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「もう人生終わりだと思っていた」うつ病を克服したアラサー女子の告白

「バイリンガルニュース」マミさんにお話を伺いました。

Podcastの人気番組『バイリンガルニュース』。バイリンガルのマミさんと日米ミックスのマイケルさんが、バイリンガル形式で幅広くニュースを紹介する人気ラジオ番組だ。

流暢な英語を操る日本人のマミさんは、コラムニストとしても活躍中。現在はフリーで活動しているが、過去に会社員生活を送りながらうつ病に陥り、数年間の闘病生活を送っていた。

うつ病と向き合いながら、克服するまでの道のりを聞いた。

ブラック企業で激務に追われ、身体が悲鳴をあげていた。

「2社目に入った会社が、いわゆるブラック企業でした」

当時PR業界の会社に勤めていたマミさんは「繁忙期は夜2時まで働いて、翌朝6時には現場入り、寝る間もないほどの激務でした」と語る。

その反動で土曜日は夜から翌朝まではひたすらお酒を飲み、日曜は一日中寝る。お酒でストレスを発散していたつもりだったが、逆効果だった。

休暇中でも常に仕事のメールをチェックし、旅先のプールサイドでも仕事。疲労感が抜けることはなかった。

「片耳が急に聞こえなくなったり、動悸がしたり、夜になると蕁麻疹が出たり、そういう不調は日常茶飯事で、こういうものだとある意味慣れてしまっていました」

その結果、不眠症に陥った。

「忙しさのあまり、帰宅してもアドレナリンが出すぎて眠れないんです。でも若いし別に平気だろうって思って病院には行きませんでした」

ホワイト企業に転職するも、うつ病を発症。

半年後、ドイツ系企業に転職した。

前職よりも職場環境がホワイトだったため、数年間は落ち着いて働くことができた。

仕事もキャリアも順調だった。そんな矢先、ドイツ本社に3ヶ月出向することになった。

本社で働くことに強いプレッシャーを感じ、期待に応えるために必死で働いた。

「緊張感からギリギリのラインをずっと保っていたので、帰国して緊張が解けたら一気にうつ病の症状が出てきました。元々真面目なんですかね、完璧主義だったりとか。力の抜き方が下手で」

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朝起き上がれない。文字が読めない。もう何もできない。

まず、朝起き上がれなくなった。眠くは無いが、起き上がる体力がない。

無理して出社しても、文字が記号のように見えて読めず、気付くと平気で2時間くらいぼーっとしていることもあった。

ある日、健康診断に行って「ガウンに着替えてください」と言われた時、どうしても着替えられず、泣きそうになった。

そこで異変を自覚し、マミさんはやっと病院に行った。

「そこからは一気に悪化して、もう何もできなくなりました。お腹も空かないし、出かけられないし、何もしたくないけど何もしてない状態も苦痛。自己嫌悪に苛まれて、自分に失望するばかりでした。でもそれは理性的に考えた結果じゃなくて、本当に病気でした」

言葉ではうまく説明できないほど、人生で最も辛い時期だったと語る。

このまま仕事を続けたら、確実に同僚やクライアントに迷惑をかけてしまう。

そもそも、それ以前に仕事がまともにできる状態ではない。

マミさんは休職に踏み切った。

「実家に戻ってソファーで暮らしていたんですけど、家から出られないし理由もなくとにかく悲しくてずっと涙が出るし、天井を見つめていたら6時間経っていたり…」

「自分はこんなんじゃない!」変わってしまった自分が悔しかった。

うつ病になって気付いたのは、同じ病気の人の多さだった。

心療内科に行くと患者がたくさんいる。「実は私も…」と教えてくれる人もいて、そんなに珍しいことではないと知り、少し気が楽になった。

うつ病は一気に改善する病気ではない。少し良くなったなと思ったらまた悪くなっての繰り返し。今まで普通にできていたことが、もうできなくなっていた。

「元々のキャパが100だとしたら30くらいになっているので、やるべきことが増えてくると不安症から来るパニック障害というか、簡単にできることすら『できないかも』と思ってしまって恐怖を感じます。『自分はこんなんじゃない!もっとできるはずだったのに…』と悔しくて、キャパが小さくなっていることを受け入れるのに時間かかりました」

「消えて無くなりたい…」と思ってしまう。

恋愛やオシャレをする余裕はなく、予定があっても朝起きると「今日は何もできない」と感じることがよくあったという。

薬を飲み、認知行動療法を試し、あとはひたすら忍耐。何度もアップダウンを繰り返し、それでも「普通」の状態になれない日々を何年も経験した。

「本当に酷い時は、消えて無くなりたいというか。 死にたいというアグレッシブな思いよりは、つらすぎて楽になりたい、もう意識がなくなってしまえばいいのに…って思ってしまうんです」

もともと気を使っていた人には会いたくなくなり、本当に好きな人だけに会うように。人付き合いは、浅く広くから深く狭くなっていった。

フリーの今、「もう会社員には戻れない」

休職してから一年後、まずは週3の時短で会社に復帰した。

そのタイミングで、以前からPodcastに誘ってくれてたマイケルさんとラジオ番組を開始する。

開始2ヶ月でPodcastの人気1位を取り、会社を辞めてフリーに転身した。

現在の仕事は、コラムの執筆やラジオ番組の運営、PRのコンサル業をフリーで行なっている。

フリーが向いているため「もう会社員には戻ることはない」と話す。

朝8時くらいに起きて、ジムに行ったりするが、あえてルーティーンは作っていない。

「自分の記憶を頼りにできないから、iPhoneのカレンダーに予定を入れたらもう忘れていいことにしてるんですよ。iPhoneが壊れたら終わりですけど(笑)。iPhoneを確認しないと、明日何があるのかもわからない、という状態で常に過ごしています」

「もう人生終わり」って悲観してたけど、なんとかなった。

「休みの日は、映画館に行ったり、日本に遊びにきた友人を観光に連れて行ったり。昔はクラブで飲みまくってベロベロになってたけど、今はもう行きませんし、お酒は月にワイン1杯飲むか飲まないかって感じの生活です。めっちゃヘルシーになりました」

以前は外食の回数も多く、疲労からタクシーもよく乗っていた。今は時間に余裕があるため、移動は基本的に電車で支出が格段に減った。

たっぷりの睡眠や運動のおかげで、体調も良好だ。

「ここまで元気になれるとは自分でも思っていませんでした。『人生終わり。もう治らないんだ…』って悲観してたのに」

普通に見えても、問題を抱えて暮らしている人は多い

去年の夏頃、多忙なスケジュールをすんなりとこなせた時、うつ病が回復に向かっていることを実感できたという。うつ病を発症して4年半が経っていた。

「うつ病になりそうな性格じゃないのにね」そんな言葉をよく掛けられた。

「メディアも、精神的に病んでいる人を描くときに、例えば白い服を着て病院に拘束されているような、見た目にわかりやすいイメージだったり、描写が偏っている気がしていて」

実際のところは、マミさんを含め、「普通」に見えてもメンタルヘルスの問題を抱えながら暮らしている人はたくさんいる。当然仕事したり、友達と遊んだりもする。

「メンタルヘルスへの正しい理解が進んで、誤ったイメージが払拭されるといいな、と思っています」