「いつもスランプですよ、常に苦しいです」ベストセラー作家・恩田陸の胸の内

    「スランプはないんですよ。いつもスランプだから」

    もっと先へ、もっと高く。恩田陸は、一体どこまで行ってしまうのだろう?

    『蜜蜂と遠雷』は、これまで彼女の作品を追いかけてきた多くの読者を、改めてそう感嘆させた一冊だった。

    チャイコフスキー、ラフマニノフ、ショパンにリスト。偉大な作曲家たちの音楽を「文章で」伝えきる。小説を通して、読者の頭の中で音楽を鳴らす。

    そんなことが可能なのか? どうやって?

    恩田陸にはできた。読者の想像力の限界を広げる、圧倒的な言葉の力がそこにあった。

    「音楽を小説で聞かせる」。一見無謀にも見えるその挑戦は成功し、ハードカバーで2段組、計508ページという長大な小説を多くの人が手にとった。

    評論家にも高く支持され、史上初である直木三十五賞と本屋大賞のダブル受賞(2017年)となった。

    「絶対に小説でなければできないことをやろうと決心して書き始めた」と語る、恩田の新たな代表作。

    傑作が生まれた背景には、自らに課したある「ルール」があった。

    監督に伝えた、たったひとつの要望

    ――まずは、映画をご覧になった感想を教えてください。

    素晴らしかったです。1本の映画として純粋に楽しませていただきました。

    「映像化」と「映画化」は違うんだな、と思いました。小説をそのままなぞるのではなく、映画として独立した作品になっていたことが、原作者としてとてもうれしかったです。監督・脚本・編集をすべて石川(慶)監督がなさっているのもあって、ちゃんと彼の作品になっているように感じました。

    あと、映画に先駆けて完成していたピアノ演奏音源が本当によかった!

    執筆中、頭の中で流れていた曲が実際に演奏になっていて……これだけで映画化してもらえてよかったなぁと思えました(笑)。

    栄伝亜夜の演奏をしてくださっている河村尚子さんは、私がもともと大ファンで、熱烈希望したんです。引き受けていただいて光栄でした。

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    河村尚子 ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 第1楽章

    ――石川監督とは事前に何かお話されましたか?

    「お願いだから、前後編にだけはしないで!」とは言いました。かなり長い小説なので、前後編になる可能性も十分あったと思うのですが……観る側からしたら、前後編ってちょっと面倒じゃないですか?

    2時間の映像に全部を収めるのは絶対不可能ですから、逆にすべてをやろうとせず、コアな部分に絞ってくださいとお伝えしました。

    構想12年、執筆7年。最終話を書き終えて叫んだ言葉は…

    ――そもそもピアノコンクールを題材にしようと思ったきっかけは?

    以前、大学のジャズサークルを舞台にした小説『ブラザー・サン シスター・ムーン』の中で演奏シーンを描きまして、それが思いのほか楽しかったんですね。いつか音楽だけを描く小説をやってみたい思いは前々からあって。

    ピアノにしたのは、自分も小さい頃から弾いていて、プロの演奏を聞くのも好きだったこと、その頃ちょうど浜松国際ピアノコンクールが話題になっていたことがきっかけです。

    2005年の浜松国際ピアノコンクールは優勝者がなく、最高位の2位が2人という結果でした。そのうち1人は、書類選考で一度落選していて、“敗者復活”として世界各地で行われたオーディションで見出されたコンテスタントだったんです。

    彼はそこで注目を浴び、2年後にショパン国際コンクールで優勝。一気にスターダムにのし上がりました。

    ――漫画のような展開ですね。

    下馬評ではまったく上がっていなかった人が、ふとしたきっかけでスターの階段を駆け上っていくってドラマチックですよね。その話を知って、ピアノコンクールの世界に興味が出たんです。

    ――『蜜蜂と遠雷』は構想12年、執筆7年と、恩田さんの作家人生の中でも特に大作です。連載中はどんなことを考えていたんでしょうか。

    うーん、大変だったことしか覚えていないな……(笑)。

    最終回を書き上げた時、「もう書かなくていいぞ!」と叫びましたもん、机の前で。

    毎回締め切り前は、必死でしたね。来月どうなるのか作者の自分でもわからないまま、とにかく書き進めていきました。

    ――優勝の行方も最初から決めずに。

    そう。そもそも最終順位を明かすかどうかも迷ったんですよ。

    最初は三次予選で風間塵を落とそうかと思っていたんですけど、ここまで書いておいて落とすのも……と思い直して。『SLAM DUNK』のように、本来のコンクールのクライマックスである本選を前に終わらせる案もありました。

    ――SLAM DUNK案……! 読者としては、結果を最後まで見届けられてスッキリはしました。

    ですよね。私も結果的に長く彼らと付き合うことになったので、今思うと最後まで書けてよかったです。

    「スランプは、ないんですよ」

    ――デビュー作『六番目の小夜子』(1992年)から30年近く第一線で活躍していますが、スランプに陥ったことはありますか?

    スランプは、ないんですよ。なぜなら、いつもスランプだから(笑)。

    スランプという言葉は、書ける人が書けない時期を指すのであって、私は常に書けないので「ない」です!

    ――意外なお言葉でした。読者としては全然そうは思えないです。

    何作書いても、常に苦しんでいますよ。何年もやっていたらセオリーが確立されるんじゃ? と思っていましたが、そんなことなかったですね。30年、ずっと模索中です。

    作家さんによっては規則正しく1日のスケジュールを決めて執筆している人もいますが、私は全然! 書けない日は本当に書けないです。

    ――そんな時はどう切り替えを?

    「こりゃダメだな」と思ったら、早々に諦めて映画を観たり本を読んだりします。まぁ、つまり現実逃避してるってことなのですが……。

    ――(笑)。本は年間300冊読まれるとか。

    そうですね、短いものから長いものまで。新聞広告で気になったものをチェックしたり、週に2,3回は本屋さんでジャケ買いしたり。小説にノンフィクション、ジャンルもバラバラです。

    最近読んだものだと、伏見憲明さんの新書、『新宿二丁目』(新潮社)が面白かったです。

    新宿二丁目がどうやって今のようなダイバーシティの街になっていったのかという歴史をひもとく1冊。身近な街の知らない顔が知れて、勉強になりましたね。

    過去の自分の「縮小再生産」にならないように

    ――青春小説、ミステリー、ホラーなど、とにかく作風が幅広いですが、そんな好奇心の広さが創作につながっているのでしょうか。

    やっぱりインプットがないとアウトプットできないので、たくさんのエンターテインメントに触れるようにはしています。本はもちろん読んで、映画も舞台も積極的に観て。

    小説を書く上で気をつけているのは、過去に自分がやったことの縮小再生産にならないようにすること。

    常に違うジャンルや、新しいアイデアに挑戦していこうとは強く意識しています。なるべく自分に負荷をかけていくというか。

    ――そう言い切れるのがすごいです、ストイックですね……!

    いえいえ、そんな格好いいものではなくて。本来なまけものなので、自分に厳しくしていかないとできないんです。

    ――常に挑戦し続ける恩田さんに憧れる作家も多いと思うのですが、ずっと書き続けていくために大事なことはなんでしょう?

    なんでしょう? 当たり前ですが、素直に休むこと、ですかね。

    どんなに自分を奮い立たせても、どうしてもモチベーションが落ち込む時期ってあると思うんですよ。インプットしようと思ってもそれすら疲れてできない時とか、もう無理、お腹いっぱい! な時とか。

    そういう時に、疲れた自分をちゃんと認めて、少し休む勇気を持つことは大切だと思います。

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