「今晩から僕たちは、夜通しでここを占拠する。テントや、必要なあらゆるものを持ってきて。僕たちが、広場を埋め尽くすんだ」
数十万人が彼の言葉に聞き入り、彼とともに歩んだ。
影響力を増す中国に反旗を翻し、民主主義と公平な選挙を求めて香港中心部を占拠した2014年の大規模デモ。指導者の一人だったのが、当時17歳のジョシュア・ウォン(黄之鋒)だ。
BuzzFeed Newsは、来日した彼にインタビューした。なぜ、政治活動に身を投じたのか。そして、18歳への投票権引き下げで、選挙に参加できるようになった日本の同世代へのメッセージを聞いた。
アニメ好きの「偉大なリーダー」
滞在していた新宿のホテルのロビーに現れたジョシュアは、手を合わせて「すみません」とはにかんだ。取材は9時からの予定だったが、彼は30分遅れてきた。
慌てていたのか、無頓着なのか、髪はボサボサ。こちらが質問を始める直前まで、スマートフォンでSNSでの情報発信に没頭し、こう言った。
「インタビューが終わったら、すぐに秋葉原に行って、ガンダムのフィギュアを買いに行くんだ。あまり時間がないんだよね」
日本のアニメが好きなのだという。スマホから目を離さずそう言って照れ笑いを浮かべる姿は、世界中どこにでもいる若者のそれだ。小柄で痩せている。黙っていると、気弱にも見える。
しかし、彼は同世代の政治活動家の中で世界で最も有名な一人と言える。2015年にはFortune Magazine「世界の偉大なリーダー50人」の10位に選出されている。
キリスト教徒だった両親の影響で、13歳から社会運動に参加。14歳で90年代生まれが中心の学生組織「学民思潮」を創立した。2011年には、香港政府が導入しようとした中国への愛国教育に対し、「洗脳」だと反対デモをして撤回させた。
彼の存在が世界的に知られたのが、2014年9月の大規模デモだ。
中国の一部でありながら、高度な自治が認められている香港では、2017年から香港のトップである行政長官を選ぶ1人1票の普通選挙が実施されることになった。
ところが中国は「長官候補は指名委員会の過半数の支持が必要で、候補者数は2〜3人に限る」という規制の導入を決めた。
ジョシュアが率いる学民思潮などは、指名委員会の多数は親中派で、中国の意に沿わない人間を排除することになると反発。大学の授業ボイコットから始まり、記事冒頭で描いた都市中心部の占拠に至った。
占拠は79日間に及んだ。この間、民主主義と普通選挙を求めるジョシュアの声を、世界中のメディアが報じた。治安当局からの催涙ガスを防ぐため、デモ参加者が傘を盾にしたことから「雨傘運動」などと呼ばれた。
ジョシュア自身や、その仲間は誇りを持ってこう呼ぶ。「雨傘革命」と。
デモ参加者は最終的に治安当局によって排除され、多数の逮捕者も出した。「革命」は失敗だったとの批判もあるが、世界からの注目を集め、香港の人々の政治意識を高めた。
民主的な投票をしたいのにできず、強大な中国政府に反旗を翻した香港の少年は、投票が自由にできるのにしない日本の同世代に対して、何を思うのか。
「自分の将来を他人に支配されたくない」
ーー雨傘革命から約2年が経ちます。振り返ってみてどうでしたか。
「民主的な選挙のために闘ってきました。自分の将来を他人に支配されたくなかったからです。我々のような次世代で未来を決めていきたいと思ったからです」
ーーデモをすることは怖くなかったですか。家族の反対は。
「少し怖かったし、緊張もしました。でも、僕がやっていることには意味がある、価値があると思っています。メディアや反対する人々から圧力かけられても、自分が信じることのために闘い続けています。家族は支持してくれました」
ーー忘れられない出来事は。
「雨傘革命が始まったのは17歳の時です。革命の間に18歳を迎えました。一緒に闘っていた活動家たちが道で『ハッピーバースデー』を歌ってくれた日は忘れられません。本当に特別な誕生日でした」
「若さは手段にすぎない」
ーー若いから注目されたと思いますか。たとえおじさんだったとしても、相手にされたでしょうか。
「若いから注目されやすいというのはあります。だけど注目を浴びたって、人々から100%支持されるわけではありません。若さは、単に僕が関心あることに気づいてもらうための手段にすぎません」
「学生は大人より革新的だから、勢いを生み出しやすい。学生には学生なりの役割があって、それは政治家や専門家よりも最前線に立つことだと思います」
ーー香港以外の場所で生まれていても、社会運動に参加したと思いますか。
「自分の権利のために闘ったと思います。でも、最前線に立つかな。わからない。社会の雰囲気によると思います。香港で2012年に社会運動に参加し始めたのも、中国共産党の賞賛を強制する『国民教育』に抗議するためでした」
壁の中の香港を襲う「巨人」
政治を語るジョシュアの視線は鋭い。表情が緩んだのは、アニメやマンガについて話す時だった。
ーー日本のアニメが好きなんですね。
「雨傘革命の時も、日本のアニメやマンガは話題になりました。例えば、『デジモン』に出てくる『選ばれし子供達』というフレーズがシュプレヒコールとして使われていました。僕たち若者は、選ばれた子だと。あとは、『進撃の巨人』がデモに登場しましたよ」
『進撃の巨人』は、囲まれた城壁の中に暮らす人類が、壁外から襲いかかってくる「巨人」と戦う話だ。若者たちは、この物語と自分たちが置かれている状況に共通点があると感じたという。雨傘革命では、壁の中の香港人と民主社会を襲う「巨人」と中国政府を重ね合わせ、「巨人」のオブジェが道中に置かれた。
「誰も投票しなければ、何も変わらない」
ーー日本の社会の雰囲気をどう感じていますか。
「保守的だと感じます。みんな政治にはあまり興味がないし、物事すべてがうまくいっているかのようなふりをしている。マナーは良いし、協調性があるけれど……、活気があまりないように見えます」
ーー政治的な面では、日本では投票率が低いです。
「選挙で投票するにはお金はかかりません。不必要で意味がないと思うかもしれないけど、投票所に行って投票するだけであって、かなり簡単で便利。なんでみんな投票しないんですか?」
ーー投票しても何も変わらない、と悲観的な人や関心が低い人もいます。
「投票することに意味がないと全員信じ込んでしまったら、誰も投票しなくなり、結局何も変わらないままです」
「あらゆる政治思想を持っていてもいいけれど、やはり政治に関わらなければ無意味だと思います。サイレント・マジョリティ(もの言わぬ多数派)は政治に関心を持つ必要がないと信じているかもしれないけれど、自分自身が政治に関心を持たなくなったら、他人に意見を任せることになります。必要なのは投票するたったの4、5分ですよ」
ーー日本では投票年齢が18歳に引き下げられました。何か変わると思いますか。
「1票だけだと、もちろん役に立たない。けれど、100票、1000票になればものすごく意味があります。もし、100人、1000人もの若者が新たに投票できるようになるんだったら、勢いが変わると思います」
「日常生活や将来に関わるのが、政治」
ーー若い人に投票にしてもらうには、何が必要だと思いますか。
「投票に興味を持てない理由の一つは、どの政党も若い世代の声を代表していないからです。彼らの意見を代表する候補者を用意できないなら、学生たちは投票しないに決まっている。ただ単に若い世代にもっと投票してもらうよう待つのではなく、若者が出馬するべきです」
ーー政治がつまらない、と感じる人もいます。
「政治は日常的なもの。宣伝や促進をすることで、政治は日常とそんなにかけ離れていないとわかるはずです」
「政治って、教科書に印刷されたことが全てではありません。社会問題を選挙や投票に関連付けられなかったら、誰一人も政治について学ぼうと思わなくなる。教師は日常で起きている社会問題を無視しないで指導してほしい」
ーー最後に、日本の同世代にメッセージを。
「日常生活や将来に関わるのが、政治。もっと関心を持ってほしい」
今も、恋人と携帯で話していて、突然電話が切れることがあるという。盗聴されているのではないかと不安になる。それでも、自分が取った行動に後悔はない。
「自分が信じていることをやるべきです。民主主義の一員として、責任を果たし続けましょう」