今年の中学受験で、「ひろゆきに論破されないために反論する」問題が出題された…?
長年中学受験の傾向を追っている専門家は「近年メディアで重宝される『論客』への皮肉が込められているのでは」と分析しています。
「論客への反論」が設問になったのは、2023年度の慶應義塾大学湘南藤沢中等部の国語の入試問題です。
あなたの目の前に次の意見を述べる人が現れたとして、あとの問いに答えなさい。
「甘いモノって、誘惑は強い割にだいたい体に悪いじゃないですか。肥満とか生活習慣病にも繋がるし。だから、国なり県なりで税金をかけて、値段を上げていけば自然と国民・県民の健康が増進されるって思うんですよ。子供の身体の生育に必要な部分もあるでしょうから、料理に使う砂糖とかは例外として、生活習慣病の人の食生活をある程度追い駆けてみて、どう見てもいけないなぁと思うような品目だけでいいんですよ。課税しましょう。」
問 あなたはこの人と対話をしています。この人の意見に160文字以内で反論しなさい。
この問題にはどんな意図が込められているのでしょうか?
2月22日に開催される「中学受験セミナー」で、新たな入試問題の傾向の例としてこの問題を紹介予定だという、中学受験専門塾「スタジオキャンパス」の矢野耕平さんに聞きました。
「どう考えてもひろゆきさんを意識している」
――長年中学受験の動向を見ている矢野さんには、この問題はどう見えましたか?
今の時代や社会情勢を反映した新鮮な切り口ですよね。“論客”に反論することを前提に記述させるのも面白いと思いました。
――どんな出題意図があると考えられますか?
まず、どう考えても、この語り口はひろゆきさんを意識していますよね。
ひろゆきさんや成田悠輔さん、古くは橋下徹さんなど、メディアが重宝するコメンテーターや識者は「歯切れのいいことを言って注目を集める」スタイルが多いです。
一聴すると論理的ですし、その場の勢いで納得しそうになるのですが、よくよく考えると瑕疵はあるし、論点をずらしていたり、意図的に着目していない部分があったりします。
そういう時にすぐに納得せず立ち止まって考えてほしい、簡単に「論破」されないでほしい、ということですよね。
情報があふれた時代の中で「歯切れがいいからと言って、正しいとは限らない」「すぐに鵜呑みにせず、いろいろな面から試行錯誤して考えよう」「正しいメディアリテラシーを身に着けてほしい」という意図を感じます。
一見正しく聞こえるけれど…
――「なんか変、だけど、いざ反論するとしたらどこだろうか」と私も読みながら考えてしまいました。
目の前で流暢に喋られたら「まあそういう意見もあるかもね」でその場は流してしまうかも、と大人でも感じますよね。
話題になっているAIチャットサービス「ChatGPT」をはじめ、AIの進化が著しい今、「人間の人間らしい部分はどこか」と思うと、言い切るのではなく、さまざまな文脈や行間を踏まえて試行錯誤する能力はとても大事になっていくと思います。
今回の設問で言うと、確かに甘いものが健康を害する可能性はあるけれど、だからと言って社会にとっては不要なものである、と断じるのは「文化の否定」ですよね。
「生きるのに役立つものだけあればよい」「必要ないものは削ればいい」という考え方は一見正しく聞こえますが、優生主義にもつながりやすく、注意が必要です。
これからの時代を生きていく受験生に、「君たちはそれでいいんですか?どう考えますか?」と警鐘を鳴らしているようで、いい問題だなと思いました。
矢野耕平(やの こうへい)
学習塾スタジオキャンパス(自由が丘校、三田校)代表。国語専科博耕房(自由が丘)代表。大手塾での勤務を経て独立。独自教材を使い、子供のタイプに合ったサポートを行っている。
『令和の中学受験』『令和の中学受験2』(ともに講談社)、『女子御三家 桜蔭・女子学院・雙葉の秘密』(文春新書)などの著書があり、各メディアでコラムを執筆している。