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「キャバクラと勘違いしてるのかな」若くてかわいい女子ばかりに話しかける「藝大おじさん」の知られざる実態

「あからさまなセクハラをするわけでもないので、追い出すことも難しい」「学生としては来た方全員に対して、丁寧に接しなければならず、ないがしろにはできないのです」

展覧会や画廊で女性作家につきまとう「ギャラリーストーカー」という言葉をご存知だろうか。

画廊に居座り、長時間無料で“接客”させる。作品を購入した見返りに個人的な食事や男女関係を求めてくる。SNSやDMで一方的に長文のメッセージを送りつけてくる――。

客やコレクターという立場を利用されると、早くアーティストとして成果を出したい駆け出しの若い作家は強く拒否できない。

彼らの多くは中高年男性であり、主に美術大学を卒業したばかりの若い作家がターゲットにされることが多い。

大学時代から目をつけられるケースもあり、東京藝術大学で開かれる展覧会には女子学生ばかりに話しかける「藝大おじさん」が出没するのは有名な話だという。

若手女性作家たちの証言から、「藝大おじさん」の実態と被害を暴く。

【書籍『ギャラリーストーカー 美術業界を蝕む女性差別と性被害』(著・猪谷千香)から一部を転載】

「キャバクラと勘違いしているのかな」

ギャラリーストーカーについて、作家に取材をしている中、すでに東京藝術大学や美大の在学時から、被害が始まっていることに気づいた。

美大では、学部の卒業時や大学院の修了時に展覧会を開く。また、学内でも展覧会を開催して、学生の作品を外部の人たちに見てもらう機会をつくることが少なくない。

ギャラリーストーカーは、すでにそうした美大の展覧会に出没している。

「藝大の学内で展覧会を開くと、『藝大おじさん』と呼ばれるおじさんたちが必ず、2、3人は来ます」

そう話すのは、名門中の名門、東京藝術大学の院生である20代の女性作家、中山璃子さん(仮名)だ。

「藝大おじさん」は固定メンバーで、大体60代前後。「キャバクラと勘違いしているのかな」と思うほど、若くてかわいい女子学生たちに声を掛ける。

男子学生と話す時もあるが、それは、美術に関する議論をふっかけて、マウンティングするため。私生活で暇なのか、平日の昼間に来てはずっと学生に粘着しているらしい。

「あからさまなセクハラをするわけでもないので、追い出すことも難しい。お客さんの中には、画廊関係者もいて展覧会につながることもあるので、学生としては来た方全員に対して、丁寧に接しなければならず、ないがしろにはできないのです」

勝手に写真を撮られるケースも

もともと「藝大おじさん」は、東京藝大の中でも音楽学部の演奏会などで、若い女子学生の写真を執拗に撮影したり、批評と称し「上から目線」の説教をしたりする迷惑な中高年男性のことを示す言葉だったようだが、いつの間にか美術学部にも広がり、学内の展覧会に出没するギャラリーストーカーのこともそう呼ぶようになったとされる。

同じく東京藝大を卒業した20代の女性作家、上川歩美さん(仮名)も、学内で身体を使ったパフォーマンスをした際、「藝大おじさん」にしつこく撮影されるなどの被害に遭った。上川さんは身体のラインが出るような衣装を身につけていた。

美術は時に演劇や舞踏などの分野にまたがった身体表現がおこなわれるが、勝手に作家の写真を撮影して、SNSやブログに投稿するケースもあり、作家にとって悩みの種となっている。

東京藝大に限らず、美大の卒展はギャラリーが作家をスカウトしたり、有力なコレクターが作品を「青田買い」する場でもあり、多くの美大生にとっては作家としての第一歩を踏み出す機会でもある。しかし、その中に青田買いのような顔を装ってギャラリーストーカーも紛れてくるのだ。

拒絶もしづらい…笑顔で対応するしかない現実

都内の美大大学院の出身である30代の女性画家、高瀬夏美さん(仮名)も、学内で開かれた修了制作展でギャラリーストーカーに遭遇した一人だ。

その日も、朝から高瀬さんが一人で展示室にいたところ、50代ぐらいの男性がふらりと入ってきた。男性は高瀬さんの作品を観て、「すごくいいね」とほめて「あなたが描いたの?」と聞いてきた。

高瀬さんは作品をほめられて嬉しくなった。「そうなんです」と言って、男性と話し始めた。

ところが高瀬さんの作品の話は最初の5分ぐらいで終わり、男性は、最近見たギャラリーの展示の話や、自分で撮影した写真を見せるなど、関係のない話をし始めた。何としても、高瀬さんと話を続けようという下心が透けて見えた。

高瀬さんも最初は男性の話を聞いていたが、男性は一方的に話し、なかなか展示室から出ていかなかった。

居座り続ける男性に困惑していた高瀬さんだったが、「忙しいから」といって展示室を離れることもできない。相槌(あいづち)を打ちながら、困ってしまった。30分ほどが経った時、偶然、展示室に友人の男性が入ってきてくれた。

その友人と話があるので、というふうに高瀬さんは男性から離れて、友人のところへ寄っていった。男性はそのうちに出ていった。

「たとえば、その男性の発言があからさまなセクハラなどだったら、対応できたと思うのですが、当たり障りのないことばかりでしたので、拒絶もしづらい。どうして私はこんな笑顔で相槌を打ち続けないといけないのだろうという思いでした」

追い打ちをかけた友人の言葉

高瀬さんがさらにショックだったのは、後からきた男性の友人の言葉だった。

「困ってるんだったら、嫌だって言って断ればいいじゃん」

高瀬さんが感じた嫌悪感は友人に伝わっていなかった。高瀬さんは女性であり、誰の目にも届かないような密室に近い部屋で、男性を怒らせたり、逆上されたりした時、身に危険が及ぶ心配もある。

ギャラリーストーカーの問題の一つは、周囲から軽微な被害だと思われることにある。最初は軽いストーキングがエスカレートして、作家を追い詰めるケースもあるのだ。

高瀬さんも、今までずっと心の中で忸怩(じくじ)たる思いを抱えてきた。

「美大で教えてくれるのは、作品制作に対することだけです。その後、どういうふうに作家活動をしていけばよいのかは教えてくれません。卒展では学生に対して色々な画廊からお誘いがくるのですが、どうやって対応したらよいのか、一切わかりませんでした」

美大では、表現すべきことの意味を問い、美術史の文脈の中でどのような新たな挑戦をするのか、作品との向き合い方は教えてくれる。

しかし、学生たちは卒業後に作家活動をする上でふりかかるさまざまなリスクから身を守る術(すべ)は得られないまま、美術業界に放り出されるのだ。

その先には、若手作家に群がるギャラリーストーカーが待ち受けている。

華やかな業界の裏には、ハラスメントの温床となる異常な構造と体質、伝統があった――書籍『ギャラリーストーカー』では、より広く美術業界のハラスメントや性被害の実態が描かれています。