ベストセラー作家・池井戸潤が実は「ほとんど取材しない」理由

    「まずは、だいたい想像で書きます」

    大企業の“リコール隠し”をテーマにした映画『空飛ぶタイヤ』が6月15日に公開される。原作は池井戸潤による累計170万部を超えるベストセラー小説だ。

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    『半沢直樹』シリーズ、『下町ロケット』『民王』など、働く人々を描き続けてきた池井戸。リアリティある描写を評価されることも多いが、意外にも「ほとんど取材はしない」と話す。

    出版不況の中、常に50万部という高い目標を掲げているという。ヒット作を生み続ける創作の秘密を聞いた。

    最大の宣伝はスキャンダル?

    ある日、小さな運送会社・赤松運送を襲った突然のトレーラー脱輪事故。

    社長の赤松徳郎(長瀬智也)は社内で事故調査を進める中で、原因は整備不良ではなく、製造元である大手自動車会社・ホープ自動車の車両欠陥ではないかと思い至る。

    もし、誰もが知る企業が、人を死に至らしめる欠陥を隠蔽していたとしたら――。

    赤松は社員や事情を知る告発者とともに、大企業の“リコール隠し”という真実を暴くべく戦い始める。

    物語の大きなテーマは「大組織による不都合な事実の隠蔽」。ある意味、今の日本の状況とリンクしている部分もある。

    「期せずしてですが……それが最大のプロモーションかもしれないですね。実際、私企業や政界の不祥事が起きる度に僕の過去の小説が少し動くんですよ(笑)」

    池井戸作品には、企業の不正や組織の腐敗をテーマにした作品も多い。

    「扱うことは多いですが、自分の中には『正義はこうあるべきだ』『不正が起きないようにしよう』といった啓発的なメッセージは特にありません」

    「正義どうこうよりも、エンターテインメントであることが第一。娯楽小説ですから、まずはエンタメとして楽しんでもらうのが最大の目的です」

    「それぞれの事態を糾弾したいというよりも、なぜこの社会でそういう事件が起きてしまうのかを構造的に考えたい、という思いが強いかな」

    「実際に似たような事件があった時に『そういえば、そんな小説があったな』くらいに思い出していただければ」

    「取材はほとんどしない」その真意

    中小企業や町工場から、大企業や銀行、政界まで。大小さまざまな組織とそこに働く人々を描いてきた。

    リアリティのある描写が評価されることも多いが、意外にも「取材はほとんどしません。まずは、だいたい想像で書きます」。

    「必要がないからやらないだけ。書き終わったところで肝心なところは取材する、くらいですね。絶対に抑えなくてはいけない情報を後から確認していくイメージです。自民党の朝の会議は何曜日、何時からどこで始まる、とか」

    「実は、小説において事実を重ねることはあまり大事じゃないんですよ。小説の破綻はキャラクターの破綻。この人はこういう場面だったらこう言うだろう、こうするだろう、という一貫性が一番大切です」

    「例えば、ある提案にずっと反対していたやつが、いきなり物分かりがよくなって『そうですね! 一緒に頑張りましょう!』なんて手のひら返しをしたら、読者も『そんなわけないだろ』って白けますよね?」

    「作者の都合で物語を前に進めるためだけに、都合よく“悪い人”を“良い人”にしない。人にはそれぞれ立場があって、考え方が違うのは当然です」

    「そこにどれだけこだわれるか。読者はもちろん、書き手の自分をもきちんと説得できる自然な言動を積み重ねていけるかが、小説の質を決めると思います」

    実写化が次々アタる理由

    映画化は今回が初めてだが、平均視聴率40%を超えた『半沢直樹』を筆頭に、自身の小説を原作としたヒットドラマは数多い。

    映像化の依頼が相次ぐ理由を、自らこう冷静に分析する。

    「ストーリーラインがシンプルで難しくない。それが一番の理由だと思います」

    「あと、変なラブシーンを出さない(笑)。仕事なら仕事、それで徹底している。家族で見ていて気まずいシーンがないから、日曜夜9時にみんなで見られるドラマになるんじゃないかな。20代の恋愛ドラマは、おじさんたちには気恥ずかしいし」

    これだけの実績を重ねると、当然新企画の打診も多くなる。ゴーサインを出すかどうかを決めるのは、シナリオだ。

    「見ているのは、セリフのロジックが噛み合っているかどうか。映画化の話もこれまでいくつかあったんですが、受ける決断ができなくて」

    話がまとまれば、キャスティングや演出はおまかせ。

    TVドラマの場合はオリジナルエピソードが追加されることもあるが、小説とは別物として楽しんでいるという。

    「こだわりが強い人はそもそも原作を提供すべきじゃないですよね。小説と映画は、違っていて当たり前。映像ならではの作りがないと意味がない」

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    予告編

    目標は常に50万部。高い壁を超えるために

    池井戸は今、執筆の際に「単行本の売上50万部」を目標に掲げているという。現状の出版業界を見るとかなり高い目標だ。

    そのためにはまず「間口を広げること」。読者を選ばず、男女問わず、万人向けに。できるだけ広い世代に届く題材を選び取ることにストイックだ。

    数字にこだわるからこそ、執筆作業にとどまらず、本の帯コピーも自らきっちりチェックする。

    「『池井戸潤の最高傑作!』とか絶対ダメですよね。そんなありふれた言葉を使わないで、もっと読者が興味持つコピーを考えて、と戻します」

    作家としてすでに一定のファンがついているとはいえ、常にこれだけのヒットを狙い続けていくのは至難の技では?

    「そうですよ、一度の大当たりより、狙ったヒットを打ち続けていく方がずっと難しい」

    「でも、昔は知らなかった情報やノウハウを、今持てているのは事実です。だからこそ挑戦し続けたい」

    その上で、売上を伸ばすために不可欠であり「絶対プラス」と捉えているのがメディアミックスだ。

    「出版業界だけだと、僕の見立てではいろんなラッキーが重なって30万部が限界では。50万部売りたいと思うなら、映像の力が必要だと思っています」

    「小説とドラマ、そして映画のお客さんは違いますから。僕が知っているのは小説のお客さんだけ。映像化は、自分の作品を新しい読者に届けるための大事な手段です」