Posted on 2016年5月27日

    原爆から71年後の鎮魂 アメリカ大統領は広島とどう向き合ったか

    硬い表情の大統領が笑顔になった瞬間

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    POOL New / Reuters

    広島を青空が覆った。71年前のあの日と同じように。2016年5月27日、現職のアメリカ大統領が初めて被爆地・広島を訪問した。

    2日間の伊勢志摩サミットを終えたオバマ大統領は、専用機で山口県の岩国基地経由に向かい、そこからヘリ、さらに大統領専用車に乗り換え、午後5時24分、広島市中心部の平和記念公園に到着した。

    爆心地に近いこの場所は71年前、完全な荒野と化した。

    米軍 / 広島平和記念資料館

    被爆後の原爆ドーム周辺

    史上初めて、人類が生きながら核の火に焼かれた。広島市の推計では、1945年末までに、約14万人が死亡した。

    その後も、放射線による白血病など「原爆症」に苦しむ人は絶えず、平和記念公園の慰霊碑に納められる「原爆死没者名簿」の記載数は毎年増え、現在は29万7684人となっている。

    会場には、被爆者たちもいた。年々高齢化が進み、平均年齢は80歳を超えている。招かれた日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の代表委員・坪井直さんは91歳、歴史家の森重昭さんは79歳だ。

    20歳の時に爆心地から1.5キロの地点で被爆し、大やけどを負いながら生き延びた坪井さんは、緊張で顔がこわばっているように見える。くちびるをなめ、肩を揺らす。

    Johannes Eisele / AFP / Getty Images

    オバマ大統領は、安倍首相と並んでアーチ型の慰霊碑の前に立った。碑には、こう記されている。「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」

    オバマ大統領はその碑に花を手向け、黙とうをささげた。10秒が経ち、目を開けてからも、少し俯いたままで後ろに下がった。

    献花台の奥には慰霊碑、その奥には原爆の悲惨さの象徴である原爆ドームが見えたはずだ。しかし、硬い表情のままのオバマ大統領からは、心の動きは読み取れない。

    Atsushi Tomura / Getty Images

    次に、安倍首相。献花の後、慰霊碑に静かに頭を垂れた。そして、向き合って握手をすると、振り返って列席者のそばに設けられた演台に向かった。

    先にスピーチを始めたのは、オバマ大統領だった。

    慰霊碑と「平和の灯」、原爆ドームを背に、朗々とした声が響く。同時通訳のイヤホンをつけた列席者たちは、静かに聞き入る。原爆を落とした国の大統領の言葉。被爆者たちが71年間、待ち望んだ瞬間だ。

    Carlos Barria / Reuters

    「71年前。雲のない晴れた朝。空から死が降ってきて、世界は変わりました。閃光が広がり、炎の壁がこのまちを破壊しました。人類が自分自身を破壊する手段を手にいれたことを示したのです」

    オバマ大統領はまず、原爆の被害について語った。そして、原爆だけでなく、すべての戦争の悲惨さを指摘し、過去を見つめることの重要性を説いた。

    「だからこそ私たちはここに来たのです。私たちはここに立ち、この都市の真ん中に立ち、原爆が落とされたときに思いを馳せます。目の前の光景に困惑した子どもたちの苦しみを感じます。そして、声なき叫び声に、耳を傾けます。この惨い戦争、それ以前の戦争、その後の戦争によって殺されたすべての罪のない人たちを思い起こします」

    そして、自らが唱えた「核兵器なき世界」を目指す理念を改めて強調し、広島と長崎がその象徴的な場所となる未来を示して演説を締めくくった。

    「世界はこの場所で一変しました。しかし今日、この都市の子どもたちは平和な日々を生きています。なんと貴重なことでしょうか。このことは守る価値があり、すべての子どもたちに広げていく価値があります。これは私たちが選べる未来です。広島と長崎が核戦争の夜明けではなく、私たちの道義的な目覚めの始まりだったととして記憶される未来なのです」

    原爆から71年後の鎮魂の言葉は17分間。一瞬の静寂の後、会場から拍手が起こった。

    Johannes Eisele / AFP / Getty Images

    演説は、原爆による死者だけでなく、第2次世界大戦のすべての死者を悼み、ともに平和を誓うものだった。終始、表情は硬いまま。

    献花の前には15分間の資料館への訪問があったが、そこは取材をシャットアウトした。NHKによると、「展示物を見る大統領の表情が切り取られると、原爆投下は正しいと思っている退役軍人らに誤ったメッセージが伝わることを懸念」したという。

    言葉や表情の端々まで、注意を払っている様子が見て取れる。

    そんなオバマ大統領が、唯一笑顔を浮かべた瞬間があった。式典を終え、坪井さんに歩み寄り、握手をした時のことだ。

    Johannes Eisele / AFP / Getty Images

    坪井さんはオバマ大統領とがっちり握手したまま、何か話し始めた。通訳がその言葉を大統領に伝える。足腰が弱って杖をついているが、この時は背筋を伸ばし、長身のオバマ大統領としっかりと向き合った。

    71年分の思いがこもり、だんだん身振りが大きくなる。2人の会話は1分40秒に及び、オバマ大統領は何度も白い歯を見せた。傍らの安倍首相も笑顔を浮かべた。

    続いて坪井さんの隣にいた森さんと握手。感極まった表情の森さんを抱きしめた。

    Jim Watson / AFP / Getty Images

    資料館に入り、公園を去るまで1時間15分。アメリカ大統領による、71年後の鎮魂の旅は終わった。

    BuzzFeed Newsは、坪井さんに話を聞いた。オバマ大統領が笑った時、坪井さんは何を話していたのだろう。満面の笑みを浮かべて教えてくれた。

    「原爆はアメリカだけじゃなく、人類の過ち。未来に向かって頑張りましょう。プラハ演説でノーベル平和賞を取ったんだから、遊んどったらダメですよと伝えました」

    「オバマさんは優しい人、笑顔を浮かべてしっかりと聞いてくれました。『人類の平和について語ったオバマさんの演説を聞いて、ワクワクして生き返りました』と言うと、喜んで笑ってくれましたよ」

    坪井さんがオバマ大統領に求めたものは、謝罪ではなく、ともに平和な未来を築くことだった。その言葉が、終始硬い表情を浮かべていた大統領の笑顔を生んだ。

    Daisuke Furuta / BuzzFeed

    式典を終え、広島を離れるオバマ大統領。その車列を見送ろうと待っていた多くの人たちから、声が上がった。原爆投下への抗議ではなく、感謝の言葉だった。

    「広島に来てくれて、ありがとう」

    BuzzFeed Daily

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