漫画「ワンピース」が歌舞伎になるらしいよ、と最初に聞いた時、思ったのは「な、なんで?」だった。何その発想。どういうことなの?
超有名漫画「ワンピース」。もちろん知ってる。海賊王を目指すやつね。
歌舞伎は……よく知らないや。いつか見たいなと思いながら、あんまりきっかけがなかった。
少なくとも漫画と組み合わさる印象は全然ない。どうなっちゃうんだ。
まぁ、どんな風になってても絶対話のネタにはなるよね。「ワンピースの歌舞伎見たんだけどね〜」って友達に言える。
漫画がベースなら、古典の演目より話も分かりやすそう。「歌舞伎、1回見てみたいな」で行ってみるなら、これはわりとハードル低めなんじゃない?
――という思考回路で、去年の私はチケットをとることにした。「よく分かんないけどすごいもの見れそう!」っていう、かなり野次馬的な、ちょっと邪な興味だった。
2015年10月、新橋演舞場でそれを見た。
予想以上だった。「すごいもの見られそう」のスケールが全然違った。ずっとドキドキしていた。
3幕構成、4時間近い長丁場だけど全然飽きなかった。ちゃんと漫画の世界で、ちゃんと歌舞伎で、気持ちがいいエンタメだった。かっこよかった。歌舞伎のお作法が全然分からなくても楽しかった。
2015年、演劇もミュージカルも映画もいろいろ見たけど、一番興奮したのはワンピース歌舞伎だったと思う。今、私は、なんだかすごいものを目撃していると分かった。
その「スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース」が、10月22日に「シネマ歌舞伎」として劇場公開する。
2時間に編集した映像作品として、全国の映画館で見られるようになる。
すごくうれしい、また見られる! 舞台だとどうしても都市圏の会場になってしまうし、チケットだって正直気軽に買える値段じゃない。
もっといろんな人に、ちょっとでも興味のある人にこの「すげー!」が伝わってほしい。
そしてやっぱり聞きたい。
松竹さん、ワンピース歌舞伎は一体どうやって生まれたんですか?
「すげー!」を生み出した、舞台製作を手がけた真藤美一プロデューサーに話を聞きました。
きっかけは原作側から
――そもそも、どうしてワンピースを歌舞伎にという発想になったんでしょうか。
最初は集英社さんからのお話だったんです。「ワンピースを歌舞伎にしたいんですが」という。僕らもびっくりしましたね……。
やるなら(市川)猿之助さんしかいない、というのは最初の段階ですぐに決まりました。先代の猿之助さんから続く、現代風にアレンジした新しいテーマに取り組む「スーパー歌舞伎」の流れです。
――歌舞伎化したパートは「頂上戦争編」、原作コミックスで言うと51〜60巻にあたる箇所。「えっそんな途中なの!?」と驚きました、てっきり物語の序盤をやるのかと。
実は、原作サイドからは当初、別の部分を提案されていたんです。俳優の配役も見えやすく、物語的にも入りやすい場所だったのですが、原作漫画を読んだ脚本・演出の横内謙介さんが、迷わず決めたのが、この「頂上戦争編」でした。
「演るなら絶対ここ。物語のピーク、一番盛り上がるところを見せるべき」「歌舞伎にすることを考えた時、人間関係の濃さや演出の点でも一番映える」と。
確かに、麦わら海賊団の絆、ルフィとエースの兄弟愛、白ひげや海軍を巻き込んだダイナミックな戦闘などは、漫画に限らず、物語として普遍的な要素。歌舞伎の世界でも見せ場になることが多いテーマです。
その段階では横内さんの中に具体的なプランがあったわけではないと思いますが、これまでの経験に基づく確信ですよね。
歌舞伎の“記号”を漫画に融合
――漫画と歌舞伎、外から見ると随分遠いものに感じますが、作る側はすぐにイメージがわいたんでしょうか?
いやいや、そんなことはまったくないです! むしろ試行錯誤の連続でした。特に苦労したのは衣裳ですね。
原作に寄せるか、歌舞伎に寄せるか。大きな指針をあえて作らず、キャラクターそれぞれで都度バランスを取っていきました。各キャラクターの化粧やかつらに、歌舞伎的な“記号”が散りばめられています。
例えば、中村隼人さん演じるサンジは、原作のスーツスタイルの格好よさを生かしつつ、そのままでは歌舞伎の舞台では浮いてしまうので、華やかなドテラを着せています。
ゾロは、演じる坂東巳之助さんの原作ファンとしての意見もあり、かなり本来のキャラクターに近い見た目になりました。
逆に、歌舞伎の扮装に極めて近いキャラもいます。
筆頭は大海賊の白ひげですね。「義経千本桜」に登場する平家の武将、平知盛(たいらのとものり)の鎧をまとっています。
海で戦う者というつながりもあり、最期の劇的な散りざまも近いものがあります。歌舞伎を知っている人が見ると、すぐに“元ネタ”は分かるようになっています。
――なるほど……ファンの方は「あ、あの作品の」と思ってにやっとできるんですね。ビギナーとしては、要所要所に鳴るツケ(板に木を打ち付ける効果音)も、自分が想像する歌舞伎の音! とテンションが上がりました。
音や決め台詞は歌舞伎らしさが表れる部分ですよね。
他に演出面で分かりやすいところで言えば、麦わらの一味が舞台上に勢揃いし、一人ひとり名を名乗る「名のり」は「白浪五人男」から。
ボン・クレーが花道を独特のステップで駆けていく「六方」は、花道の退場で使われる、歌舞伎ではおなじみの動きです。
さっきまでぬいぐるみだったチョッパーが大男に変身!というトリッキーなシーンも「義経千本桜」で実際に登場する演出です。
2幕のラストを盛り上げる、大量の水を浴びながら入り乱れて戦う「本水(ほんみず)の立廻り」、ルフィが客席上空に浮かぶ「宙乗り」も、古典歌舞伎の公演で使われている技法。エンターテインメントとしての歌舞伎には、こんな豪快な演出もあるんですよ。
いずれもとても古典的な手法ですが、古臭くは感じないですよね? 衣裳や照明、音楽の力で現代的にしています。
歌舞伎だからなんでも使うわけではなく、今の人が見て格好いいと思う手法を厳選して、さらにアレンジしているんです。
「歌舞伎俳優がやればそれは歌舞伎」
――漫画という題材を扱う上で「歌舞伎らしく」するべく気をつけたことはありますか。
うーん、正直、特別なことはなかったように思います。
なぜなら「歌舞伎俳優がやればそれは歌舞伎」と考えているからです。
江戸時代から続く400年の歴史の中に、役のタイプ、感情を表す動きや仕草、見る人の目を引く演出の型などが、それこそ無数にあるんです。たくさんの歴史の引き出しにあるものを使いながら、作り込まれていった結果があの舞台でした。
なので、漫画が原作だから、セリフが現代語だからと言って、作る上で特別なことはありません。
新しい要素として、映像や音楽などをフレーバー的に加えていったイメージです。何かを変えようという意識はなかったですね。
――2幕のラストで主題歌が鳴り響き、客席が総立ちになる瞬間はびっくりしました。音楽のライブやコンサートのような……予想外の体験でした。
そうですね、僕らも初体験でした(笑)。そもそも歌舞伎に主題歌という概念があるのは初めてじゃないでしょうか。
猿之助さんの中に「音楽で一体感を生みたい」「ライブのようにしたい」というイメージがあって実現したもので、曲はゆずの北川悠仁さんにご提供いただいています。
最初はお客さんもなかなか席を立ってくれなかったのですが……そりゃ、歌舞伎を観に来たんだから当たり前ですよね(笑)。そもそも立っていいのか分からない。
俳優陣が客席に降りて煽るようにして、少しずつ広がっていきました。公演を重ねていくと、客席全体が踊ってるような光景が広がって感動しました。
2幕の終盤は本水の立廻り、宙乗り、そして客席を巻き込んだ“フェス感”と、盛り上がり続きでしたね。稽古の段階でも「これは大変なものができてるんじゃないか?」という手応えがありました。
劇場に足を運んでもらうきっかけに
実際、映像を見ていると劇場で「何これすごい……!」と興奮したことを思い出しました。俳優の表情や衣裳の細かい部分を大きな画面で見られるのも映画館ならではです。
しかし、舞台と映像はまた別物。カメラワークやアングルで随分印象が変わるはず。
どんな思いで映像化したか、シネマ歌舞伎を束ねる松本宗大さんに聞きました。
――映像化にあたってのこだわりは。
とにかく会場全体での盛り上がりが特徴の演目なので、映画館にいながら、客席にいる感覚で臨場感を味わってもらいたいという思いで編集しています。拍手の音や客席からの大向う(俳優への声掛け)もあえて残しました。
映像は、客席全体に21台のカメラを設置して撮影しています。特に2幕のクライマックスは客席最前に設置したハイスピードカメラが大活躍。最前列からの視界を楽しんでほしいです。
――あの水が飛んでくるシーンの迫力!
そうです! あそこは映像ならではの演出ですよね(筆者注:ぜひ映画館で体験してください)。
シネマ歌舞伎バージョンでは、舞台では3時間超だったものを編集して2時間に収めています。これは、子どもたちにぜひ届いてほしいという猿之助さんの強い意向によるものです。
将来歌舞伎座のお客様になっていただくには、まずは歌舞伎自体に触れてもらうチャンスがなければいけません。しかし、劇場に時間とお金を使って足を運んでもらうことがなかなかハードルが高いことだとも分かっています。
まずは「歌舞伎見たことある」という“既成事実”を、映画館で、ワンピース歌舞伎で作りたいですね。親子3世代で楽しんでもらえればと思います。
――シネマ歌舞伎はシネマ歌舞伎で面白く見たのですが「画面の向こうに行きたい! 絶対楽しい羨ましい!」という気持ちになりました。
その反応は狙い通りです、ありがとうございます(笑)。手を叩きたい、立ち上がりたい、「自分もここにいたかった!」と思ってもらえれば何よりです。
歌舞伎の真髄はやはり舞台。ワンピース歌舞伎自体の再演も2017年に決まっていますし、もちろんそれ以外の演目でも、歌舞伎座や新橋演舞場に足を運ぶきっかけになればうれしいです。「あ、これワンピースで見たやつだ!」という発見が必ずあると思いますよ。