「今日も今日とて抜かされた。毎日毎日何度もこれなの」
「車椅子の人はエレベーターに優先的に乗らせてって言ったらこんなに個人攻撃に遭う世界なんだね」
2月末、車椅子ユーザーの女性が地下鉄の駅でエレベーターになかなか乗れない様子を撮影した動画をTwitterに投稿し、大きな話題を呼んだ。
別の階からすでに乗っていた人で混み合うエレベーター。正確に言うと、少しずつ詰めてもらえば車椅子分のスペースは空くはずだが、動いてはくれない。ついには近くにいた別の人に先に乗られてしまう。
現状を記録し、「階段やエスカレーターが使える人は、エレベーターしか手段がない人に譲ってほしい」と訴えるこの動画は、Twitter上で大きく拡散。
「こんなに大変とは」と驚く声の一方、「わがままな障害者」「譲る理由がわからない」「こいつの態度が悪いからだろう」などの誹謗中傷も多数寄せられ一時は“炎上”状態に陥った。
ニュースサイトに配信された記事の“人気コメント”も同じような罵詈雑言や揶揄で埋まった。
乗客の顔は映っていなかったものの、「晒し上げだ」と投稿者を責めたり、個人を特定しようとしたりする声も多く、女性は結果的に動画を削除するに至った。
「この動画で初めて現実を知りました」
しかし、車椅子ユーザーにとってはこの状況は特別なことではない。たまたまこの時だけ運が悪かった、ではなく、見慣れた景色だ。
「渋谷スクランブルスクエアは、ベビーカー&車椅子“専用”エレベーターがあってもいつも健常者と思しき方々で満員。見送らざるを得ないことが日常化」
「『専用』と書いてもダメなら、いったいどうしたら……」
ちょうど同時期、乙武洋匡さんも「エレベーター8回乗れなくて見送った」という他のユーザーのつぶやきに反応する形でそう吐露していた。
声を上げたら激しくバッシングされる。しかし、彼女はそこで諦めなかった。
「この動画で初めて、現実を知りました」
「車椅子の人には降りて譲るのが基本というルールをそもそも知らなかった」
寄せられたリプライやDMでそんな意見が多かったことを受け、SNSやYouTubeを通してさらに詳しく伝えようと活動を続けている。
より実効性がある対応につなげようと、国土交通省と鉄道会社に優先利用の表記の拡大やルールの周知を訴える署名を開始した。
“炎上”から時間が経った今、どんな思いでいるのか。“車椅子ギャル”さしみちゃんさん(@ misa_misaxxx)に話を聞いた。
(※この記事には、さしみちゃんさんに実際に向けられた身体障害者への誹謗中傷が含まれます)
「乗れないのが当たり前」車椅子ユーザーの現実
――車椅子ユーザーにとって、エレベーターに乗れない、譲ってもらえないのは日常茶飯事なのでしょうか?
それはもう毎日……どころか毎回です。自分だけでなく車椅子ユーザーはみなさんそうだと思います。1回のエレベーター待ちが5分、10分だったとしても、1日に何回もあるとかなりの時間になってしまいます。
私たちは階段やエスカレーターを選べるみなさんと違ってエレベーター「しか使えない」のに、その唯一の選択肢も車椅子分のスペースが「空いていれば」という条件付きでしか乗らせてもらえない。
ただでさえ限られた選択肢なのに、後回しにされているのが現状です。降りてスペースを作ってくださる方はほとんどいないですし、むしろ「車椅子が乗れないなら自分が」と横から抜かされることばかりです。
あの動画だけを見た方にはなかなか伝わってないのかもしれないと思うのですが、「たまにある」どころか「あれが当たり前」なんですよね……。
――動画を撮影した日の状況を改めて教えてください。
あの日は仕事で、朝から都心に出かけていました。どこも混んでいて、ひたすら待たされる日だったんですね。エレベーターしか使えないと、1階移動するだけでも大変なんです。
ある商業施設で乗ろうとしたら中にいる人に大きく舌打ちされて目の前でドアを閉められて気が滅入ってしまい……。疲れ果てた帰路、駅のエレベーターでもこんな目にあって心が折れてしまいました。
舌打ちなんてマシな方 暴言や暴力、痴漢被害も
――そんなにあからさまに悪意を示されることもあるんですね。
舌打ちなんてまだいい方です。睨まれたり、エレベーターを降りたところで嫌味を言われたり。ひどい時はあとをつけられたり、写真を撮られたり、ひじで頭部を殴られたり、傘で車輪をつつかれたり。
混み合っているエレベーターに乗ったら痴漢されたこともありました。エレベーターを使うしかない、逃げられないってわかっていて卑怯ですよね。
車椅子ユーザーには「絶対嫌な思いをするからエレベーターを使いたくない、だから極力外出したくない」という人も少なくないです。
――盗撮に暴力……想像以上の過酷さで驚きました。
「自分から乗りたいって言えばいい」という意見も多かったんですけど、いざ言ったところで親切に応じてくれる方ばかりではありません。これまでに受けた暴力や暴言、痴漢の記憶があるとなかなか気軽に口に出せないです。
私もどうしてもトイレに行きたいとか事情があって急いでいる時などは「すみません、乗せてください」とお願いすることもありますが、外出に慣れている方の自分でも勇気がいります。
――それを1日に何度も、となると現実的ではないですよね。
「動画なんか撮っているから、乗る気があるのかわからなかったのでは?」という声もかなり多かったんですが、私はあの動画を撮る前に一度エレベーターの目の前まで進んでいるんです。
もう少し詰めてもらえれば入れるなと自分ではわかっていたので近づいてみたのですが、中の人たちはチラッと見て無視するか、まったく気づかないか、鬱陶しそうに見てくるかで……。先程お話ししたようにその日は心が折れていたので引き下がりました。
そもそも、車椅子でエレベーターの前にいて乗らないってこと、ないですよね……? だって他の手段がないんですから。どんなに混んでいても待ち続けるしかないんですよ。
――動画は、その後削除するに至りました。
私は社会の現状を知ってもらいたかっただけで、エレベーターに乗っていた人たちを晒したいわけではないですし、あの場にいた個人を責めるつもりはありません。でもこの動画の出し方ではそう思われる可能性があったなとそこは反省しています。
とはいえ、現状を訴えたい気持ちは変わりません。「車椅子の人には優先的に譲ること」と国が定めているのを知らない人も多いでしょうし、周知が足りないと今回のことで改めて感じました。
「わがままな障害者」と中傷されて
――“炎上”状態になり、ひどい言葉も浴びせられたのでは。
全体で見ると、多くは温かい反応や応援の声でしたよ。「知らなかったので驚きました」「これから見かけたら譲るようにします」と言ってくださる方もいてうれしかったです。
それでも「わがままな障害者」という誹謗中傷は多かったですよね。「死ね」とか「ブス」とか直球の暴言も、久しぶりに聞きました。
ニュースへのコメントもひどかったですね。勝手に記事にされて、「態度が悪い」「見た目のせい」「感謝が足りない」なんて好き勝手書かれて。
「障害者だからって甘えるな」って言われても、甘えてエレベーターを使っているわけじゃないんですよ! むしろ選べるなら、並ばないでエスカレーターに乗りたいですよ。
――階段もエスカレーターも使えるのにエレベーターに乗る方が「甘え」とも言えますね……。
障害者ばっかり優先されて、という気持ちがあるんでしょうけど、社会のすべてはデフォルトで健常者が「優先」なんだと知ってほしいです。
銀行のATMは高さがあって使えない、スーパーの商品は低い棚からしか選べない、狭いお店の通路は通れない、階段しかないレストランには行けない。
そんな風にできている社会の中で、車椅子やベビーカーを使うたくさんの先人が「エレベーターをつけてください」と訴えてきた結果が今なんです。
やっと整備されたエレベーターくらいせめて「優先」させてほしい、というのが正直な気持ちです。
「思いやりの心」でぼかさないで
国土交通省のバリアフリーガイドラインでは、障害者や高齢者、妊婦などには優先的に譲るよう定められていますが、実際の掲示は「思いやりの心」「優しい気持ち」とぼかされていることも多いですよね。
「必要な人と居合わせたら、降りて譲ろう」とまで伝わっていないんだと思います。
――たしかに「優先」の意味するところがあいまいですよね。ルールではなく道徳の問題に聞こえます。
私は日々の移動に100%エレベーターを使っていますが、それでもエレベーターで同じ車椅子の人と出会うことって多くて月に数回程度です。“普通の人”だときっともっと少ないですよね。
エレベーター絶対使わないで!とはまったく思わないですけど、居合わせた時は、他の手段がある方はぜひそちらにお願いします、という気持ちはあります。
あとは、車椅子に遭遇する経験が少なすぎて「どうしたらいいかわからない」って人も多いと思うんですよね。
例えば、混んでいるエレベーターに乗っている人が私を見て「どうしよう?降りるべき?」と一瞬迷う目をすることもあるんです。でも、周りはノーアクションだと一人で動くのをためらう気持ちも理解できるので。
だから「エレベーター待ちの車椅子の人がいたら、先に乗ってもらおう」という空気が広く共有されていくといいなと思います。
――私は子どもが小さい頃にベビーカーを使っていて、エレベーターしか手段がない大変さを知り、そこから積極的に譲ろうと思うようになりました。自分で経験していると違いそうですが、全員がそういうわけにもいかないですよね。
そのあたりは教育の問題もありますよね。障害者が必要としている「思いやり」は、道徳じゃなくて行為なので。
なんでもかんでも「やってあげる」じゃなくて、必要な時にさっと手助けしてもらえるのが一番ありがたいのでそういう「優しさ」を教えてくれるといいですよね。
ここまで苛烈なバッシングを受けてしまうと、道のりは遠いと感じちゃいますけど。
“健常者”こそ声を上げてほしい
――YouTubeでは「障害者が声を上げても叩かれる。当事者じゃない人こそ、もっと声をあげてほしい」と話していましたがもう少し詳しく聞いてもいいですか?
やっぱり、障害者自身が声を上げても「わがまま」「また障害者がなんか言っているよ」と主張をちゃんと聞いてもらえない感覚があるんですよね……。
障害者がなんか言っていること自体が生意気、迷惑、黙れ、みたいな人がこんなにいることに正直驚きました。どんな人なのかな?とアカウントを見に行くと、とにかくその時々で話題のものに暴言を吐き続けている人も多くて、まともに受け止めるのも意味ないだろうって思いましたけど。
私は生まれつき足が悪く、車椅子を使い始めたのは大学1年生からです。
小さい頃からその時々でサポートしてくれる友人にも恵まれて、今もある企業で正社員として“普通に”働いているのもあり、普段の生活の中で差別を感じることはあまりないんです。でもこの社会に「差別」は歴然とあるんだなと気付かされました。
そういう「あいつら障害者」と見下げている人は、同じ“健常者”から「いや、それはあなたが、社会がおかしいよね」「変えていきたいよね」と声を上げてもらった方がいいと思うんですよね。
それが「個人のわがまま」を超えていく、空気を変えていく方法なんじゃないかと。
――車椅子の方を見かけた時、私たちにできることはありますか?
エレベーターを降りて譲ってくれるのはもちろんありがたいですけど、せっかく乗っている人に降りてもらうことへの申し訳なさはもちろんあるんですよね……休日の混んだビルなどは特に。
なので、そもそもエスカレーターや階段を選んで「棲み分け」してくれることがまず助かりますし、ありがたいです。使う人が少なければ、自然に並ぶ列も短くなりますしね。
それ以外だと……自然な会話の中でこの問題を友人や家族に伝えてくれるといいかなと思います。
少しずつ空気を作っていくことが大事だと思うので「この前こういう動画見たんだ」「インタビュー読んだんだ」なんて話も含め、トピックとしてあげてもらえると意識にのぼるんじゃないでしょうか。
あとはエレベーターの近くを通りかかった時に「車椅子の人いたら譲ることになってるんだって〜!知ってた?」とかちょっと大きい声で言って応援してくれると嬉しいかも(笑)
――いつかやってみます(笑)さしみちゃんさんの元には車椅子ユーザーの方から「初めてエレベーターを譲ってもらいました」というDMも届いているそうですね。
そうなんです、この一連の騒動のおかげかはわからないですけどね。“炎上”で傷ついた、削られた部分も大きいですけど、少しでも知って行動してくれた人がいるならよかったです。
――署名活動も実施していますが、今の思いを教えてください。
この件を通して大変多くの意見に触れ、その多くが「優先であることをそもそも知らない」というものでした。駅の優先表示を拡大し、優先すべき対象や具体的なアクションを示すことで、譲りあいが当たり前になっていくといいなと思っています。
まずは2万人の署名を目指しています。炎上を炎上で終わらせることなく、しっかりと社会を変えていきたいです。