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本家ディズニーランドの初日がトラブル多すぎて、まったく「夢の国」じゃなかった

夢の国というか、悪夢の国。

でも元祖ディズニーランドがオープンした1955年7月17日(※)、その現場は地球上もっともハッピーな場所からはほど遠いところにありました。それはむしろ、「アリスのティーパーティー」にウソをついて乗せられたときよりひどい、めくるめく地獄絵図だったようです。

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地獄というのは決して大げさじゃありません。当時を記録した人物は、「ショーに関わってきた30年間で他に思い出せないほどの大失敗」だったと言っています

(※ 厳密には7月17日はプレス向けのプレビューで、本当のオープニングは18日でした。でもディズニーでは17日を公式オープンの日としています。)

1. 何が地獄って、まずディズニーランドが完成してなかった

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記念すべき初日、ディズニーランドの施設はまだ4分の3しかできていなかったんです! アメリカカリフォルニア州にある元祖ディズニーランドはディズニー初のテーマパークで、フロリダ州のディズニーワールドができたのはもっと先の1971年のことでした。建設作業員は7月のオープン日まで何もできないんじゃないかと心配して、工事期間延長を要求したのですが、会社の上層部に拒否されていました。なのでトゥモローランドを歩いていたゲストは、野ざらしの空き地に行き着いたり、できかけの乗り物を発見したりしてました。

このオープニングの模様はTV中継されて、推定7000万人がそれを見ていたんですが、TVではそんなこと微塵も伝わりませんでした。ちなみにその中継番組の司会は、当時まだ俳優だったロナルド・レーガンでした。

2. 当然、アトラクションもほとんど動いてなかった

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オープニングの現場にいた当時9歳のジョナサン・カーさんはCrackedに対し、彼の家族も他の人たちも、アトラクションが次の月までオープンしないことを事前に知らされていなかったと証言しています。「みんな1日中、動いていないアトラクションに乗ろうと行列してました」。「ピーターパン空の旅」が45分待ちってだけで憤慨しちゃう人には、考えられない状況でしょう。

「何も出来ませんでした。座れる場所はもう他の人が座ってるし、乗り物には長い列、お店はいっぱいでした。」とカーさん。「まるでクリスマスシーズンのショッピングモールの駐車場みたいに感じました。場所は全部埋まってて、車が無限にアイドリングするか、ただ止まるか、ぐるぐる回るかしながら、空きが出るのを待ってるんです。初日のディズニーランドはそんな状況で、それでも誰も出ていこうとしなかったんです」

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3. 偽チケット横行で本来の2倍のゲストが殺到

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ディズニーランドで人が多過ぎてスペース・マウンテンの頂上にこもりたくなった方は、その気持ちをさらに2倍すると当時が想像できると思います。本家ディズニーランドは完成すれば1万5000人が入れることになっていたので、ディズニーはその分の招待状を作っていました。でも驚いたのは、ディズニーの従業員、マーティ・スクラーさんが振り返っているように「偽チケットのおかげで3万人がゲートに殺到してきたりとか、全部そんな感じだったんです」。カーさんいわく「日記にはこんなことを3回書きました。『ディズニーの社員は、こんなに人が来るなんて想定外だと言った。』」

来るはずじゃない人たちが来たので、最寄りのサンタ・アナ高速道路にまで7マイル(約11.2km)の渋滞ができてしまい、その車がディズニーランドに到着してもすぐには場内に入れませんでした。でもそこに天才が現れて、ディズニーランドの壁にハシゴをかけ、ひとり5ドルで乗り越えられるようにしたそうです。

とはいえ、中に入れればいいってものでもありませんでした。というのは……

5. 当日埋めたてのアスファルトから靴のヒールが抜けずに阿鼻叫喚

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埋まってしまったヒールを抜くには、まさに『王様の剣』みたいな力が必要になったはずです。「道がスポンジ風だったので、子どもが転んでも大丈夫なようにわざとそうなっているんだと思いました」と前出のカーさん。「僕は日記に、『そこらじゅうに黒い足跡が付いていた。多分、ゲストがパークの中に記念の足跡を残せるようになっているんだと思う』と書いていました」。本当にその通りだったら、素敵なアイデアだったのに……!

6. 気温は37度超え、給水器もなし

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1955年当時はエアコンも今ほど強力じゃなかったので、ディズニーランド内には基本的に涼む手段がまったくありませんでした。「1カ所だけ、乗り物から来る風で涼める場所がありました」とカーさんは言います。「ディズニーランドの社員がそう教えてくれたんですが、彼らはそれをみんなに言っていたんです。良い風が来ていたはずですが、人が集まりすぎてて暑さは変わりませんでした」。読んでるだけで汗が出てきます……。

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7. 売店の食べ物飲み物も、ランチ時間には底を突く

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混雑に猛暑、飲み水なし、ホラーな着ぐるみだけじゃ不足とばかり、オープン日のディズニーランドでは食べ物も消え去っていたそうです。カーさんは「時間とともに、みんな性格が悪くなりました」と言い、売店のお菓子がなくなったときには男の子がふたり、シュガーシロップを飲んでいたのを目撃したそうです。「お店のキャンディが売り切れて、彼らの親が買えたものはそれだけだったんです。その当時、シロップとかその種のものを飲むなんてことは、何かおかしい状況でない限り、ありえませんでした。瓶から直接メープルシロップを飲むようなものです。私はそれを見たんです」

8. 場内は立ちション天国、ディズニーはそれを放置

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「オープン当日にディズニーランドに行ったってみんなに言ったんです。どんな風だったか聞かれると私はまず、子どもがみんなおしっこしてた、と言ったものです」とカーさん。「父もこう書いていました。「メインストリート。トイレの行列が長すぎて、公式のトイレの裏に客が作った新しいトイレにも行列ができていた」。

トイレ問題は次の日も解決していなかったので、ディズニーは基本的に「どうでもいいよ、おしっこで絵でも描いてね」という姿勢でした。この立ちション天国のポリシーは、新しいトイレを作るより簡単だったせいか、長い間そのままになってました。でも今はさすがに、フロンティアランドの真ん中でパンツを下ろしたら、温かく迎えられないでしょうね。

9. あげくに眠れる森の美女の城が炎上

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本家ディズニーランドのアイコン的存在の「眠れる森の美女の城」に至っては、オープン日にガス漏れを起こして、ほとんど全焼しかかったそうです。カーさんのような子どももその火を目撃したそうで、それを知ったらウォルト・ディズニーも驚がくだったことでしょう。「僕はショーなのかなと思ったんですが、本物の火だったんです」とカーさんは語ります。「城の窓から火がチラチラ見えだしたとき、ちょうどそのそばを歩いていました。そんなに大きくはなかったんですが、それでも十分でした。スタッフの人が何人か来て、回り道するように言われました。本物だったんです」

そんなわけで、夏休みの炎天下に山ほどいる小学生の中でスプラッシュ・マウンテンに並んで、暑い疲れたのど乾いたお腹すいたって文句を言いたくなったら、今はそれでもずいぶん天国に近いところにいる、ってことを思い出してみましょう。

この記事は英語から編集・翻訳しました。