「結局、ウナギは食べていいのか問題」に研究者が本気で答えると…

    おいしく食べたい気持ちはあるけど、絶滅するのは嫌だ…!私たちには何ができるの?

    結局、ウナギって食べていいんですか?

    ネットで時たま流れてくる「ウナギが絶滅寸前でヤバいらしい」というニュース。そのわりに、土用の丑の日の宣伝は例年通り見かけるし、デパートでもスーパーでも普通に売ってるよね……?

    絶滅危惧種なのに食用で売ってるってどういうこと? 売っているのを食べるのはセーフなの? アウトだったらなんで売ってるの〜〜!?

    そんな混乱した頭をこの本がだいぶ整理してくれました。その名もズバリ、「結局、ウナギは食べていいのか問題」

    著者の中央大学法学部 海部健三准教授は、日本のウナギ研究のトップランナーの一人。

    2018年に自身のWebサイト「Kaifu Lab」に掲載した、ウナギを取り巻く現状を解説する連載を元に、2019年現在の最新の研究成果・社会状況を踏まえてアップデートしています。

    ズバッと教えてくれそうなタイトルですが、この本は短絡的に「食べてOK」「食べちゃダメ」を断言するものではありません。海部先生は、スタンスを以下のように明示しています。

    現在の状況において、「ウナギを食べていいのか?」という疑問は、非常に当たり前で、適切なものです。しかし、その答えはシンプルではありません。本書においても、結局「食べてよい」または「食べてはいけない」という結論は出していません。なぜなら、食べる、食べないの決定は個々人がそれぞれの価値観に基づいてなすべきものであり、誰かが押しつけるものではない、と筆者は考えているからです。

    しかしながら、行動を決定するためには十分で適切な情報が必要です。このため本書は、個々の消費者の方々がウナギとの付き合い方について考える時、その基礎となる、最新の科学に基づいた知識をご提供することを、その目的としています。

    で、ウナギって絶滅するの?

    本文は以下の8章にわかれており、短いQ&A+詳しい解説という形式で進んでいきます。

    1. ウナギは絶滅するのか?
    2. 土用の丑の日とウナギ
    3. ウナギと違法行為
    4. 完全養殖ですべては解決するのか
    5. ウナギがすくすく育つ環境とは
    6. 放流すればウナギが増えるのか
    7. ワシントン条約はウナギを守れるか
    8. 消費者にできること

    「ウナギは絶滅危惧種なのですか?」「ウナギはどの程度減っていますか?」など基本的なファクトから教えてくれるので「なんかウナギがヤバいっぽいけど…実際どうなの?」レベルの私でもわかりやすく読めました。

    Q.ウナギは絶滅危惧種なのですか?

    A.日本に生息するニホンウナギは、環境省や国際自然保護連合(IUCN)により、絶滅危惧種とされています。

    Q.結局のところ、ウナギは絶滅しますか?

    A.可能性はありますが、その程度を推測することは困難です。ニホンウナギがもしも絶滅に至ってしまったら、取り返しがつきません。このため、「絶滅しないかもしれない」ではなく、「絶滅するかもしれない」と考えて行動することが重要です。

    食用ウナギには「天然」「養殖」がありますが、もともとはどちらも自然の環境下で生まれた「天然」のウナギです。

    東アジア全体に分布するニホンウナギは、はるばるマリアナ諸島西方の1つの産卵場に集まって卵を生みます(なんと日本から2000キロ!)。生まれた子どもたちが、河川や沿岸に戻ってきて、成長していくのです。

    この戻ってきた稚魚(シラスウナギ)を捕らえ、養殖場に運んで大きく育てるのが「養殖ウナギ」。卵から育てているわけでない以上、天然の資源を消費しているという意味では同じです。「養殖なら天然資源に影響はない?」ということはないわけですね。

    絶滅危機なのに、スーパーで簡単に買えるのはなぜ?

    「絶滅しそうなのに、なんでスーパーで普通に蒲焼きが売ってるの?」という疑問にもこの本は答えてくれました。

    ニホンウナギが減少しているということは、ウナギの子どもが自然に増えていく再生産速度よりも、人間が食べる消費速度の方が速くなっているということ。

    これを逆転し、ウナギを増やしていくためには、(1)食べる量を減らすこと、(2)ウナギが育ちやすい環境を作ることの両方が求められます。

    このうち1点目、社会全体で食べる量を減らしていくためには「ここまでなら食べてもいい」という適切な消費上限を設定する必要があります。そして、日本を含む東アジア4カ国では、養殖に使ってよいシラスウナギの上限量が制限されています。

    ……あれ、じゃあこのルールに従っていれば問題ないってこと? 今養殖されているのは大丈夫な範囲内なんじゃない?

    ところが、話はそう単純ではありません。

    この上限は4カ国全体で78.8トンと定められているのですが、実績を見ると、2015年は37.8トン、2016年は40.8トンと半分ほどにとどまっているのです。

    せっかく上限があるのになぜでしょう? もっと捕っていいはずでは?

    理由は、現在の状況では78.8トンのシラスウナギを捕ることがそもそも不可能だから。実態にそぐわない過剰な上限が設定され、実質“捕り放題”になっている、と本書は指摘します。

    スーパーに並ぶ蒲焼きたちは、確かに一定のルールの元に生産され、流通している。ただ、そのルール自体が「ウナギ資源を守っていく」点で見ると適切なラインではなく再設定が必要……ということです。

    海部先生は、以下のように提言しています。

    消費速度を制限するためには、適切な消費量の上限を設定することが重要です。「安いウナギを食べてはいけないのか?」という、ウナギの値段の問題に関しても同じことが言えますが、適切な消費量の上限が設定されていれば、値段や食べる時期など、食べ方は個々人がそれぞれの価値観に基づいて決めるべきことです。

    土用の丑の日にウナギを食べること、それ自体は問題ではありません。むしろ、日本に独特なこの風習は、興味深い文化の1つであると筆者は考えています。消費に関する最大の問題は、適切な消費量の上限が設定されていないことにあります。現在必要とされていることは、早急に適切な消費量の上限を設定し、誰もが後ろめたさを感じることなくウナギを消費できる状況を作り出すことです。

    消費者にできることってあるの?

    うーんなるほど、だんだんわかってきました。しかし、漁獲量の設定の話になると、いち消費者ができることは何もないような気もします……。

    とはいえ、とりあえず目の前にあるからって能天気に楽しくおいしく食べて、結果10年後、20年後に食べられなくなるのは嫌だ!

    最後の「消費者にできること」という章では、私たちがウナギ資源を持続的に利用していくためにどんな態度でいるべきか、ウナギ業者や政治の場にどんなメッセージを伝えていくべきかをまとめています。

    食べたいけどなんだか後ろめたい、どんなアクションを取ればいいか迷っているウナギ好きの皆さんにはきっと参考になるはずです。

    特に興味深かったのは「どんなウナギを選べばいいですか?」という質問への回答でした。

    ウナギ資源を持続可能にすべく努力をしている企業として名前が上がっているひとつが、大手小売業者「イオン」です。……正直、結構意外じゃないですか?

    同社が6月18日に発表した「ウナギ取り扱い方針」を「画期的」と評価し、その内容と意義を説明しています(海部先生のブログにも掲載されています)。

    この方針には、2つの画期的な要素があります。1つは、ニホンウナギのトレーサビリティの重要性について、大手小売業者が初めて公に言及したこと、もう1つは、世界に先駆けて、ウナギの持続的利用のモデルを開発しようとしていることです。

    違法ウナギが約7割!?

    この他、「国内で養殖されているウナギの半分から7割程度が違法に流通したシラスウナギから育てられている」という箇所も驚きました。そ、そんなにたくさん……!

    さまざまな社会的背景から、密漁・密売・密輸が横行するウナギビジネスの世界。しかも、「安いから密漁された可能性が高いとか、高級店だから違法行為が関わっているウナギが少ない、ということはありません」と衝撃の結論が述べられています。

    「ウナギと違法行為」については、1章を費やして詳しく解説されていますので、もっと知りたい方は本書でどうぞ!

    全編通して、研究者としての著者の静かな怒りが伝わってくるのですが、特に「あとがき」が、しびれます。

    「研究者の独立性」という点について、ウナギ研究者の一部には課題があります。それは、ウナギ業界との、あまりに密接な関係です。

    ときには直接的に、または間接的に、産業界の方や行政の方から「これ以上ウナギ業界に不利な内容を話さないように」と介入されたこともありました。研究者の方から「学会への出入りを禁止する」と宣告されたこともあります。

    しかし、自分が書き、話している内容は、現在私が知るところの最善の科学的知見に基づいて、ウナギの保全と持続的利用を実現するために必要と信じている事柄です。その内容を、関係者に憚って曲げることなく、率直に公開することが、大学に雇用されている研究者としての責任だと考えています。

    「結局、ウナギは食べていいのか」。決して簡単に白黒つけられるわけではないその答えを、自分で考えていくための一助になる本でした。

    いろいろ状況は厳しいのかもしれないけど、いつまでもウナギをおいしく食べていける未来を諦めたくない……!

    そんなあなたは、土用の丑の日に蒲焼きやうな重と一緒に、この本もぜひ手にとってみてください。試し読みはこちら