性があまり理解されていません。乳児における突然死、高齢者における認知症と同じように、10代女子はその特性として様々な不定愁訴(持続的な痛みを含む)を高い頻度で持つようになります。

名古屋市における大規模な調査でも、ワクチン接種者の方が非接種者より訴えが多い症状は一つも見つかりませんでした。HPVワクチン被害として挙げられていることには、因果関係どころか相関関係すらありません。

これらの症状に苦しむ方々は本当にお気の毒ですし、適切な医療ケアを受けることで改善してほしいと願っています。

しかし、何かに原因を求めたい思いの中でワクチンを犯人扱いしたくなる気持ちは、理解できますが正しくありませんし、症状の改善にも役立ちません。

救える命を救うために、私たちができること

マスメディアの方々も、自分の使命をもう一度考えて下さい。センセーショナルな記事で部数や視聴率や閲覧数を増やすことが仕事ですか? 

正しいことの報道は面倒です。紋切り型の表現では済まないことばかりだからです。「売れる」記事にはならないのでしょう。でも、数多くの透明人間の代弁者になって、社会に尽くそうという使命感は持っておられないのでしょうか?

世界中でこのワクチンの有効性も安全性も認められています。接種した後しばらくの間の接種部位の痛みや腫れを除くと、副作用として因果関係が確認されたものはありません。

副作用がゼロということはもちろんないにしても、その恩恵として助かる数多くの命やQOL(生活の質)向上とは比べようもありません。

世界中でWHO(世界保健機関)が、CDC(米疾病対策センター)が、米国小児科学会が、その他多くの専門機関やアカデミアが、日本における非科学的対応を非難しています。

日本国内のアカデミアも、繰り返し厚生労働省に積極的勧奨の再開を求めています。厚生労働省がこのまま科学的な真実から目を逸らし、耳を塞いで、為すべきことを実行しなければ、ノーベル賞受賞者を幾ら輩出したとしても日本は非科学的な国とレッテルを貼られることでしょう。

そしてHPVワクチンが再開されないまま10年も20年も経つのなら、多くの国々で子宮頸がんが稀な病気(歴史)に変わる頃、日本だけはたくさんの患者が命を落とし後遺症に苦しむ現実が確実にやって来ます。

あなたの周囲にいる女の子たち、若い女性たち〜その中から子宮頸がんを発症し命にかかわる人が確実にいるのです。失われる多くの命、残される後遺症について、誰が責任を取るのでしょう?

「自分はその頃にはリタイアしているさ」なんていい加減なことを考えて免れることではありません。これは何千何万という命に係わる重大な問題なのです。産科医が、小児科医が、マスメディアが、行政が、その他多くの人達が責任を持って取り掛からなければなりません。

ヒブワクチンをはじめ、海外で多くの人達を病から防ぎ命を守ってきた様々なワクチンの導入が日本国内で遅れ、多くの犠牲者を出してしまったことに対し、小児科医として深く重い後悔の念があります。

そこに決してHPVワクチンについての後悔の念を加えたくはありません。


(付記:筆者はHPVワクチンの製造販売企業を含め、数多くの企業が共催するワクチン啓発活動に係わり、正当な対価を得ています。しかしその行動原理はただ一つ、ワクチンという最善の医薬品によって病気を防ぎ命を守ることに可能な限り貢献したいからです。特定の会社の特定のワクチンの宣伝のための活動をしたことはなく、これからも一切しません)

【略歴】森内 浩幸(もりうち・ひろゆき) 長崎大学小児科学教室主任教授

 1984年、長崎大学医学部卒業。米国National Institute of Allergy and Infectious Diseases (NIAID) 感染症専門医トレーニングコース修了。NIAID臨床スタッフを経て、1999年長崎大小児科学教室主任教授。日本小児感染症学会理事、日本ウイルス学会理事、第58回日本臨床ウイルス学会会頭、第9回アジア小児感染症学会会頭。