一人で臨んだ入院、出産、育児。コロナ禍で母になった女性の「想像以上に孤独な10日間」

    新型コロナの緊急事態宣言下で臨月を迎え、出産した女性がいます。コロナは出産と子育てにどう影響を与えたのか。手記を寄せて頂きました。

    新型コロナによる緊急事態宣言が続く4月下旬に、長女を出産した女性がいます。

    フリーライターの五月女菜穂さん(31)です。

    臨月での入院と出産、そして子育てに、コロナはどんな影響を与えたのか。

    「悩んでいるのは一人ではない。誰かの支えになれば」というメッセージを込め、自らのnoteに出産記を公開した五月女さんに、BuzzFeed Newsに手記を寄せて頂きました。

    じわりと忍び寄るコロナの影

    新型コロナウイルスが中国で猛威をふるい始めた、というニュースが日本でも多く聞かれるようになったとき、私は妊娠8ヶ月だった。

    最初のころは、どこか他人事のように思っていたけれど、新しいウイルスの勢いは止まることなく、2月末ごろからは日本でも感染が報告されるようになっていた。

    妊婦が新型コロナウイルスに感染したとき、どういう影響があるのか。その時はまだ感染報告例が少なかったこともあり、よく分からなかったが、感染しないに越したことはない。自分自身が感染することもさることながら、お腹にいる子どもへの影響が特に心配だった。

    フリーランスでライターをしている私は、仕事を臨月に入る直前の3月末まで続けていた。それまで取材のために東京都内を電車で移動することが多かったが、感染リスクを少しでも減らそうと、できるだけ車で移動をするように切り替えた。

    夫はすでに在宅勤務に切り替わっていたが、もし、夫か私かが発熱した場合、どうするか。対処方法も事前に話し合い、決めていた。

    本来なら出産前に行われるはずの、おむつ替えや沐浴、授乳の方法などを学んだり、お産の体験談を聞いたりする「両親教室(母親教室)」がコロナの影響で、病院開催、地域開催ともに軒並み中止になっていた。

    初めての出産、育児を迎えるにあたってどうすれば良いのか。実践で学べない分、育児本を読んだり、オンラインの解説動画を見たりして、気を紛らわせた。

    店頭から消える赤ちゃん用品

    4月になった。出産まであと、半月ほどに迫っていた。

    妊娠30週目ぐらいの検査で、すでに逆子だった娘。四つん這いになってからお尻を突き出す、ヨガのポーズのような逆子体操なるものを毎晩のように実施して、逆子を「正常」に戻そうと努力もしたが、出産予定日を目前にしても逆子のままだった。

    予定日を目前にしてもなお、娘は私のお腹の中で胡座をかいていたので、帝王切開でのお産が決まった。

    陣痛を感じることもなく、破水を経験することもなく、「手術日=誕生日」が決まる。どことなく事務的な感じがするが、締め切りを決めて物事が進むように、産む日を前もって設定しお産に臨むのも悪くはないと思っていた。私自身も逆子で母の腹を切って生まれてきたので、血は争えないなとも思っていた。

    一方で、事態は刻々と深刻さを増していた。

    国内の新型コロナウイルス感染者は増加傾向にあり、1日100人を超える日もあった。心肺停止状態で搬送された8ヶ月の乳児から、新型コロナウイルスの陽性反応が出たというニュースも流れ込んできた。その乳児はどうなったのか。続報が気になって仕方がなかった。

    さらに、新生児や母親向けの物資不足も目立ち始めた。

    マスクに加え、4月中旬ごろからは、手作りのマスクをつくるためか、赤ちゃん用のガーゼが不足。「手指の消毒に良い」と噂された哺乳瓶などに使う消毒薬や、「マスクの内側につけると効果がある」とテレビで紹介された母乳パッドが、次々とドラッグストアの店頭から消えた。がらがらの商品棚を見ると、いまが「非常時」であることを認識させられ、どんどんと不安は増していった。

    安倍晋三首相は、いわゆる「アベノマスク」を配布すると打ち出していた。妊婦用にも追加で配布するとも聞いていたが、私の元には届かずじまいだった。

    大変な時期、本当にほしかったものは、たった2枚の布マスクではなく、消耗品や、妊婦そして赤ちゃんに関する正確な情報だったが……。

    パートナーの面会も禁止に

    各地で院内感染の拡大も報じられるようになってくると、果たして無事に出産できるのかという気持ちが強まっていった。

    すでに、出産予定だった横浜市内の総合病院も付き添いや面会制限を始めていた。私は帝王切開のために影響はなかったが、立ち合い出産も中止だという。

    病院内に入る際は検温と海外渡航歴などを問うアンケートが必須になっていたし、健診の際の家族の付き添い、お産の立ち合い、さらに入院期間中の面会が原則禁止となったのだ。

    医療崩壊を防ぐためには、ある意味当然なことだし、必要なことだと頭では理解していた。

    理解はしていたが、出産の時の緊張や喜びをリアルタイムでシェアできず、細かいことを言えば入院中に「アレが食べたいな〜」や「ちょっと家からアレを持ってきて〜」と家族に甘えることもできないのは、初産ということもあって、やはり心許なかった。

    すべてを用意してお産に臨むしかない。ということで、すでにこのコロナ禍で出産を終えた人の体験記をネットで読みあさった。

    産褥パッドやショーツ、経口補水塩といった病院から指示された持ち物のほか、500mlのペットボトル飲料を8本とちょっとしたお菓子(できるだけいろいろな種類にした)、水のいらないシャンプー、体をふくためのボディーシート、さらに積読本など……。

    パジャマやタオルがレンタルだったのが救いだったが、物資の追加援助が受けられないとなると、持てるだけ持った方がいいという。

    およそ10日間の入院だが、スーツケースいっぱいの荷物で、海外旅行にでもいくのかというほどの重さになった。

    出産直前、夫と3分だけ会話

    出産当日。

    万が一に備えて、夫は待合室に待機することになった。本来であれば新型コロナウイルスの影響で面会不可であるが、帝王切開の手術ということで、特別に許された形だ。

    病室から手術室までに移動する間のわずか3分ほど、夫と会話することができた。「よく眠れた?」といった他愛もない会話であっても、不思議なもので、緊張はずいぶん和らいだ。

    手術は全身麻酔ではなく、硬膜外麻酔という局所麻酔で行われた。体の自由は効かないが、目や耳、頭はいつも通りクリアなので、医師らの会話が聞こえたり、手術ライトに反射して開腹の様子がぼんやりと見えたりと、手術の一部始終が分かってしまう。

    元気な産声をあげて、娘が生まれた。その瞬間は、感動というよりも、安堵の気持ちが大きかった。一瞬だけ娘を見て、頬を撫で、手を握ることを許される。小さな手で私の指をぎゅっと握ってくれた。

    ただ、お産の感想は正直にいうと、「娘に会えた喜び」よりも「手術中に生々しい体験をしてしまったトラウマ」の方が優っていた。肝っ玉がすわっていれば、きっと難なくやり過ごせたと思うが、そううまくはいかなかった。

    ベッドに横たわった状態で、手術室から病室に戻る際のエレベーターの中で、再び夫と会話ができた。夫の顔を見るなり、生々しい体験を一気に愚痴って、終わってしまった。もっと話したいことはあったのだけれど。

    夫は新生児室に移動する生まれたばかりの娘を見ることができたというが、抱き上げることも、触れることも一切できず、どちらかというと「目撃した」という表現がしっくりくる程度の初対面となったそうだ。仕方がないことではあるが、何だか申し訳ない気持ちになった。

    マスク姿で学んだ育児

    術後2日目から母子同室がはじまった。およそ3時間おきの授乳をして、うんちの回数を記録して、体温や体重を測って、小児科や整形外科の診察に娘を送り出して、自らの採血や診察をこなして……。1日がものすごいスピードで過ぎていく。

    妊娠期間中にずいぶんとひどい悪阻を経験し、日に日に大きくなるお腹と強くなる胎動を感じていたから「母になるんだ」という自覚はそれなりにあったのだが、あぁ母になったのだ、この子は私が守らならなくてはいけないんだと心から思ったのは、実は母子同室が始まってからのこと。

    夜中の暗い病室で、私のおっぱいをもとめて「ふぎゃふぎゃ」と泣く娘を見たとき、初めて思った。

    中止になっていた両親教室の分の知識は、本やネット上の動画などで前もって知識はいれていたつもりだったが、いざ実践するとなると全く勝手が違う。

    まだ術後間もなくで、ふらふらの体に鞭を入れ、助産師さんに手取り足取り教わりながら、ひたすら我が子と一対一で向き合い、育児の基本動作をいちから学んだ。

    入院中は常時マスクの着用を求められた。外出はもちろん厳禁。授乳室や病院内にあるコンビニの利用さえも極力控えるように言われ、カーテンで仕切られた3畳ほどの病室にあるリクライニングベッドの上で1日の大半を過ごすほかなかった。

    ひとりで食べた「お祝い膳」

    新聞や育児雑誌の貸し出しは中止され、沐浴指導も初産婦のみの実施となった。私がいたのは4人部屋だったが、ほかの妊婦/ママとの会話は皆無で、「同じ日に同じ病院で生まれた友だち」はできなかった。

    話し相手はもっぱら助産師さんや看護師さんで、話題も娘のことや自分の体のことなど必要最小限。少しは気晴らしになるかと思ってテレビをつけると、いつもどの局もコロナの話題がクローズアップされていて、さらに気が滅入った。

    国民一律に配布される10万円についても、気を揉んでいた。新生児はもらえるのか。給付の対象になるためには、基準日の4月27日までに生まれればいいのか、それとも出生届が受理された時点でカウントされるのか。知りたい情報になかなかたどり着けない。妊娠中も出産直後もただでさえ不安なことが多いのに、そうした状況もストレスだった。

    夫や友人とのLINE、YouTubeで無料配信されたMr. Childrenのライブ、決まった時間に出されるバランスの取れた食事、窓から見える空。それらでなんとか心のバランスをとっていたように思う。

    生まれたての娘のお世話に一生懸命になっていたので、あっという間ではあった。しかし、想像以上に「孤独」な10日間だった。ウイルスの感染拡大防止のために最善を尽くしてくださった医療従事者のみなさまには感謝しかないのだが、「コロナさえなければ、もう少し楽しい入院生活だったのだろうか」と思ってしまう。

    本当であれば祖父母と夫とともにするはずだった退院前日に出される「お祝い膳」を、私はひとり虚しくベッドの上で食べた。

    「オンライン帰省」に挑戦

    娘が生まれてから50日経った。この1ヶ月で体重が1キロほど増え、身長も6センチ伸び、日に日に愛おしさは増すばかりだ。

    緊急事態宣言が解除され、社会は少しずつそれまでの日常を取り戻しているのだろうが、夫が数ヶ月の育休を取得したこともあり、私たちは未だに「ステイホーム」状態を継続している。

    本来ならばゴールデンウィーク期間中に、東京都内に住む私の両親と、横浜市内の夫の両親とを自宅に招いて、初孫お披露目会を開催しようと思っていた。

    しかし、やはりコロナのことが気がかりだったので、「オンライン帰省」なるものに挑戦した。LINEのビデオ通話を通じて、対面したのだ。初めて孫を見たのが、スマホの画面越しというのは、親の世代にとっては何ともシュールな経験だったと思う。

    最近の悩みといえば、保育園選び、いわゆる保活である。

    申し込みの前に保育園を見学する親御さんが多いと聞くが、コロナウイルスの影響で見学自体を延期・中止している園が多い現状がある。

    最短生後3ヶ月から保育園に預けようと考えていた私たちにとっては大きな誤算で、このままでは見学をせずに保育園を選ばざるを得ないこのまま保活がうまくいかなければ、私のキャリアはどうなるのだろう……と悶々とする気持ちもある。

    ママ友同士で情報交換をしようにも、両親教室だけではなく、いまだ地域の交流場所が閉鎖されているので、悲しいかな、私には地域のママ友はいまだ一人もいない。なので、住む場所は違うが子どもを持つ学生時代の同級生らにアドバイスを求めたり、ネットや本の育児情報に頼ったりするしかない日々である。

    これから出産を迎える方へ

    いま妊娠している人、そして子どもを産んだばかりの人は、きっと同じような悩みを抱えているのではないだろうか。

    妊娠・出産はただでさえ不安なことや気にしなければいけないことがあるが、新型コロナウイルスという未曾有の出来事の最中となると、さらに不安要素は多くなる。家にこもりがちで、積極的に外に出づらくなり、孤独な育児を強いられる可能性も高まる。

    感染拡大後には小児用のワクチン接種率が減っているというニュースを目にする。今のところスケジュール通りに受けるつもりではあるが、第二波、第三波と重なったら、確かに接種を控えたくなる気持ちもわかる。

    日常における子どもへの感染リスクもある。しかし2歳児未満がマスクをすることは危険を伴うという。お出かけのときはどうしたら良いのか。はたまた、初めての旅行はいつになるのか……? コロナと付き合いながらの子育てにはこれまでにない障壁も多くあるはずだ。

    いつまでコロナを気にして生きていけばいいのか。自粛生活はいつ終えればいいのか。正直よく分からない。あまり好きな言葉ではないが「with コロナ」の社会で、これからの子育て環境がどうなるのか。いまも不安は尽きていない。


    五月女菜穂(そうとめ・なほ)

    1988年東京都生まれ。大学卒業後、朝日新聞社に入社。新聞記者として、新潟・青森・京都に赴任。2016年11月に独立。現在はウェブや紙問わず、取材・執筆・編集・撮影を行っている。世界一周経験者で、渡航歴は45カ国超。

    https://nahoo-sotomee.com/blog/