「Twitterのタイムラインをごちゃごちゃにする仕事」は本当に実在したのか? 話題の元Twitterエンジニアに聞いた

    実際にはどういう仕事で、どのようにして導入されることになったのか。タイムラインの「重要度順表示」の導入に関わった、 元Twitterエンジニアのイハラさんにお話を聞きました。

    「タイムラインごちゃごちゃにする仕事」で波紋

    Business Insiderが12月1日に掲載した、「感謝祭の前夜にTwitterをレイオフされた日本人エンジニア」のインタビューが話題になっています(もともとは英語版Business Insiderが11月28日に掲載した記事で、日本版はこれを翻訳したもの)。

    インタビューの内容もさることながら、特に注目を集めたのは、インタビューを受けたエンジニアがTwitterで行っていたという「業務内容」でした。

    「解雇される前、私はツイッター(Twitter)のホーム・タイムライン・モデリング部門のテックリードを務めていました。基本的には、タイムラインを無作為に並べ替えたり、フォローしていない人のツイートを挿入したりしてごちゃごちゃにするというのが私たちの業務でした」(Business Insiderより)

    (※現在は後半部分は修正され、「私のチームはツイートやレコメンドの重要度を決める機械学習モデルの実装から運用までを担当する部署でした」となっています)

    イーロン・マスク氏とTwitter

    この「タイムラインをごちゃごちゃにする業務」発言は大きな反響を呼び、たちまちTwitterでは「お前のせいか」「人類の敵じゃねーか」など、まるでこのエンジニアが諸悪の根源であるかのような声が相次ぐ形に。本人のTwitterにも「解雇されて当然」といったリプライが寄せられるなど、ちょっとした炎上状態となっていました。

    もちろん、Twitterには当時何千人もの社員が在籍しており、タイムラインの仕様についてもこの人が1人で考え、導入を先導したわけでは当然ありません。

    しかし確かに、Twitterがある時期からタイムラインを最新順ではなく“重要度順”で表示するように切り替えていたのは事実です。筆者も正直なところ、あまりうれしい仕様だとは思っていなかったのですが、あれだけ反発する声がありながら導入したからには、それなりの意図や根拠があったはずです。

    一体「タイムラインをごちゃごちゃにする業務」とはどのようなものだったのか、そして誰がどのようにして導入を決めたのか。Business Insiderのインタビューを受けた、機械学習エンジニアのイハラさん(@nabokov7にお話をうかがいました。

    イハラさんのTwitter

    「間違いではないです」


    ――あの記事はもともといつ、どんな経緯で取材されたものだったんですか?

    海外のBusiness Insider本体からコンタクトがあって、それで取材を受けました。当時アメリカでもTwitter社内のゴタゴタは注目されていて、レイオフされた人に片っ端から声かけていたみたいですね。

    あっちのメディアは反マスク的な論調のものが多いので、「マスク氏ひどいよね」みたいなイメージを前に出したかったんだろうと思っています。

    日本語の記事はそれを翻訳したもので、当初はGoogle翻訳にそのままかけたような文章でニュアンスが正しく伝わっていなかったんですが、今は修正されているみたいです。

    ――当初の記事では「タイムラインを無作為に並べ替えたり、フォローしていない人のツイートを挿入したりしてごちゃごちゃにする」仕事と書かれていましたが、実際にそういう業務は行っていた……?

    間違いではないです(笑)。ただ本来は「こういうけったいな仕事なんですわ~」みたいな、もっと冗談めかした言い方だったんですが、翻訳版ではそのニュアンスが消えてしまって。

    ――実際にはどんなお仕事だったんですか?

    ツイートの重要度を決めるための、機械学習モデルの作成から運用までを担当していました。立場としてはテックリード、エンジニア側のチームリーダーのようなイメージですね。

    ――そもそもどういう経緯でタイムラインを最新順から重要度順にしようと決まったのでしょうか。

    決めたのは僕ではなく、自分が担当することになった時点で既にそうなっていたという感じです。

    5~6年前だったかな、タイムライン機械学習チーム(正式には「タイムラインクオリティ」チームという名前でした)の初期メンバーとなる人たちが集まってテストをし、いい結果が出た。それで本格導入が決まりました。

    それともう一つ、ジャック氏(当時CEOだったジャック・ドーシー氏)のタイムラインを実際に重要度順に入れ替えて見せて、それで説得に成功したというエピソードもあります。

    ジャック・ドーシー氏(2019年)

    ――具体的に誰が、あるいはどういう立場の人が言い出したのか気になります……!

    その初期メンバーのエンジニアやプロジェクトマネージャーたちです。つい最近のゴタゴタ前まで社に残っていた人もいますし、いずれも社歴も長く、実力も高くてリスペクトされている人たちですよ。一緒に仕事もしましたが、個人名をここで出しても意味はないと思います。

    そもそもの話をすると、投稿やコメントを重要度順に並べるというのはTwitterが始めたことではなくて、当時のWeb界隈ではよくある流れだったんですよ。その中で「当然うちもやるべきでは」という流れになったんだと思います。

    ごちゃごちゃになったタイムライン

    何度分析しても重要度順の方がいい結果になる

    ――導入にあたって、どんな調査をしたのでしょうか。

    詳しくは守秘義務で言えませんが、いろいろな機械学習のモデルを試してみて、それぞれでA/Bテストを行いました。

    ただ、少なくとも単にクリック数とか滞在時間を稼げればいいとかそんな単純な話ではなくて、もっと長期的な観点からユーザーの定着率なども見ていました。その結果、重要度順の方が明らかに満足度が高かったんですよ。

    ――今回の記事への反応を見ても、日本のTwitterでは重要度順を嫌う人が多い印象だったので、ちょっと意外です。

    自分もヘビーユーザーというかcompletionist(完全主義者)で、全部見ないと気がすまないんですよ。ツイートも全部最新順で表示してくれと思っていました。

    ただ、ツイートでも書きましたけど、僕はそもそも自分の直感というのを信用していないんです。僕らの専門はあくまでデータで、会社はそれにお金を払ってくれているんだから、そこはデータを見て決めようと。

    もちろん、最新順の方が合う人は多んじゃないかという認識はチーム内でもありました。例えば特定のグループに限っては最新順の方がいいんじゃないかとか、いろいろ分析はしたんです。

    でも、どうやっても重要度順の方が結果がいい。重要度順に切り替えたらユーザーが離れるんじゃないかという懸念もありましたが、それでユーザーが離れることもなかった。自分もいまだに不思議に思ってはいます。

    「いいね」をタイムラインに流す仕事も


    ――記事が話題になって、ある意味では不満に思っていた人たちの声が可視化されたとは言えない?

    彼らはたぶんヘビーユーザーの頂点で、普通にTwitterを使っている人たちはあまり気にしていない、ということなのかもしれません。

    意外とツイートって見られていないんですよ。何百人もフォローしている人で、全部のツイートを見きれている人ってかなり少ない。本当に完全主義者であれば確かに最新順がいいと思うんですが、そういう人が一体どれだけいるのか。

    今は廃れてしまったRSSリーダーなんかも、まさに完全主義者専用というか、最新順オンリーのUXでした。あれにもし重要度順で表示する機能がついていたらどうなっていたんでしょうね。

    ――確かに、私もRSSリーダーは愛用していましたが、だんだん見きれなくなってきますよね。

    そもそも見やすい見やすくないにかかわらず、「昨日と違うものが出てきた」というだけでイラッとする人は多い。その一方で、サービスは常にアップデートしていかなければならない。TikTokとか、若い世代が使ってるサービスだとレコメンドが今や当たり前になっていて、ユーザー側がレコメンドを期待している節もあるんですよ。

    ユーザーの傾向も変化している中で、どこまでヘビーユーザーに合わせるかは難しい。ただ、最終的にジャック氏のひと声で、いつでも最新順に戻せるボタンを付けることになりましたし、何でもかんでもデータを最優先していたわけではないです。

    最新順表示に戻すボタン

    ――ついでに個人的に気になっているのですが、ある時期から「いいね」もタイムラインに流れるようになりましたよね。もしかしてあれもイハラさんのチームの仕事……?

    それもうちのチームが関わっていますね。他のSNSサービスでレコメンド表示が当たり前になってくる中で、明示的な(ユーザー自身が選んだ)フォローグラフとの兼ね合いを最大限考えて出てきた苦肉の策ではあります。

    これも、先に紹介したチームの初期メンバーたちと、プロジェクトマネージャーたちが考え、テストの上で決定したものです。

    ――正直、これはちょっと困っていました(笑)

    これも本当は「心底必要としていない人」というのを機械学習モデルが理解して、そういう人には表示しないようにするというのが理想形なんですが……。

    うまくいっていないのはまだ機械学習モデルがそこに至れていないのか、あるいはその人が嫌だ嫌だと言いながら実は無意識に望んでいるのか。やめてという意見があるのはわかるし、それでもなくならない理由もあるという感じです。

    まるで『イカゲーム』社内でマスク氏の印象は

    ――マスク氏についてはどう思っていますか。

    自分はもともと、このままではTwitterはゆるやかな死に向かっていくだろうとは思っていて。だからマスク氏が来たときには、考えられるオプションとしては一番いいんじゃないかと素直に感じました。少なくとも広報的にインパクトはあるだろうなと。

    ただ彼のやり方って、いわば「小さな会社の社長さん」なんですよ。とにかく全部自分で把握しておきたい。コードレビューにしても、社長がいきなり工場に入ってきて「どう?」って後ろから覗くみたいな。

    ただ、これを何千人規模の会社でやろうとするとゴタゴタになる。

    イーロン・マスク氏

    ――確実にゴタゴタするやつですね……。

    そのゴタゴタにみんな巻き込まれたという印象です。僕が解雇通知をもらったときの経緯も、最近人づてに聞いたんですが、ある日マスク氏がテスラのエンジニア数人に「この中からランク付けして必要な人を選べ」って突然指示したらしくて。

    いきなりそんなことを言われてもまともなコードレビューなんてできるわけがないし、結局それで自分は「必要じゃない方」に分類されてしまった。

    他にも、いきなり「本社ビルは閉鎖するから出社するな」って言った翌日に「今日コードレビューするから過去6カ月に書いたコードを持って本社に来い」って言ったり、別の日には「おれの方針についてくるか」みたいなメールを全社員に送っちゃったり、社内では「もうええわ」って雰囲気でした。

    ルールを知らされていないゲームに参加してる感じ。社内では『Squid Game』(韓国ドラマ『イカゲーム』の英題)って言われてました。

    『イカゲーム』公式フィギュア

    昔は「全世界を一つに」が理想だったが……

    ――日本ではマスク氏を支持する声がわりと多く見られますが、海外とは対照的とも聞きます。海外で仕事をしていた立場から見て、このあたりどう感じますか?

    確かに「なぜそんなに……?」とは感じています。日本で言ったらホリエモンみたいな人。右派や左派の陰謀論なんかにもよく巻き込まれがちだし、アメリカではあまりいいイメージがない。

    日本でも、今回のインタビューを読んで「勝手に見たくもない左寄りのツイート差し込みやがって!」みたいに怒っている人がいましたが、アメリカだとそれがより顕著という感じです。右派の人に過大評価されているというか。

    ――そういえばタイムラインを重要度順に並べ替えることについても「情報操作だ!」といった声がありました。実際そういった意図はまったくなかった?

    まったくないです。よくごっちゃにされますけど、人によるキュレーションと機械学習は別です。少なくとも僕らのチームで、左寄りにしてやろうみたいに思って仕事している人はいなかった。

    ただ難しいところで、テック業界って全体的にリベラル寄りなので、ニュートラルなつもりでいても絶対どこかで偏りは生まれてしまう。それに人工知能や機械学習にしても「今ある現状を拡大してしまう」という問題はあります。人気のある記事が左寄りだとそれを大きく見せてしまったり。

    ――なかなか難しいですね。

    昔は全世界を一つにつなげるというのを理想にしていたんですが、最近は無理だと思うようになりました。人間、ゆるやかなフィルターバブルの中で生きるのが幸せなんじゃないかって。

    ――それはなぜ……?

    ダンバー数

    といって、人間が仲間として認識できる人数にはある程度限界があるらしいんですよ。長年の集団生活の中で脳がそう進化してきたというか、進化の限界というか。


    その限界を超えて、何億人がいきなり一つの部屋に集められてしまった。だから人間の脳とか感性が対応できていないんですよ。エンパシー(共感力)って基本的には身近な人に働くもので、地球上の何億人が一カ所にいきなり集められても、全員にエンパシーが働くようにはできていない。

    ――そこをテクノロジーの力でなんとか……。

    マスク氏ならなんとかしてくれるかもしれませんけどね(笑)