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妊娠したら、指輪を外して、ネイルをとってもらいたい

命に関わるかもしれません

妊娠したら、産婦人科医として、指輪とネイルは取ってくださいとお願いしたいのです。

妊婦になったら、指輪を外してもらいたい。妊婦はむくむものだし、もし緊急手術などでむくみがさらにひどくなったら、指の鬱血を避けるために指輪を切断する可能性あり。また、病院側が気づかずに手術中に電気メス使って指輪から放電したら、指が大火傷になって最悪だと指切断とかあるかも

産婦人科医

筆者が「産婦人科医」名義で2012年につぶやいたこの言葉が最近、再び拡散され、このテーマが話題になりました。

妊娠と指輪・ネイルって何の関係があるのかと思うかもしれません。しかし、とても大事なことなんです。赤ちゃんに触るときに汚いからとか、赤ちゃんが産まれてからはそんなことを気にする時間が無いからとか、そんな単純な話ではありません。妊婦自身の安全に関わる話です。

妊婦になったら、指輪を外してもらいたい

妊娠したらむくみます。出産の時の出血に備えて体の中の血液の量が1.4倍程度に増えることや、血管から血液がしみ出しやすくなったりすることなど、妊娠・出産のために体が大きく変化してゆくからです。

特に妊娠の後半は手足がむくむ人が多いです。指輪を抜かずにいると、自分では抜けないくらいに指がむくんでしまって、指輪を切断しなくてはいけない場合が出てきます。

指先に血が回らなくなって紫色になってしまってからでは切断するしかありません。そんなことするくらいなら、妊娠初期から抜いておいた方が良いですよね。

また、妊婦でなくても、手術を行うとさらにむくむことがわかっているため、手術室に入る前には必ず指輪を外します。

心音が落ちていて赤ちゃんの命を救うために一刻を争って手術の用意をしているのに、指輪が抜けないせいで手術室に行けない!なんてことも起こるのです。妊娠中は様々な理由で緊急手術になる可能性も高いですから、早いうちに外しておきましょう。

電気メスによる感電リスクも

手術中に指輪を外さなくてはいけないもう一つの理由、それは電気メスです。電気メスは、メスの先端から小さな雷を落とすような感じで組織を切ったり、血を止めたりする道具です。

電流を通じさせるためには、電気の抜け道となるアースが必要です。通常は、太ももなどに対極板というものを貼って、そこから電流が抜けるようにしています。

しかし、対極板が外れたり、ずれたり、などの理由で、そこから電気がうまく通り抜けなくなっていた場合には、電気が抜けやすい他の場所から放電することがあります。金属でできた指輪の周囲が、たまたま水にぬれていたりすると、そこから放電して指輪の部分に火傷をする可能性が出てきます。

よって、できるかぎりリスクを下げるために手術室では指輪を外すことになっています。ピアスを外すのも同様の理由です。

ついでに言うと、装飾品などを事前に外してもらうのには、病院内で紛失するリスクを避けたい!ってのもあります。

病院内で個人の持ち物(指輪、入れ歯、ネックレスなど)がなくなると、すべてのゴミ箱(血の付いた感染性のものが入ったゴミ箱や針など危険物の入っているゴミ箱などもすべて)を捜索しなくてはいけなくなります。これも、病院にとっては、とても大きなリスクです。

妊婦でなくても指輪がリスクに!?

妊婦でなくても、指輪はリスクになることがあります。

手の怪我などをすると一気にむくんでしまって指先に血が通わなくなるので、救命救急センターには指輪カッターが常備されています。同様の理由で救急車にも常備されているそうです。

なので、消防署に行けばすぐに指輪は切ってもらえますから、自力ではどうしても外れない場合には行ってみてください。3分くらいで切ってくれます(ちなみに指輪は切断しても、お金払えばまたつなげてもらえる場合も多いそうです)

手を洗うことの多い外科医は、指輪を外してネックレスにしている人もいますから、どうしても指輪を身につけておきたい場合は、ネックレスにするのも一つの方法ですね。

妊娠したらネイルもつけないでおいてもらいたい

妊娠中は、息苦しいと感じることも増えますし、体調不良も起こしやすくなります。さらに突然の手術になったりすることも珍しくありません。

救急救命センターや手術室などでモニターしている大事な情報の一つは、ちゃんと血液によって酸素が運ばれているかどうかを確かめることです。脳や赤ちゃんに酸素が届いているかどうかはとっても重要なことです。

その時に使うのが、パルスオキシメータという医療器具です。指の爪を赤い光の出る装置(プローブ)で挟んで経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2、医療者はサチュレーションと呼びます)と脈拍を測定します。

簡単に言うと、血液の赤さを測定することによって、血液中の酸素量を測るものです。そのため、ネイルで爪の色が見えなくなっていると、パルスオキシメータの光が妨げられて正しく測定できなくなります。

呼吸状態・血液循環状態などを確認したいような危機的な状況の時に、SpO2が測れないことは、とても危険です。

昔はマニキュアしか無かったので、除光液で比較的簡単に落とすことができていました。救命救急センターには除光液が常備されていて、すぐにマニキュアを落としていたのです。ところが、ネイルはそんなに簡単には外せないために、一分一秒を無駄にできない状況では、大きな問題になります。

もちろん、妊婦でなくても、事故などで怪我をすると問題ですから、妊婦でなくても外しておいてもらいたいところですが、さすがにそれはやりすぎかと思っています。しかし、妊婦は通常時よりも、ずっとトラブルの起きやすい状態なのですから、ネイルはとっておきましょう。

クリアジェルなら? 指一本ずつ残しておけば?

妊婦から時々ある質問に、「クリアジェルなら付けていても大丈夫なのか?」や「片手の爪一本ずつだけ外しておけば大丈夫なのか?」、「足の指のネイルはつけないでおいて、そこで測定してはダメなのか?」というものがあります。

麻酔科医とも話し合っての結論から言えば、できれば避けてもらいたいです。

パルスオキシメータは、爪の色を見て測定する器具です。よって、光の通過を妨げるようなものがあると、測定値の信頼度が落ちます。ネイルが透明であれば多分大丈夫だろうとは思いますが、つけないでおくほうが安全です。

耳たぶなどでも測定できるのですが、測定用のプローブが違っていて、置いていない病院の方が多いと思います(麻酔科医に聞いたら、どうしてもネイルをつけておきたいなら、測定用のプローブを自前で買ってもらって必要なときには持ってきてもらえば良いかな、って言われました。ざっと調べたところでは数万円くらいのようです)

また、片手一本ずつの爪を空けておく方法だと数値が不安定のときに指を換えての再確認ができません。手術中などにサチュレーションの数値が悪化したときに、本当に酸素飽和度が落ちているからなのか、たまたまその指の血の流れが悪かったり、爪の上にゴミがあったりして、数値上だけ悪く見えているのかが判定できません。

足の指での測定に関しては、産科ではほとんど行いません。お産の時に大出血をすると、一時的に大動脈の血流を遮断して、その間に子宮全摘出などの手術をして止血をすることがあります。これは脳への血流の方が優先されるからです。

下半身の筋肉などの組織は30分程度なら血が流れなくても大丈夫ですが、脳への血流がないと数分でも脳死になってしまいます。よって、下半身に血が流れていない状況ではパルスオキシメータを足につけても意味はありません。

悲しい結末を避けるために、妊婦さんも協力を

指輪もネイルも、何事もなくお産が終わってしまった人にはほとんど関係ない話です。しかし、お産は今の時代でも命懸けです。現代の日本であっても、1年間に120万人が妊娠する中で、毎年30-40人程度の妊婦が命を落としています。

医療が発達する前は、この50倍以上の妊婦が命を落としていたということで、江戸時代の妊婦の死亡率は250人に一人程度だったそうです。それをここまで減らして、さらに減らそうとしているのが今の医療です。

医者も妊婦も、お互いに協力して、悲しい思いをする人を減らしていきましょう。

【太田寛(おおた・ひろし)】 産婦人科専門医

1989年京都大学工学部卒業後、日本航空に勤務。2000年東京医科歯科大学卒業。茅ヶ崎徳洲会総合病院、日本赤十字社医療センター、北里大学公衆衛生学、瀬戸病院を経て、2018年よりアルテミス ウイメンズ ホスピタル。日本医師会認定産業医、日本産科婦人科学会専門医、インフェクションコントロールドクター、医学博士。