スイスから平昌オリンピックに「チャリで来た」ことで一躍有名になった夫婦が、現在、日本を旅している。
平昌オリンピックでスキーエリアルのスイス代表として出場した息子のミーシャ・ガッサーさんを応援しに、自転車で韓国までこいで来たグイド・フビラーさん(55)とリタ・ルッティマンさん(57)。
BuzzFeed Newsは来日中の夫婦にインタビューした。東京・原宿のカフェで挨拶をしたすぐ後に、グイドさんは「ちょっと、ちょっと」と頭を抱えながらこう言った。
「日本はなんでこんなにネットに繋がりにくいの?頭がクレイジーになりそう」
グイドさんとリタさんが日本に来るのは初めてだ。韓国で息子に無事会ったことだし、気楽に旅しているだろうと思っていたが、日本を訪れる誰もが直面する問題に悩んでいるよう。
グイドさんとリタさんのこれまでの旅について聞いた。
——オリンピックに出る息子を応援しにスイスから自転車で行くなんて、次元が違うと驚きました。しかも1年以上もかけて。
グイドさん(以下、グイド):2016年の頃、ノーススケープに自転車で旅していた時に「あ、そうだ、息子が韓国のオリンピックに出場したいと言っていたんだった」と思い出して。
あまり寒いところには行きたくなかったので躊躇したけど、ずっと中国の北京に行くのが夢だったこともあり、結局韓国にも行くことにしました。
——スイスを2017年2月に出発しましたが、息子のミーシャさんは平昌に行くことをあらかじめ知っていたんですか?
グイド:実は、韓国でオリンピックの試合を観に行くと伝えたのは、選手発表の3週間前で。まだオリンピック選手に選ばれていなかったんです。
なので、ミーシャは、「絶対に行かなくちゃ!」と気合いを入れていたと思います。
スイスから日本まで、これまでの旅路。陸続きはしているが、通過できない場所がいくつかあり、列車や飛行機、フェリーを使うこともあった。
——1年以上と長い旅でしたが、途中でオリンピックに間に合うかどうか、不安になりませんでしたか?
グイド:時間は十分ありました。中国ですんなりと入国できていたら、1月には韓国についていたと思います。でも、入国を拒否されたので、バンコクに飛行機で行って、そこから韓国に向かいました。(※注:パミール高原を通り抜けて中国の国境に着いたとき、グイドさんのあごヒゲが原因で入国許可が下りなかった)
2、3日前にたどり着くようにしたんですけど、できるだけ長く暖かい場所にいたかったのが理由です(笑)。
リタさん(以下、リタ):ソウルから平昌に向かっている間、山で野宿を2泊しました。マイナス20度の寒さで、夜中の3時に震えて目が覚めてしまうぐらい。
でも間に合ったので、嬉しかったです。とても良い経験でした。
——ミーシャさんの試合をやっと見ることができたとき、どうでしたか。
グイド:あの時感じたのは……静かな幸せでした。「やった!息子と一緒にいられるんだ!」みたいではなくて。はしゃいだり興奮したりするわけでもなく、静かな喜びだったんです。
ミーシャの一番の目標は、決勝に勝ち進むことだったので、それを達成した時には、ものすごく嬉しかったです。
リタ:グイドは、常に後ろから支えるような父親だと思っています。影響を与えすぎず、周囲の人を石や木のように静かに支える人なんです。
——それにしても、自転車で1年ほど旅に出るとき、周りの人にびっくりされたでしょう。
グイド:いいえ。実は、あと5、6年ほど旅を続けますよ。
3月26日にスイスに飛行機で戻ってから、6週間ビザ申請など準備をしてまた旅を始める。5月頃、日本を旅する予定だ。
——え、まだ旅は続くんですか!
グイド:まだ終わりませんよ。息子が、平昌オリンピックの取材で「父はクレイジー」と言っていたくらい、家族にとって珍しいことではないんです。普通のこと。
元々は、北京に行くことが夢だったんですけど、リタに伝えたら、「オッケー!でも、あともう少し先も行ってみない?」と言われて(笑)。
——リタさんも、聞いた時にはびっくりしなかったと。
リタ:しませんでした。出会った時に、クレイジーなことをするのが好きな人だと知っていたので。
サイクリングが好きなことも知っていたので、ずっと2人で人生に一度一緒にサイクリングをしたい、と考えていました。
——旅を始める前も、2人は「クレイジー」な仕事とかをしていたのでしょうか。
リタ:病院で看護婦をやったり、看護専門学校で教えたりしていました。人々が専門職に就けるように、コーチすることもありました。
グイド:建築家をやっていました。最近まで、不動産のプロジェクトマネージャーとして、家やマンションの建築に携わっていたけど、ストレスがものすごく溜まる仕事で。お金のことばかり。
この仕事をやっていても、幸せじゃなく。自分のハートが泣き始めたんです。
変わらなきゃいけないと思って、ハートに太陽を浴びさせたくて始めたのがサイクリングの旅なんです。
リタ:でも、ずっと太陽ばかりじゃなくて……時々、ケンカしたよね?(笑)
——四六時中、ずっと一緒ですもんね。
グイド:もう…(ため息)毎回。
リタ:疲れている時は特に揉めました。4日間ほど続けてサイクリングをしていた時とか。でも、「人生はケンカする暇もないくらい短いんだから、忘れよう。大したことじゃないし」とお互いに言い合って、数分後にはケンカをやめるようにはしていました。
グイド:ケンカしていたのも、私がすごくせっかちだったからなんです。自分がやりたい、と思い立ったらすぐに行動に移せないと気がすまない。人にもすぐ何かするのを求めてしまって。せっかちさは世界一だと思いますよ。金メダルを取れるかも。
リタ:アハハハ。
グイド:毎日ずっと一緒に暮らすとは、こういうことなんですよ。好きなことも、嫌なことも受け入れなきゃいけないってこと。
——世界中で話題になってから、注目される機会が増えたと思いますが、今でも声かけられることはありますか?
グイド:いろんな人からすごい、と言われていたのは知っていても、韓国にたどり着いたときはびっくりしました。
リタ:マスコミの人たちがたくさん待ってくれていたとは思っていませんでした。スイスのテレビ局がインタビューをしたい、とミーシャからは聞いていたのですが、着いたとき、人が大勢集まっていて。
グイド:有名人を待ち構えていたのかと思っていたら、まさかの自分たちだったんです。
リタ:それ以来、毎日のように声かけられます。韓国からフェリーで福岡にたどり着いたときも、ある女性に「グイドさんですか?」と聞かれました。
グイド:でも、この旅で大事にしているのは、見たり体験したりしたことや感じたことです。
よく「すごい」なんて言われるのですが、一番すごいのは、子どもや家族がお金や食べ物で困らないように働いている人たちだと思います。次の日がどうなるのかわからないけど、毎日働きに出て夜に戻ってくる人たち。
私たちは、ただ、自転車に乗っているだけ。幸運なことに、お金に余裕があって、旅がうまくいかなくてもいつでもスイスに飛行機で戻ることができる。
どんな状況でも、自分がやっていることで幸せになるのが一番だとこの旅で学びました。
リタ:どの生活が良い悪い、というわけではないのですが、みなさんが心や熱意を込めて仕事をしているように、私たちもサイクリングをしているんです。
——お金に余裕があるからこんな旅できるんでしょう、と思う人もいます。
グイド:私たちよりも、数十万円と少ない予算で旅する若者をたくさん知っています。
逆に、食事や安全を重視する人たちは私たちよりも多くの予算を使って旅しています。何を犠牲にするかが問題。私たちの場合は、家を売りました。なので、家があるという安心感はもう無く、ただ走り続けているだけなんです。
——待ってください、家を売ったんですか?
グイド:そうですよ。それくらい、私たちにとってこの旅には価値があるんです。
リタ:大事なのは、物質的なものではなく精神的な豊かさ。人生いつ何が起きるのかわからないですし。
グイド:2人が横になって寝ることができるスペースが見つけられたら、それで十分。旅の途中で親切な人にも出会えたら、さらに最高だよ。
——北京に行くのが大きな夢だと言っていましたが、4年後の冬季オリンピックが開催されるのも、北京ですよね。
グイド:目的地ではありますね(笑)。
——ミーシャさんは、またグイドさんとリタさんが来るのを期待していると思いますか?
グイド:オリンピックに行こうとしているかどうかは伝えていないです。というのも、ミーシャが行くことになったら、私たちが自転車で漕いで応援しに行くと心の中ではわかっていると思うしね。
——最後に、どうしてもグイドさんとリタさんにお願いしたいことがあります。日本では、自転車で出かけたら、記念にプリクラを撮って祝うんです。
——スイスからチャリで日本に来たグイドさんとリタさんも、ぜひ記念に一枚撮りませんか?
グイド:プリクラが何かわからないけど、「チャリで来た」と言って写真を撮ればいいんですね。クレイジーなことなら、やってみよう。
リタ:やったことがないことを試してみるのが旅の醍醐味ですしね(笑)。