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電通が出資したMERYの哲学と戦略 ユーザー激減でも成長する「規模より深さ」の理由

MERY復活の背景から見えるインターネットの変化。

MERYが電通からの出資を受け、成長を加速させている。3年前の休止からの復活は、昔のMERYが蘇ったというだけでなく、この3年間のインターネットの「規模から深さへ」という変化を象徴してる。

2016年、著作権や記事の正確性などが問題視され、活動を休止したMERY。1年後に活動を再開した際にはニュースになったものの、それ以降はメディア業界でも大きな話題になることはなかった。

しかし、その間にもMERYは順調に成長し、電通も将来性を感じて出資を決めた。

だが、単純な数字だけで見ると、現在のMERYは休止前の旧MERY時代に遠く及ばない。月間の利用者数は2000万人だったのが、現在は440万人。4分の1以下だ。

なぜ、規模が小さくなってしまったMERYに電通は出資するのか。そこには単純な数字だけでは測れないネットの変化がある。

世界的な「規模から深さへ」の変化だ。

あの問題以後、ほとんど語られなかったMERYの変わらない哲学と変わった戦略について、取締役・コンテンツ本部長の藤田欣司さん(小学館から出向)と取締役・経営戦略本部長の砥綿義幸さん(DeNAから出向)に聞いた。

「規模から深さ」へ、熱量のビジネス

「昨年、MERYが開いたイベントに2000人のユーザーに参加していただいた。そこに来たMERYファンの熱量を電通の方にも見てもらいました。そこに新しいビジネス展開の可能性を感じてもらえたんだと思います」(砥綿氏)

熱量とは、ファンがどれだけMERYを愛しているか、深く刺さっているか、だ。PV(ページビュー)やUU(ユーザー数)と比べると数字で表現しづらい。

ただ、PVとUUだけでなく、一人のユーザーがどれだけたくさんMERYを読んでくれたかを調べる数値と比較してみると、こうなる。

新旧MERYのPVとUUの比較

PVをUUでわって一人あたりのPVを計算する

ネットで偶然見かけて興味本位でクリックして、どこのコンテンツかわからない記事を読むのと、「MERYの記事が読みたい」という思いを持って、何度もサービスを利用してくれる人では、熱量は異なる。

熱量が高ければ、そこからコミュニティが生まれたり、MERYで紹介された商品を買ったりする可能性は一気に高くなる。

日本の人口を年齢分布で考えると、20代の女性は約600万人。その前後の世代を含めても1000万人いない。現在の利用者数440万人は、そのかなりの部分をカバーしている。以前のMERYはターゲット層を超え、規模が大きすぎたとも言える。

2016年ごろは世界的にも、ソーシャルメディアを通じてユーザー数を急成長させるメディアのモデルに注目が集まっていた。BuzzFeedもその一つだ。

だが、規模が大きくても、即収入に繋がるとは限らない。想定するターゲットに深く刺さることでビジネスに繋げる。これが規模から深さへの変化だ。

ネット広告市場の変化と収入の多様化

「広告やEコマースのようなビジネスの広がりを考えたときに一社でやれることはほとんどない。電通さんのチャネルが強みになると思います」(砥綿氏)

広告だけでなく、Eコマースに触れるのはネット広告市場の変化があるからだ。砥綿氏がMERYにジョインしたのは2016年9月。当時は「タイアップ広告がめちゃくちゃ売れていた」と振り返る。

インターネット広告には様々な種類があるが、大きく分けて2つ、運用型とスポンサードという分野がある。

運用型とは、ネットでよく目にするバナー広告や検索連動型、動画のプリロールなどだ。スポンサードはタイアップやネイティブ広告などとも呼ばれ、通常の記事や動画の形式を取りつつ、スポンサー企業を広告するものだ。

ちなみに後者は必ずスポンサー企業の名前を入れて広告であることを明示している。明示していないのがいわゆる「ステルスマーケティング(ステマ)」だ。

2016年ごろには、このスポンサード広告への期待が高かった。しかし、その後は世界的にも運用型が広告市場の成長のメインとなった。運用型はどれだけ広告が見られたか、効果の測定や管理がその他の広告より簡単なことが理由の一つだ。

さらに、インターネット広告市場全体を見てもGoogleやFacebookなどの巨大プラットフォームに売上が集中する構図が明らかになってきた。

その中で、BuzzFeedを含む各メディアは収入源の多様化を目指した。それが、「深さ」が鍵となるEコマースやコミュニティなどのサービスだ。

従来の広告を超え、「MERYにできることを」

「深さ」があるからこそ、広告の面でも変化がある。

運用型だけでは響かない層に対して、タイアップ企画への需要も根強い。中でも、単純なタイアップではなく、より根本的なところから企画に関わることが増えたという。

「僕たちはベースが200万円のタイアップですが、『300万〜400万円の予算があるからMERYにできることを提案して欲しい』というソリューション型の案件が増えています。タイアップにSNSとかイベントとかを絡めるような。それらをいろんなチャネルで届けようと」(砥綿氏)

例えば、まつげ美容液の広告を書くだけでなく、ノベルティの企画も担当し、MERYで人気のイラストレーターのイラストとパッケージにして販売したり。店頭のサイネージやSNSで配信したりする。

サンリオ・ピューロランドで友達に鍵を渡してロッカーを開けてもらうと可愛いプレゼントがあると言うサプライズ企画もMERYプロデュースによるものだ。

「MERYのコアユーザーは10代後半から20代前半。その世代の女性に対して、どうコミュニケーションをとるかというクライアントの相談に広告を含めたいろいろなソリューションを提供しています」(砥綿氏)

これまで広告代理店が実施していたようなプランニングにまで、MERYは進出している。誰がそれらの企画を担当しているのか。

砥綿氏は説明する。

「MERYにはブランドスタジオというセールスと編集が一体になった組織があります。編集と営業が一緒に考える。金額が大きい与件にはプランナーという担当もいて、三者でブレストしながら考えていく」

ここにもメディア業界の流れがある。

かつては自分たちで制作する記事が企業の意向で捻じ曲げられないように、編集と広告事業は分離させることがメディアの原則という意見が強かった。

だが、小規模メディアはそういう分離は難しい。境界線が曖昧なところも多かった。スポンサードのコンテンツ(MERYではタイアップと呼ぶ)が増えるにつれ、編集チームのノウハウを活かすためにその境界線をなくすメディアが増えた。

100人の同世代ライター陣と小学館のコラボ

いわゆるニュースや報道の世界とは異なる趣味やファッションに関するメディアなどは特にそうだ。中でもMERYは同世代の感覚が最大限活かされているのが特徴で、その核になっているのが100人規模のライター陣だ。

「10代後半から20代前半。読者と同じ世代で、もともとファンの人たちから選んでいる。面接と課題を通じて、選び抜かれた人たち。自分の好きなものを書きたいという熱量が高い人を採用してます」(砥綿氏)

その多くは学生だという。ここで疑問が浮かぶのは、著作権や記事の信用性が問題視された休止前のMERYと一緒の体制ではないかということだ。

深さを生み出すために必要な要素であり、MERY休止の際に大きく注目されたのが、著作権や信頼性の問題。ここで力になっているのが新生MERY再開の際にDeNAと共同出資した小学館だ。藤田氏が説明する。

「著作権や引用に関してはライターをきちんと教育した上で、書いてきたものを校閲会社、そして小学館から来ているベテラン編集者たちがいわゆるデスクや副編集長の役割でチェックするようにしています。特に医療や薬機、健康情報については法的にも問題になりやすいので厳しくチェックしています」

MERY再スタート時にBuzzFeedが取材した際には「量より質を重視する」と明言し、厳しいチェック体制を設けた。その結果、コンテンツの制作時間が予想以上にかかる上、同世代ライターが書く等身大の良さが消されるという声もあった。

この点について藤田氏は「試行錯誤の中で、何をどこまでチェックすれば信頼性を確保した上で、同世代ライターの良さも活かせるかわかってきた」と話す。

「例えば、主語を『私』で書くときに『ワタシ』と書きたい人も『わたし』と書きたい人もいる。コンテンツの中身によって書き方を変える人もいる。それはライターに任せている。表記の揺れも、一つの記事内では統一させるけれど、あとはその人が書きたいように書いてもらう」

「一方で引用については引用ルールをきちんと守っているかや、差別表現の有無、医療や健康については特に社内の専門家のチェックも受ける。ライターによって書いていい分野と書いてはいけない分野も分けている。そうやって信頼性を確保している」

「それ以外にも、例えば渋谷の駅から徒歩4分のお店があったとして、徒歩4分かどうかは校閲が調べる。その上で『駅から遠い』という主観的な表現があったら、それはお店の人にとってはそれほど遠くもないのに書かれて嫌なことだから削ろうとか、そういうチェックを編集がしている」

当初は研修、記事執筆、許諾、チェックから配信までで最大で2カ月かかることもあり、1日の制作数は20記事ほどだったが、現在では1日70〜80ほど。再開後の累計で3万記事になる。

それでも旧MERY時代の3分の2のペースだが、規模よりも深さを追いかける戦略転換もあり、想定通りだという。

旧MERYが休止される際には、特に著作権に関して強い批判を浴びた。BuzzFeedも当時、記事を書いた。今も厳しい視線が消えたわけではない。効率を追求したかつてのMERYと異なる編集体制には、その教訓が反映されている。

旧MERYから変わらないコンセプト

変化していないものもある。「好きに出会える場所」というコンセプトだ。

「『好き』とはポジティブに心動かすことだと定義して、欲しいものやことに一番出会える場所にしたいと思っています。10〜20代の女の子で、可愛くなって、毎日の生活を豊かにしたいというニーズに答える。それがMERYの提供する価値です」

旧MERY時代からのメンバーの一人でもある砥綿氏は、そう表現する。

「同じ世代の感性で好きを提供しているのが100人のライター。好きを紹介するときに、ユーザーの気持ちに寄り添って、この記事を読んだらどういう気持ちになるかを考えることを絶対のルールにしています」

そこには、10〜20代を中心とした女の子の「好き」を大切にする世界観の統一がある。

「僕たちはいろんなメディアのコンテンツを集めるアグリゲーションサービスやあらゆる情報が集まるGoogleのようなサービスは目指していません。そうしてしまうと、いろんな思想の記事が入ってきて、ユーザーからすると好きに出会える確率が落ちて、熱量が減る」(砥綿氏)

大切にしている数字は「セッション数」と「セッション数あたりのPV数」。前者はつまり、ユーザーが何回MERYを訪問してくれるか、そして後者は1回の訪問で何ページ見てくれるか、だ。

熱量の高い記事が、熱量の高い読者を生み、何度も訪問し、何ページも読んでくれる。では、そういう熱量の高い記事とは具体的にどういうものか。

砥綿氏が例にあげたのは「リードにつくのは嫌だけど、唇に色味もほしい。木管楽器奏者のためのメイクスコア」だ。

「木管楽器奏者ってそんなに多いわけじゃない。でも、木管楽器奏者で同じ悩みを持っていた人は、この記事を見たときにすごく感動したと思うんです。『やばい、MERYがこの悩みに答えてくれた』って。その感動が熱量を生むんです」

この記事の右上に表示している「17000view」という数はウェブメディアとしては、それほど多くない。だが、砥綿氏が語るように、この記事を見たリード楽器奏者は思わず「あるある!」と言ってMERYファンになることだろう。

旧MERYが閉鎖されたとき、BuzzFeedはMERY愛読者を集めて座談会を開いた。彼女たちは「こんなのないよね、が絶対あったんです」とMERYを表現していた。

女の子一人一人の悩みや望みと向き合うコンテンツがある。それが旧MERYから変わらないコンセプトだとも言える。

プロが認める「同世代の目線」

小学館で長年雑誌に関わってきた藤田氏はこう話す。

「MERYの見出しはだいたい2文でできてます。その1文目に、同世代ならではの視線がある。そこにMERYの強さがあると感じます」

例えば、こんな感じだ。

For デートのたびに服を買っちゃう女の子♡着まわし力抜群のデート服アイテムって?」
20代、肌質を高めたいお年頃。美容賢者さんたちの使う“白い”スキンケアアイテム」

センスのいい同世代の友達に、こっそり聞いてみたい等身大の悩みや望みがそこにある。

MERYは再開1周年のときに、ユーザーから祝福のメッセージを募った。そのときに寄せられた言葉にはこんな言葉があった。

いつも少しでも時間ができると、気づいたらMERYを開いちゃっています😊💕夢中になって止まらなくなるくらい、いつの間にか時間が経っていて、楽しい記事や為になる記事ばかりで、すごく楽しいです💕

憧れの先輩に送るようなメッセージ。

そこには、時代を共有している親密さが感じられる。