自分の字にコンプレックスのある人は多いと思う。私もそうだ。
ぐにゃぐにゃと絡まった、みみずのような文字。できるなら手書きでものを書きたくない。人に見せたくない。
学生時代からずっと、ファンシーな便箋に似合うかわいい文字も、見るからに頭がよさそうに整った文字も羨ましかった。

よく考えたら、人は全員が全員、違う字を書いているんですよね。絶対にどうしてもくせが生まれてしまう。
そんな、たくさんの誰かの手書きの文字にフォーカスした本「美しい日本のくせ字」が超最高でした。

字は人を表す、でしょうか
松本人志さんの直筆、カレー屋のメニュー、翻訳漫画や映画字幕の字、路上でひろった紙切れの上の走り書き……街中で、テレビの画面で、ネットの海で見つけた文字たちがこれでもかというほど紹介されている。
こちらは稲川淳二さんの記録ノート。同じ色のペンで怪談や民話を収集していく。フォントのような端正な字。

町のカレー屋さんのメニューってどこも同じような手書きの字だよなぁ。そんなぼんやりした「わかる」を一気に見られるうれしさ!

韓流スターたちの字。拙さこそに味がある。「いじらしい字」という表現に、それだ〜!となった。

サンリオの「いちご新聞」の字。憧れるかわいさ。本文ではこのキュートな字は誰が書いてたの? まで突き止めています。

とにかく、著者の井原奈津子さんの「くせ字」への愛情がほとばしっていて読んでるだけで幸せになる。
井原さんは子どものころから「人の手書き文字」に興味があって、10代の終わり頃、身近な人から有名人までさまざまな人の気になるくせ字をファイリングし始めたらしい。すごい。愛しかない。
「美しい」とタイトルにあるけど、この本の中では「きれいに整った」という意味では使われていない。人の個性や性格や生活ぶりが透けて見えるような存在感を「美しい」と言っている。
なにこれアラビア語?
一番おもしろく眺めたのは「ある新聞記者の字」。アラビア文字みたい……ですがちゃんと日本語。

でも、めっちゃわかる。私も取材ノート、ものすごく汚い。普段にも増して。
時には立ったまま不安定な状態で、とにかく速さを重視してずっと走り書くので汚いのだ。
でもね、本人はちゃんと読めるんですよ。不思議なことに。この“アラビア文字”の書き手も「読める」と答えている。
その答えを聞いて「うっそぉ?」と思った筆者の、続く言葉が好き。
推測だが、字が「読める」というより、そこに何を書いたかという内容そのものが頭に叩き込まれていて、「思い出せる」ということではないだろうか。
そうかもしれない。ペンを走らせた記憶とその時聞いていた内容がリンクしていて、なんとなく「右側のこのあたりにメモしてた時こういう話だったよな」と思い出す。
巻末には「くせ字練習帳」「『女子の字』40年史」がついている。楽しい。


知らない世界ですごくおもしろかった。しかし、これだけ膨大な資料をこんなに読みやすくわかりやすく、専門的でない言葉でまとめる細やかさに脱帽です。あふれる熱を感じる!
かわいくも綺麗でもなくとも、この「くせ字」は自分の一部だとポジティブに思えた。これまで嫌い嫌いと思ってきてごめんね。これからはもう少し優しくするよ。
しばらく、人が字を書く手元をじっと見つめてしまいそうだ。