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つんく♂さんが声を取り戻した食道発声ってどんなもの?教室をのぞいてきた

がんで声帯を切除したつんく♂さんが習得した「食道発声」。同じ境遇で同じように学ぶ人は少なくありません。彼らが命を選び、新しい声で生きる決意をするまで。

「つんく♂さんが声を取り戻した」――そう報道されたのは1月のことだった。

アーティストで音楽プロデューサーでのつんく♂さんが、喉頭がんのため声帯を摘出したのは2014年10月のこと。「シャ乱Q」のボーカルでもある彼が声を失った事実は驚きを持って報じられ、自らも「一番大事にしてきた声を捨て、生きる道を選びました」と話していた。

それから2年と少し。「デイリー新潮」は1月、つんく♂さんが食道発声法を習得し「意思疎通が出来るようになってきた」と手記で明かしたと報じた

声帯を使わずに声を出すとは、どういうことなのだろうか? BuzzFeed Newsは、公益社団法人銀鈴会が主催する食道発声教室を訪れた。

どうやって声を出しているの?

食道発声とは、本来空気が入る気管ではなく食道に空気を送り込み、入り口を振動させて声を出す手法のこと。げっぷのような要領で空気を逆流させるらしい。

……と、言われても、正直よくわからない。記者もなかなか想像しきれないまま、教室に向かった。

応対してくれたのは、副会長の秋元洋一さんと、理事の木村孝さん。ふたりとも、10年以上前に食道発声法を身に着けた。

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少し声量が小さめなのと、息継ぎが必要なので、あまり速いペースでは話せないくらいで、まったく問題なく会話できる。たまにかすれる箇所があるが、聞き取りにくい、というほどの印象はない。時折冗談を交えながらとても親切に案内してもらった。

銀鈴会は、1954年に設立した公益社団法人。声帯を摘出した人向けの発声指導教室を、港区・障害者会館で週3回開いている。

毎回参加者は120人前後。熱心に通う人が多いという。食道発声を会得した先輩が後輩に教えていることもあり、和気あいあいとした雰囲気だ。

つんく♂さんが発症した喉頭がんだけでなく、食道がん、甲状腺がんなど、喉頭の全摘出手術に至るケースはさまざま。単純に切除するだけか、食道の一部を人工的に形成しているかなど、手術の状況でも習得までの難度は異なり、個人差は大きい。

一般的には1年である程度の会話レベルに達することを目標に指導しており、条件のよい人であれば、数カ月で日常会話が可能になるという。

声帯を失った患者向けには、食道発声の他にも、専用の機械をのどにあてて電気的に声を出す「EL(電気式人工喉頭)発声」、気管と食道をつなぐ器具を体内に挿入する「シャント発声」などもあるが、それぞれ一長一短。

食道発声は、会話できるまでには時間がかかるが、自分の体を使って自然に発声できるのがメリットだ。

最初は「あ」から

教室は、習熟度別のクラスになっている。まずは「あいうえお」の母音を出せるように。その後は少し長めに「あー」と言えるように(長音は、空気をたくさん取り込まないと発声できないので難しい)。ステップを踏んで身体に覚え込ませる。

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教材や自宅練習用のプリントもあり、さながら学校のようだ。「こんにちは」「ありがとう」などのあいさつや、簡単な日常会話を学ぶ初心・初級クラスではマンツーマンで指導にあたる。対面テストを経て、合格すると次のクラスへ進む。

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初級コースでは、あいさつや自己紹介を学ぶ。

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中級クラスはクラス形式で。長い文章をスムーズに読めるように練習する。

上級クラスは、抑揚や感情を込めて声を出せることを目指す。この日は月に1度の「EL発声」の練習日だった。声色がずいぶん違うのが動画を見るとわかるだろうか。

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機械を使うと声色も変わる。

「お友達ができて楽しいです」

部屋の隅でこっそり見ていた私に「取材でいらしたの」と優しく話しかけてくれた女性がいた。吉田久乃さん。2015年6月に入会し、1年半経った今、上級クラスで学んでいる。

上達が速いんですね、と驚くと「先生には、吉田さんはおしゃべりだからねって言われます」ところころと笑う。少しお話を聞かせてもらった。

吉田さんも、がんにより喉頭を全摘出した一人だ。声を失うのは怖くなかったのだろうか。

「私自身はね、全然。わりと楽観的でした。家族の方が思い詰めちゃってて、手術の前に不安になってました」

「それは、手術の前にこの教室に見学にきていたから。その時に、ある先生とお話させてもらって、一度声を失ってもこんなに話せるようになるんだ、この人の10分の1でも話せたら十分だ、って思ったんです」

「そしたら『練習すれば必ず声は出ます。心配しないで、早く手術して早くここにいらっしゃい』と言ってもらえて。安心しました」

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練習の合間にインタビューさせてもらった。

60歳を前に、ゼロから声を出す方法を学び始めた吉田さん。それだけでも人によっては大変なことかもしれない。

最初に「あ」と声に出せた時はうれしくて、家に帰って何度も繰り返したと言う。家族や友人とも積極的に会話をして少しずつ上達していった。

吉田さんは「楽観的」だったタイプだが、教室に来る全員がそうではなく、ショックでふさぎ込み、術後数カ月、1年経って始めて扉を叩く人もいる。

程度の差こそあれ、ここにいる全員は同じ思いと境遇を共有しているので話しやすく、自然と仲間意識も生まれるという。地域の老人会などに行くと「何を言っているのか聞きとりにくい」と敬遠されることもあるようだ――と他の会員の方が話していた。

吉田さんも笑顔でこう話す。

「60歳になってこんなにお友達ができたんだもの。本当に学校みたいよ。教室に来るのはいつも楽しいです。みんな同じような立場だから、励まし合って助け合えるのがいいところ」

「新しい声」で生きていく

「失ったものを取り戻す」と聞くと、悲壮感や覚悟のようなものが漂うけれど、もっとシンプルでポジティブな「できなかったことができるようになる」喜びがある空間だった。スピーチ・コンテストやカラオケを楽しむ会もあるらしい。

松山雅則会長によると、がんの早期発見が可能になり、放射線治療や抗がん剤でカバーできる範囲も増え、教室の会員数はピーク時の半数程度になっているという。

昔は50〜60代で始めるケースが多かったが、最近は70代で手術し、入門する人も少なくない。食道発声は体力や体調に依存するため、高齢になると発声が難しくなる。上級コースでは、身体への負担が少ない機械の発声法も学ぶのはそのためだ。

習得まで時間がかかるし、努力も必要だが、それでももう一度自分で声を出して意思疎通できるのはかけがえのないことだと吉田さんは言う。

「つんく♂さんもおっしゃってたけど、声は失ったけど、何より大切な命をこうやって選べたんですから。新しいこの声で、まだしばらく生きていかないと」


バズフィード・ジャパン ニュース記者

Haruna Yamazakiに連絡する メールアドレス:haruna.yamazaki@buzzfeed.com.

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