「このままではアニメは生き残れないと思った」20年前の実写ドラマを今リメイクする理由【新房昭之総監督×川村元気P】

    実写からアニメへ。壁を超える挑戦。

    映画「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」が8月18日に公開される。岩井俊二監督による1993年放送の実写ドラマを、20年以上の時を超えてアニメ版にリメイクした作品だ。

    総監督は「化物語」シリーズ、「魔法少女まどか☆マギカ」の新房昭之。制作はアニメーションスタジオ「シャフト」、脚本を「モテキ」「バクマン。」の大根仁が務める。

    オリジナル版のドラマは今なおファンが多く、不朽の傑作として愛されている。その傑作をあえてリメイク、しかもアニメーションという形を選んだ理由は……。

    新房昭之総監督と川村元気プロデューサーに、この作品にかける思いを聞いた。

    あまりに完璧で、触れられなかった

    川村プロデューサー:もともと原作となった岩井俊二監督のドラマが大好きで、いつかリメイクや続編ができないかなという気持ちがどこかにあったんです。

    でも、作品としてあまりに完成されているんですよね。ヒロインの奥菜恵さんの輝きも、再現が不可能といいますか。

    なので、頭の片隅にはありつつもアンタッチャブルな存在というか、下手に触れてはいけないもののように感じてきました。

    新房昭之監督の作品には「化物語」で出会って「こんな演出する人がいるのか!」と衝撃を受けました。「魔法少女まどか☆マギカ」も圧倒的に新しくて面白かった。映像でここまでびっくりできるんだ、と感動したんです。いつか一緒にお仕事をしたいアニメ監督の一人でした。

    そんなことを考えていたある日、シャフトに足を運ぶことになりまして。一緒に何ができるか、パッとひらめいたのが「『打ち上げ花火〜』のアニメ映画化」でした。

    あの傑作を長編映画にしたら、新房監督の演出でアニメにしたら、一体どうなるんだろう? と。

    新房昭之総監督:最初にお話をいただいた時は「え、実写をアニメに?」という感じでした。

    アニメから実写ならわかりますが、逆はなんだか不思議な……あまり想像がつきませんでしたね。正直、華やかなヒロインがいるアイドル映画に近いものは、実写でやった方がいいんじゃないかとも感じました。

    でも、この名作と正面から比べた時に「これはいい」「これならいい」と思ってもらわないと、アニメは生き残れないと思ったので。新しいことに挑戦するシャフトの気風もあって、やることにはあまり迷いはありませんでした。

    ――発表された際、かなり話題になったように思うのですが、監督の周りの反響はいかがでしたか?

    新房:何か言われたかなぁ……普通に「そういえば、やるんですね〜」くらいだったような。

    川村:いやいや、そんなことないですよ。僕の周りでは「あの新房監督がどう料理するんだ!?」と大騒ぎでしたよ。

    もしも、あの時電車に乗っていたら…

    ――映画版では、設定やストーリーに変更も加えられています。

    川村:僕と新房監督と、岩井さん、そして脚本の大根仁さんを含む数人でアイデアを出していく作業を始めたのが3年ほど前でしょうか。

    大根さんは原作となったドラマの大ファンで、ドラマ「モテキ」の2話でロケ地もアングルも完全コピーしているくらいなんですよね。

    昨日夕方クランクアップして夜二話の最終仕上げして朝方出来上がったんだけどほんと面白いんだ!そんでできれば放送前に岩井俊二の打ち上げ花火観ておいて欲しいんだ!なんで?って、ねえ…

    ――豪華メンバー! そもそもこの布陣もすごいです

    川村:そうですね。映画監督が3人揃った脚本打ち合わせは、どこからでもパンチが飛んでくる感じで刺激的でした。最近はそんな風に、あんまり計算せずに、自分が観たい組み合わせをセットすることが多いですね、無責任に(笑)。

    とはいえ、みなさん一線のクリエイターであり、どこかに通底するセンスはあるとは思っていました。お互いの作品にリスペクトもあったので、打ち合わせは毎回楽しく進みましたね。

    ――脚本の変更やアレンジはどう決めていったのでしょうか。

    川村:原作は45分のドラマなので、90分の映画にするためには要素を加えなくてはいけません。

    僕と大根さんの間で「あの時、なずなが電車に乗っていたら?」の「もしもの先」を書きたいという気持ちがあったので、そこから発想を膨らませていきました。

    新房:設定で言うと、オリジナル版では小学生だった主人公たちを中学生に変えています。アニメで小学生を描くとかなり子どもっぽくなってしまうので、表現するのが少し難しいかなと。

    川村:岩井監督からは「夏の一日を繰り返す」というギミックをもう少しハッキリさせたらどうか、という提案がありました。

    もともと「if もしも」というドラマシリーズの1編だったので、突然時間が戻っても違和感はなかったのですが、独立した作品としてやるのであれば……という意味ですね。

    なずなの“エロさ”はどこから?

    ――アニメ映画版ならではの魅力もありつつ、原作ドラマとまったく同じアングルやカット割もありました。

    新房:スタッフの中にもファンが多くて、かなり研究したようですよ。

    武内さん(武内宣之監督)はその筆頭で、セリフの間の秒数まで測っていました。実写映画の表現と、アニメーションならではの演出が混ざっているのが面白いところかなと思います。

    ――最も時間がかかったプロセスはどこですか?

    新房:脚本もですが、キャラクターデザインにかなり時間がかかった気がしますね。渡辺(明夫)さんが遅筆なので……(笑)。

    川村:なずなが決まるまでに時間がかかりましたね、新房さんの微調整がかなりあったような。

    ――これは言っていいのかわからないですが、なずなちゃん……エロいですよね。

    川村:(笑)。それ、観た人みんな言うんですよ「なずながエロかった!」

    ――新房監督の注いだ愛ゆえなのでしょうか。

    新房:僕じゃなくて「みんな」なんですよ。みんなの愛情で磨きがかかっていったんです。アニメってそういうことが起きるんです、不思議ですよねえ。

    川村:なずなは、声もいいですよね。広瀬すずさんの。

    新房:今回、菅田将暉さん、広瀬すずさんはじめ、声優陣の声は絵コンテの段階で事前に録る形式を取りました。

    普通のアフレコだと、絵の動きに合わせて喋るスピードやブレス(息継ぎ)の位置も決まってしまうのですが、もう少し自由に演技をつけてもらえるようにしたんです。吹き込まれた声の芝居に合わせてアニメーションを作っていきました。

    しかし広瀬さんの声が、本当に艶っぽくて雰囲気があって……アニメーターたちもそれに引っ張られて、なずながああいう色気をまとうようになったんだと思います。

    なので、「エロい」と感じられたなら、それは広瀬さんの声から生まれたものです(笑)。

    アニメに対する絶望と可能性

    ――川村プロデューサーは今回のリメイクにあたって「アニメーションなら新しい表現があると思った」と話していましたが、その意味をもう少し詳しく聞いてもよいでしょうか。

    川村:何が「新しい」か、最初からわかってやっているわけではないんですよね。ただ、絵を描く人の発想は、物語から発想する自分にはないものがたくさんあるので、意見を交換する中で新しいものに出会っていく感覚です。

    例えば、新房監督から最初に出たアイデアのひとつに「もしもが起こる度にキャラクターの見た目が幼くなっていくのはどうか?」とあって、それはすごく面白いなと思いました。

    「世界が幼くなっていく」という発想も、シャフトの表現と組み合った時にどんな絵になるんだろう? という意味でも。

    結局この設定には残らなかったですが、後半のあるシーン、ファンタジックな要素が強まる瞬間は、当初の世界観が少し生きています。

    ――新房監督は逆に「アニメの立場が弱くなっている危機感がある」とおっしゃっています。

    新房: 十数年前からはっきりそう思っていますね。撮影技術もCGも変化して、実写でいろんなことができるようになってきたら、アニメの必要性ってどこにあるんでしょう?

    それでも残るアニメの魅力はなんなのか、どこまでできるのか……この数年はそれをずっと模索している感覚です。

    ――世間的にはむしろ「アニメが盛り上がっている」空気があるような気がします。

    新房:深夜のアニメ枠も増えていますしね。でも、自分の中では全然信用していません。むしろ「消える前の最後の灯火なんじゃないか」くらいに感じています。

    川村:「化物語」や「さよなら絶望先生」の頃の、新房さんの誰も見たことがないような斬新なビジュアルって、アニメはどうしたら生き残れるんだ? というところから発明されたんですね。

    新房:そうですね、絶望というか、限界というか。

    川村:なるほど。僕はそれを“可能性”のように感じたので、印象が違って面白いです。

    映画館では、洋画も邦画も平等に上映されますしチケット代も同じですが、予算は段違いなわけですよ。100億円使ってハリウッドで作れるなら別ですが、理想の映像表現を日本で実写で作るにはまず予算の段階で限界がある。

    先ほどの「幼くなっていく世界」もそうですが、アニメだからできる表現ってたくさんありますし、演出の幅はむしろ広いと思います。個人的には、少なくとも日本で映画を作っている限りは、アニメはさらに面白い分野になっていく気がしています。

    観客はそうそう甘くない

    ――企画を作る上で、実写とアニメで意識の違いはあるのでしょうか?

    川村:ありません。「映画」というくくりでは同じですから。演出の違いはありますが、ストーリーを変える必要はないと思っています。

    スピルバーグ的な大作から少女漫画原作の実写映画、さらにはシリアスな人間ドラマからぶっ飛んだアニメまで……僕は映画には多様性があってほしいと思っていますし、そういうものを縦横無尽に作っていきたいです。

    新房:今回「実写からアニメへ」という挑戦をする中で、「打ち上げ花火〜」自体が、さまざまな形で何度もリメイクされる定番になればいいなと思いました。

    ジュブナイルもの、ループものとして「時をかける少女」のような存在になれる作品だと思います。

    川村:それは面白そうですね。 それこそアメリカでハリウッド版にリメイクとかしてほしいです。

    ――川村プロデューサーの手がけるアニメ映画というと、「君の名は。」の記憶も新しいところです。

    川村:企画が走り始めたのは「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」の方が先なんですよね。制作の都合で公開はこちらが後になってしまったのですが。

    新房:気にしないでいたはずなのに、「これ、来年公開なんだよな……」と思うと、ひしひしとプレッシャーでちょっと嫌な感じでした(笑)。

    川村:「君の名は。」の次は「打ち上げ花火」というように言われることもありますが、全く違う映画を作ったつもりです。

    ……本当に思うんですけど、観客は全然甘くないんです。アニメファンのみなさんって、深夜アニメを含めて日々どんどん新しいビジュアルに触れていますから。

    「君の名は。」のあとに「聲の形」も「この世界の片隅に」もあって、それぞれ新しい表現を発明している。この1年で状況はどんどん変わっているし、同じものをやっても仕方ない。

    でも、逆に「ああいう感じでしょ」と思って観に来る人がいるなら。それはそれで面白いかもしれません。油断したところで「何だこれ?」とびっくりしてもらった方が……。

    「化物語」「まどマギ」を見てきた人には「シャフト節」を堪能していただけるとおもいますし、一方でこの映画で初めて新房監督の映像表現に出会う人がいると思うと楽しみですね。

    ビジュアルぶっ飛んでんな! ヒロインがとんでもないことになってるな! と、びっくりしていただけると思います。

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