なぜ、芸能人やアーティストの自殺が相次いでいるのか?コロナ禍がメンタルに与えた影響 識者に聞く

    「多くのアーティストが少なからず影響を受けていると思います」。音楽業界として今必要な対策を、産業カウンセラーの手島将彦さんに聞きました。

    新型コロナウイルスの流行以後、アーティストや俳優など著名人の自殺が相次いでいる。

    「多くのアーティストが少なからずメンタルに影響を受けていると思う」――。

    そう危惧するのは、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』などの書籍を持つ手島将彦さんだ。

    ミュージシャンとしてデビュー後、現在は音楽学校講師として新人アーティストの育成に携わる手島さん。

    2000年代には多数のライブイベントを主催し、今やメジャーシーンで活躍するバンドマンたちが成長していく姿、あるいは発達障害やうつ病に悩む姿も間近で見てきた。

    数年前に産業カウンセラーの資格を取得し、アーティストを目指す若者たち、そして音楽業界全体に向け、メンタルヘルスケアの重要性を発信。海外の音楽シーンにおける取り組みなども紹介している。

    そんな手島さんはコロナ禍の状況をどう見ているのか? 現状と必要な対策を聞いた。

    「不要不急」と言われたショック

    ――新型コロナ以降、アーティストや俳優の自死のニュースが特に目立ちます。手島さんが周りを見ていて、今の状況はメンタルに影響を与えていると思いますか?

    もちろん個別の事情や原因は人それぞれで、必ずしもコロナによるものだけではないと思いますが、多くのアーティストが少なからず影響を受けていると思います。

    要因は主に3点で、まず1点目は生活の不安、経済的な不安です。

    ライブができない、CDリリースができない……「入ってくるはずだった収入がどうなるかわからない」という状況はメンタルに大きなマイナスです。

    2点目は自分の活動が制限されるストレス

    外出自粛や移動の制限など、今までできてきたことができなくなるのは当然ストレスですよね。ライブやツアー、レコーディングなど音楽活動を中心に生きてきた人たちにとっては、特に閉塞感を感じたはずです。

    そして3点目、これが一番アーティストという職業に関わってくる点ですが、自らの仕事が「不要不急」と思われたことへのショックです。

    存在を否定された、価値がないと思われた……と無力感を抱いた人はかなり多いように見受けられます。

    コロナ流行の初期段階でライブハウスにてクラスターが発生した影響もあるかもしれません。致し方ない面もありますが、音楽業界全体が政治に振り回された、矢面に立たされたところもありますよね。

    「アーティストは孤独なもの」という先入観

    ――ここまで報道が重なると、著名人へのメンタルケアは急務ではと感じます。日本の音楽業界ではまだそこまで重要視されていないのが現状でしょうか。

    そうですね。欧米の音楽シーンと比較すると、業界としての取り組みはかなり弱い印象です。うつ病やパニック障害などについての理解も浅いですし、腫れ物に触るような扱いというか。

    実際に当人たちと話していても、現実的な話として「メンタルが不安定と知られると仕事が来なくなるんじゃないか」という不安は強いようです。

    もうひとつ、アーティスト像のステレオタイプに縛られてしまっている人も多いと思います。「クリエイターには孤独が必要だ」「生きづらくて当たり前だ」という先入観ゆえ、助けを求めることに不慣れな人も見受けられます。

    ――アーティストや俳優など、人前に出る職業の方は明らかにストレスが多そうなので、むしろ一般社会より体制は整っているのでは? と思っていました。

    まだまだですよね。まぁそれは、日本社会全体でそうだと思いますが。

    そもそも「ちょっと心が弱っているから病院に行こう」という発想がある人が少ないと思います。「自分が弱いせい」「我慢すればいい」と思ってしまう。

    風邪をこじらせたら病院に行くのは当たり前ですよね。メンタルだけはなぜかネガティブなイメージがある。そのあたりが変わっていけばと思います。

    レディー・ガガもうつ病を告白

    ――海外の音楽シーンではどうでしょう。近年はメンタルケアの重要性が訴えられることが多いように思います。

    確実にその流れはあると思います。いわゆるZ世代と呼ばれる若い世代は、特に重要課題として認識しているのではないでしょうか。

    ビリー・アイリッシュのように時代のアイコンになっている人が、メンタルヘルスの大切さや、人に助けを求めるのは恥ずかしくないと伝えているのはとても意味があることだと思います。

    ――アーティスト自身の振る舞いを見ても、レディー・ガガやビヨンセ、セレーナ・ゴメスなど、うつ病を告白したり、それを理由に休養するスターも増えていますよね。

    そうですね、第一線で活躍する人たちが自らメッセージを発してくれているのは大きいですよね。「メンタルを崩したら休んでいい」という考え方は主流になりつつあると言ってよいでしょう。

    「孤独や希死念慮に負けないやつがカッコいい」「心を病むやつは弱い」など、長年「強い男」を求める傾向が強かったヒップホップの世界でも、少しずつ変化が出てきています。

    人気ラッパーのケンドリック・ラマーは、2015年に「自分を愛そう」と訴える楽曲を発表。米国の医療保険団体カイザー・パーマネンテの啓発広告にも使用され話題を呼びました。

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    ケンドリック・ラマーは、自らのうつ病経験についても赤裸々に語っている

    24時間対応の専用相談窓口

    個人の活動もそうですが、加えて、日本との大きな違いとしては、業界としても積極的に対策に取り組んでいることです。例えば、私が知っている範囲では、アメリカ、イギリス、オーストラリアでは24時間相談できるミュージシャン専用の電話窓口が用意されてています。

    ――レコード会社やプロダクション単位ではなく、業界全体で設置しているんですね。

    アーティストは個人事業主なので、突き詰めるとレコード会社とは利害関係になってしまうんですよね。

    もちろんマネージャーになんでも相談できる関係性の人もいると思うのですが、仮に会社と揉めていたら、近しい人に相談するのが逆に難しいケースもあります。

    大きなレコード会社になれば、当然産業医やカウンセラーはいると思いますが、あくまで社員向け。契約しているアーティストたちはある意味で「取引先」「発注先」なので、会社に守られている感じは薄いのではと思います。

    だからこそ、第三者的な相談窓口があるべきだと思いますし、僕も数年前から時折業界関係者の方に「複数の社でお金を出しあって設置するべきでは」と提案してきました。

    その場では「いいですね」「これからの時代必要ですよね」となるのですが……なかなか具体的には進んでいないのが現状です。

    しかし、このコロナ禍で自殺が相次いだことで業界としてもかなり危機感は高まっている印象はありますね……。

    12月1日には、日本俳優連合が芸能人向けの心の悩み相談窓口を設置しました。音楽業界よりも芸能関係の方が進展は早いかもしれません。

    手島将彦(てしま・まさひこ)

    ミュージシャンとして数作品発表後、音楽事務所にて音楽制作・マネジメントスタッフを経て、専門学校ミューズ音楽院にて新人開発室、ミュージック・ビジネス専攻講師を担当。産業カウンセラー、保育士資格保持者でもある。

    主な著書に、精神科医の本田秀夫氏との共著『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』 (リットーミュージック/2016年4月)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(SW/2019年9月)などがある。また、『RollingStoneJapan』にて「世界の方が狂っている〜アーティストを通して考える社会とメンタルヘルス〜」を連載中。