「怒られるけど、うまけりゃいい」日本一バズる料理家は邪道な「豚汁」を作る

    日本一バズる料理家・リュウジさん。基本の料理100の作り方をまとめた『至高のレシピ』の中で、「こんなに反響があるとは思わなかった」のが豚汁だという。

    YouTubeチャンネル登録者数330万人、Twitterフォロワー数230万人。「料理は趣味、仕事はバズらせること」。

    ネット世代に圧倒的な人気を誇る“バズる”料理家・リュウジさんはそう話す。

    2021年末に出版したレシピ本『リュウジ式 至高のレシピ』が、この9月に料理レシピ本大賞2022を受賞した。大賞受賞は、2020年の『悪魔のレシピ』に続き2度目となる。

    『悪魔のレシピ』では、じゃがりことさけるチーズを使った「じゃがアリゴ」など、アイデアが光る“バズレシピ”が多かったが、『至高のレシピ』はチャーハンに唐揚げ、カレーにハンバーグなど、基本的な家庭料理100種類の作り方を紹介している。

    ある意味、地味だ。時短!簡単!家にある材料でできます、というアプローチではなく、聞き慣れない調味料もたまに登場し、読者にしっかり「手間」をかけさせる。

    だが、“日本一バズる料理家”が本当に作りたかった1冊がこの『至高のレシピ』だという。

    ようやく出せた、一番最初に作りたかった本

    ――レシピ本大賞の授賞式で、本当は1冊目に作りたかったのがこの「至高のレシピ」だとおっしゃっていました。

    そうなんです。基本の料理を並べた、毎日使える本を作りたかったんです。

    でも、名前も知らないやつが「これが俺の思う一番うまいレシピです!」とか言ってても買わないでしょ。「お前、誰?」って感じですよ。

    ――「料理のお兄さんリュウジでーす!」とか言われても…。

    そうでしょ?見た目もこんなだし、「なめてんの?」ってなりますよ(笑)

    なので、最初はもっと簡単で、手軽にできるところから紹介して、本当に作りたい本は自分の名前を覚えてもらってからだな、と思ってここまでやってきました。

    ――結構、戦略的ですね。

    戦略っていうか当たり前じゃないですか?自分が読者だったらそうだよな〜って。

    ――「名前を覚えてもらう」ための前段階が「悪魔のレシピ」でした。リュウジさんのレシピはネーミングが特徴的ですよね。

    ネーミングはめっちゃ考えていますね。

    やっぱりネットでバズる上でキャッチーなパワーワードってものすごく大事で。悪魔のレシピも内容以前に、究極「悪魔」って書いてあるから売れたんすよ。

    言葉を開発しておけば、あとは俺が悪魔のレシピだって言えば悪魔になるんで。だって「悪魔味」ってなんですか?誰も食べたことないし!

    ――冷静すぎるツッコミ…。今回の「至高」はどこから出てきた言葉なんですか?

    「至高」は、『美味しんぼ』ですね。海原雄山。

    #海原雄山という男 【バァァァァン】海原雄山の登場の瞬間まとめ

    Twitter: @oishinbo_ch

    「僕のレシピは、海原雄山に出したら“浅ましい”って怒られる」

    ――『美味しんぼ』お好きなんですか?

    めちゃくちゃ好きなんですよ。めちゃくちゃ好きなんですけど、あれは料理漫画では「ない」です。完全にギャグ漫画として愛しています(笑)

    料理人としては「くう〜!浅い!」と思うシーンばっかり。

    ――違うだろ!って突っ込みたくなる感じですか?

    いや、そういうマジレスなわけでもなくて……だって、正しくなくて当たり前なんですよ。描いているのは料理のプロじゃなくて漫画のプロなんですから。想像だけで料理の奥深さを描いていて、そこが最高なんですよ。

    昔の料理漫画ってその正しくなさというか、勢いがいいですよね。『将太の寿司』とかも大好き。

    ――『将太の寿司』も料理というよりバトル漫画ですもんね。

    そうそう、「そんなわけねえだろ!」って突っ込みながら読むじゃないですか。

    だから、たまにいますけど『美味しんぼ』の知識を信じちゃダメですよ。あくまでフィクションとして読まないと……。

    ドヤ顔でうんちく語らないよう気をつけてください。

    Twitter: @ore825

    ――特に好きなシーンありますか?

    超有名なところですけど、海原雄山が「これが至高のサラダだ。どうぞ召し上がれ」ってトマトを鉢植えのまま出すところは最高ですよね。

    「きたああ!!」ってなっちゃいますよ、海原雄山のファンとしては。

    あと、海原雄山は、ハンバーガーをめちゃくちゃディスるんですよね。

    「味覚音痴のアメリカ人の食べる忌まわしい食べ物」とか「あさましい食い物だ!」とか力の限りディスるんですけど……僕のレシピってどう見てもそっちなんですよね、あさましい方。

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    「ハンバーガーの要素」25話

    ――「そんなんで至高を名乗るなんてあさましい!」って怒られちゃいますね。

    いや、そうなんですよ。「これが至高のチャーハンです」なんて出したら絶対ぶっ飛ばされますよ、間違いない(笑)

    でも、あえてそこで同じ言葉を名乗るのが面白いかなぁって。

    海原雄山の「至高」は鉢植えそのままトマトかもしれないが、俺にとっての「至高」は“あさましい”チャーハンでありナポリタンだ!って話なんですよね。

    「思ったより、ついてきてくれる」

    ――私も『至高のレシピ』を参考に何品か作ったのですが、時短!簡単!というよりは、しっかり手数がありますよね。キャッチーでハードルが低いレシピでファンをつけてからステップアップすることに迷いはありませんでしたか?

    多少はありましたね。ありましたけど……動画の反応を見ているうちに「あ、思ったよりみんなついてきてくれる」と手応えがありました。

    「甜麺醤(テンメンジャン)、必要だって言えばちゃんと買ってくれるな」とか。どうやって使うのかはわからなくても、スーパーの棚に並んでいるのであれば挑戦してくれるんだなってわかりましたね。

    これはマジで作る価値あります 料理研究家がガチで何皿も試行錯誤してたどり着いた味です 『至高のジャージャー麺』 この一皿を味わうだけのために甜麺醤を買う価値あります ハッキリ言ってお店に匹敵します 本当に自信のあるレシピです 一度お試しを レシピはこちら! https://t.co/en5We15psZ

    Twitter: @ore825

    ――レシピへの信頼あってこそですよね。

    それはそうですよね。だからそこまでは、信頼を得ることにとにかく努力しましたね。「こいつが作るもん、まぁまぁうまいじゃん」って。

    動画やツイート見るだけならともかく、作って食べるところまでやってくれるってすごい労力じゃないですか。料理家は、考えたレシピを作ってもらえなきゃ意味がないので。

    料理初心者の方に、普段あまり使わないものを買わせるのはやや気がひけるんですけど、あるとないとで出来が変わるものは「絶対買って」と動画でもはっきり伝えてますね。特にスパイス類は保存がきくので。

    「生のパクチー」とかだと厳しいので、やめとこうかなという線引きです。

    至高にして邪道 常識破りの「豚汁」

    ――「至高のレシピ」のなかで、こんなに反響があるとは思わなかった!という一品ってありますか?

    「豚汁」ですね。YouTubeで一番再生されている豚汁だと思います。

    ――へえ!結構意外な……。

    これは地味にヤバいレシピなんですよ。まず、アクを取らない。アクをとらずにひたすら味噌で煮込むんですよ。

    こんなふざけた作り方!と怒る人もいると思う。邪道ですよ。

    ――「アク、とらなくていいです」って言われることそうそうないですよね。

    「とらなくていいです」どころか「とっちゃダメです」なんですよ。

    なんでそれに拒否反応が出るかっていうと、日本人は絶対に学校で「アクはとれ」って言われているんですよね。鍋だって味噌汁だってアクをとる。調理実習で言われるでしょ。それが癖になっちゃってるんです。

    ――言われてみると、理由もよくわからず「とるものだ」と思ってきたような。

    和食はなぜアクをとるかというと、もとの味付けが繊細だからなんです。野菜や肉のアクはうまみ成分でもあるのですが、一緒にエグみも出るから、それに本来の味が負けてしまうんです。

    逆に言うと、味付けによってはアクをとる必要はないんですよ。例えばカレーくらい味が濃ければ気にならないですよね。実際インド料理は肉のうまみを大切にしているので、とりません。

    和食以外も広く知っている料理人であれば「アクをとらない」発想は珍しくないんですけど、「ありえない!」と言ってくる人は、逆に“ちょっと料理を知ってる人”なんですよね。

    料理教室とかでこれが正しいやり方ですよ、お味噌汁はアクをとりますよ、と習っているから「料理人のくせにアクもとらんのか!」ってなるんです。

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    ――「邪道にして至高」の「邪道」はそういう意味なんですね。

    もうひとつ、「味噌は香りが飛ばないように最後に入れる」が常識だと思うんですけど、僕は最初に入れてぐつぐつ煮込みます。

    これもちゃんと理由があって、香りを残すというよりは、うまみを生かしたかいからですね。なのでわざとなんです。

    これも下手に料理の基本を知っている人からしたら……。

    ――「なんで味噌、煮込んでるんだ!」って。

    そうなんです。「適当なこと言ってんじゃねえ!」って怒られる。ロジックはちゃんとあるんですけど。

    まぁでも……そう感じる気持ちもわかるんです。教科書に載ってること全部無視してますから。

    そういうレシピが視聴者の皆さんから抜群に人気があるのも面白いですよね。作ってみるとめちゃくちゃおいしいんですよ、俺もこれ大好きです。

    和食屋で食べるような上品なお味噌汁、ではないけど、しっかり満足感がある豚汁で、食卓に出すならこういうのがほしかった!っていうレシピになっていると思います。

    邪道でも、うまけりゃいいんですよ。そこがゴールなんですから。

    「正しい」作り方はひとつじゃない

    ――リュウジさんとしては、そういうみんなの常識や思い込みをひっくり返すのが面白いみたいなところもあるんですか?

    面白いと言うよりは、「こういうのもあるんだよ!」って伝えたいって感じですかね。「正しい」作り方はひとつじゃないんだよってことを。

    拒否したくなる気持ちもわかるんですよ。今まで教わってきたことと全然違うことが「これが一番うまい」って言われたら、そりゃムカつくし混乱するじゃないですか。

    せっかく勉強したのに全然違う作り方が評価されてたら自分のアイデンティティーを失うというか……。

    ――これまでの自分を否定されたような気になるのかもしれない。

    僕としては、議論になること自体が面白いし、いっぱい考えてほしいんですよね。

    「え、じゃあ今までやってきたあの作り方ってどうだったの」って思うじゃないですか。でも、これはどっちが間違いじゃないんですよ。作り方が2つあるっていうだけなんです。

    繊細な味に仕上げた豚汁もおいしい、味噌ラーメンのスープみたいなパワー系の豚汁もおいしい。個々人の好みもあるし、同じ人でも今日はこっちが食べたいみたいな気分もありますよね。

    「今日はがっつり食べてえな」って日は俺のレシピ参考にしてくれればいいなって感じです。

    ――同じ「豚汁」でもバリエーションあると自炊の幅が広がりますよね。

    他のレシピを否定しているわけじゃなくて、俺は俺のレシピが一番うまいと思ってるぞってだけなんです。

    で、俺にとってこれは、至高だけど、あなたにとってはわからない。1回言われた通り作って、舌の好みに合わせて調整してくれればいいんです。

    ――「このレシピはアレンジしていいよ」と最初にはっきり書いているレシピ本、珍しいなと思いました。

    その日の自分のためにオーダーメイドできるのが、自炊の最高の魅力ですから。

    自分がドンピシャに好きな味を作れるようになったら、もうそのあとの人生めっちゃ生きやすくないですか?

    そういう意味で、「レシピ本は人生の攻略本」なんですよね。料理ができるって、誰の人生にとってもプラスにしか働かないので。

    ――人生の攻略本、いい言葉ですね。

    外食でも、買って食べるでも、おいしいものはいろいろありますけど、絶対そればっか食ってたら飽きますからね。

    同じごはんと豚汁でも、違うレシピで作ったり、ちょっとアレンジ加えたりすれば変化があるじゃないですか。その手札は多いほどいい。

    だから、自分のYouTubeや本で「料理、まあまあおもろいじゃん」と思った人は、他の料理家さんのレシピもぜひいろいろ見てほしいですね。一通り見て、味覚が合うなって人を見つけてほしいです。

    「俺だけを信じろ!」とは全然思ってない。その心の棚のどこかに俺がいてくれればいいな、くらいですね。

    ……もちろん、「これが至高」と自分で言い切っちゃうくらいの自信はありますけど!

    中編へ続く)