原作人気にも監督のネームバリューにも頼らない 「嘘を愛する女」が全国公開に至るまで

    監督は長編初挑戦、脚本はオリジナル。企画コンペから生まれた小さな作品が全国280館で公開するまで。

    「一体、彼は誰ですか?」職業も名前も戸籍も、愛する人の素性がすべて嘘だったら。

    長澤まさみと高橋一生の共演が話題のサスペンス&ラブストーリー「嘘を愛する女」が1月20日に公開された。

    監督は、今作が初の長編作品となる中江和仁。

    10年以上構想を温めてきた脚本が、2015年の「TSUTAYA CREATER’S ROGRAM FIML」(TCP)でグランプリを受賞し、約2年の製作期間を経て280館規模の全国公開映画に至った。

    漫画や小説を原作とした映画も目立つ今。長編初監督によるオリジナル作品をこの規模で公開するのは、東宝にとっても挑戦と言える。同様のケースは山崎貴監督「ジュブナイル」(2000)以来、実に18年ぶりだ。

    映画界は新たな才能を、どこからどうやって発掘していくか。中江監督と阿部秀司プロデューサーに話を聞いた。

    「夫は誰だった?」きっかけは現実の事件

    映像企画を募り、グランプリ、準グランプリ作品に5000万円の製作資金の提供を約束するTCP。「嘘を愛する女」は第1回、2015年のグランプリ獲得作品だ。

    中江監督が大学時代から10年以上温めていたこのアイデアのきっかけになったのは、辻仁成さんのエッセイで紹介されていた実際の事件だという。

    ある男性が病気になりながらも全く病院に行こうとしない。その行動を不思議に思った内縁の妻が男の素性を調べたところ、名前を含め、すべてが嘘だった。

    「夫は誰だった?」そんなセンセーショナルな見出しのこの事件に興味を惹かれた中江さんは、現実のその後の顛末を辿れないまま、物語を膨らませていった。およそ10年間で、脚本は100回以上改稿を重ねたという。

    グランプリを獲得した時の感情は「やっとだな」。「いつか自分の手で映画にしたい気持ちがずっとあったので、嬉しさよりようやく日の目を浴びてよかったという気持ちが先に来ました」。

    メジャー配給にこだわった理由

    プロデューサーとして同作に携わる阿部さんは、そんな熱量ある脚本に惚れ込んだ一人。

    審査員としてこの作品に出会い「なんとか全国公開の映画に仕上げたい」と奔走してきた。

    「最終選考まで絞られた作品の中でもこの脚本が圧倒的によかった。タイトル『嘘と寝た女』(当時の仮題)も興味を誘うし、映画としての文学性もありながら、謎を追いかけるサスペンス、2人の男女のラブ・ストーリーというマスを狙えるキャッチーな要素もある」

    「この作品を形にしたい、と脚本を読んだ瞬間に思いました。そして、やるならミニシアターや単館系ではなく、日本全国のシネコンでかかるエンターテインメント作品に、と」

    若手クリエイターコンペ発の作品が、メジャー配給で大体的に公開されることにこそ、希望と価値がある。

    国内最大手の配給会社である東宝に阿部さん自ら売り込み、映画化に向けて動き始めたのは2015年末のことだった。

    映画好きでない“普通の人”に

    すでに練られていたストーリーではあったが、脚本決定までにさらに1年に渡り細かい検討を重ねた。監督自身はミニシアター作品のイメージで温めてきたものの、より大規模な配給を目指すと配慮する点が変わってくる。

    阿部さんは「特に最後の落としどころには悩んだ」と振り返る。なぜ彼は嘘をついていたのか、その原因はどこにあるのか。

    ミステリー要素が重要なオリジナル脚本だからこそ、結末がもやもやすると観ている人を裏切ることになる。検討の過程では、まるでハリウッド映画のような「実は外国のスパイだった」という案もあったようだ。

    「特別映画好きではない普通の人に届く作品にしなければ、という思いは最初から強くありました。シネコンに足を運ぶのは、映画好きでリテラシーが高い人だけではない。いわゆる“単館系”の映画であればメジャーでやらなくていい」

    「この作品でこのテーマであれば、ターゲットを狭めたタイプの作品に寄せることもできてしまう。そのバランスが一番苦労した部分でした」

    CMと映画、それぞれの不自由さ

    長編初監督とはいえ、中江監督はCMディレクターとしては「超売れっ子」(阿部)。資生堂、サントリー、ゆうちょ銀行など大手企業の印象的なCMをこれまでも多く生み出してきた。

    「CMの場合、15秒、30秒の世界を事前に頭の中で完璧に想像した上で収めていきます。逆に言うと、役者にはこちらの思惑通りに芝居をしてもらわないといけないし、喋る速さや演技の幅にも制限が出てくる」

    「映画の場合は、演技を見ながら『こちらの方がいいな』と現場で演出を考え直すことも多くありました。役者のよいところをシーンごとにすくい上げていくような感覚」

    映画の脚本は“文学”ではなく…

    巨匠・大林宣彦や中島哲也などCMディレクターから映画監督になる人は少なくない。中江監督自身も大学時代、広告の世界に進路を決めた時から「いつか映画も」という思いがあったという。

    「(CMディレクターは)みんな(長編映画を)やりたいんじゃないですか? でも、2時間の脚本を書いたことがあるか、書けるかっていうと……」(中江)

    「そう、全然違う世界だよね。脚本は文学よりも数学に近いと思う。場面が入れ替わったり、回想を入れたり、ストーリーを一度分解して再構築する発想がないと書き上げられない」(阿部)

    CMは俳句、映画は小説。それくらい違う。そんな風にも説明する。「松尾芭蕉の長編小説って想像がつかないじゃないですか」(阿部)

    中江監督は「どちらにも魅力がある、これからもCMと映画の両方をやっていきたい」と意欲を見せる。

    「(高橋)一生くんとも現場で話したのですが、例えば長澤さんと彼のdTVのCM(※)は、CMの尺だから成立していて、あの長さだからいろいろな想像ができる余白がある。CMにしかできないこと、映画にしかできないことがそれぞれあると思っています」

    <※ 2017年2月に放送したdTV「ふたりをつなぐ物語」篇。2人は夫婦役で共演した>

    これからの映画界は新しい才能をどう探していくか? 冒頭の問いを改めて阿部さんにぶつけてみた。

    「今度、高校生の映像クリエイターに会いに行くんです。今は10代でもスマホで撮って編集してYouTubeに上げられる時代。若くして注目される人は珍しくなくなるでしょう。むしろ、映画の現場でチーフから助監督へ、そして監督へと順にステップアップしていくケースはもはや少ないくらいでは」

    「中江監督はCMの世界からですが、これからさらに異分野から出てくると思いますよ。才能ある人の活躍の仕方も、それを映画界がどう生かしていくかも、これまでのセオリーはどんどん新しくなっていくと思います」

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    「嘘を愛する女」予告編

    BuzzFeed JapanNews