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100年前。パリのレズビアンを描いたイラストがめっちゃオシャレ

まあ!

『Lesbian Decadence:Representations in Art and Literature of Fin-de-Siècle France (レズビアン・デカダンス ー 19世紀末フランスの芸術と文学の表現)』は、19世紀にパリで始まった「デカダン派の時代」のイラストの珍しいコレクションを取り上げた本である。もとのコレクションはフランス人の著者ニコール・アルバートにより編纂され、2005年に『Saphisme et Decadence Dans Paris Fin-De-Siécle (19世紀末のパリにおけるサフィズムとデカダンス)』というタイトルで出版された。 2016年にハリントン・パーク・プレスにより復刻された後、この本は今年、ゴールデンクラウン文学協会からアンソロジー/コレクション (クリエティブノンフィクション) 部門でゴールディ賞を受賞した。ナンシー・エルバーとウィリアム・ペニストンにより翻訳された復刻版は原著者の個人コレクションからの数多くの貴重な写真や風刺画—その多くは他のどこにも公開されていない —が含まれた拡大版である。

ハリントン・パーク・プレス (LGBTコミュニティに関係しているが、研究されることの少ない学術的トピックに重点を置いた出版グループ) の共同創立者ビル・コーエンはインタビューの中で、当時のフランスでは同性間の性行為は犯罪とされていなかったが、「それでもレズビアンは精神科医により病人とみなされていた」と語った。

「道徳主義者はレズビアンをかわいそうに思っていました。しかし大衆社会では、レズビアニズムは見せびらかされていました」とコーエンは説明した。
「1900年代初頭には、おそらく大衆に衝撃を与えたであろう絵もあります。」

以下は、当時の新聞、小説、雑誌の表紙からのイラストに、この本からの抜粋を付け加えたものだ。

1.

Harrington Park Press

レズビアンをテーマにした特別号の表紙:ジル・ガリーヌ、Les Mesdam’messieurs、 L’Assiette au Beurre (アシエット・オー・ブール) 、1912年3月2日。

「ライターたちは服装倒錯の現象を、複合名詞と複雑なフレーズを使うことにより定義しようとした。女男 (Woman-Man)、すなわち衣服と趣味が男性化した女性、あるいは (フランス語だと) 'mesdam'messieurs'。これは風刺雑誌アシエット・オー・ブールのもっぱらレズビアンをテーマにした特別号のタイトルとたまたま同じだった」

2.

Harrington Park Press

「L’Article de Paris」/
「Parisian Specialty (パリっ子の特質)」のためのTony Minartzによる「Rayon du Moulin-Rouge」/「Moulin Rouge Department (ムーラン・ルージュ店内)」、アシエット・オー・ブール、1902年2月8日。

「ムーラン・ルージュの広い店内はカンカンダンサーで有名で、観客を魅了し続けていた。ムーラン・ルージュにはダンスフロアもあった。そこでは女性のカップルが抱き合ってワルツを踊っていることがよくあった。Tony Minartzは、風刺雑誌アシエット・オー・ブールのある号の中で、かたく抱き合ってぐるぐる回る女性たちを描いた。絵が十分はっきりしていなかった場合、絵に添えられたキャプションが詳しく説明をした。

親密な人々のための条項

そして考えること。若い男性、

かわいそうな男たちが、

彼らなしでも、私たちがうまくやっていけると気づかないでいることに」

3.

Harrington Park Press

Tadeusz Stykaによる「Dark and Fair (黒髪と金髪)」(1908年頃)

「髪の色について、当時広く受け入れられている類型論によれば、真のレズビアンはブルネットの女性か赤毛 (赤は不自然さの典型だった) の女性だった。そのため金髪は受け身で進んで餌食となるとされた。Marthe Barnèdeはマダム・サッフォーという愛称の『とても美しいブルネットの女性で、髪は暗い影の色をしていた』が、一方、彼女の若くか弱い恋人は『ユリのように白い肌と明るい金髪の可愛い少女で、青白い象牙色の額に奔放な金色の光の輪をかぶっていた』」

4.

Harrington Park Press

ハナフサ・イッチョウ(英一蝶)による「Petites Amies」/「Girlfriends (ガールフレンド)」、Félicien Champsaurの小説Poupée Japonaise/ Japanese Doll (日本人形) のためのイラスト (1912年版)。

「『inseparables』(仲のよい恋人同士という意味のフランス語でもある) という言葉がChampsaurのPoupée Japonaise (Japanese Doll、日本人形) のある章のタイトルだ。1912年のイラスト版では、『Petites Amies』(Girlfriends、ガールフレンド) というタイトルのハナフサによる色彩版画が、着物を結ぶ帯のように手を繋ぐ2人の恋人たちを描き、女性たちが文字通り結ばれているという印象を与えている」

5.

Harrington Park Press

ピエール・エロー、「L’amour qui n’ose pas dire son nom (The Love That Dare Not Speak Its Name、名乗らぬ愛)」、Le Rire (ル・リール)、1930年11月29日

「『すまないが、そこの若い男性、うちの女房が性別をなくしちまったんだが、もしかして君が見つけなかったかね?』 ル・リールは成功を収めたフランスのユーモア雑誌で、1894年10月から1950年代まで発行された」

6.

Harrington Park Press

ルネ・ドナンの「Ces Dames de Lesbos」/「These Ladies of Lesbos (レスボスのこの女性たち)」のためのÉtienne le Rallicによる表紙のイラスト (1928年)。

「このほとんど無名の小説家は、サフィズム (レズビアニズム) の歴史を古くからたどって調べた。古代のレスボスに焦点をあてた序論の後、ドナンは有史以前に引き返し、バビロンにそれ、アマゾンの女性たちと一緒にひと休みし、コリントに旅して、レスボスに戻り、ローマに上陸し、オスマン帝国のスルタンとルイ15世の宮廷を訪問し、ようやく目的地である現代のハリウッド、ロンドン、パリのレズバーに到着した」

7.

Harrington Park Press

「Faute de Venise—II y a le lac du Bois de Boulogne.(ベニスの過ち—ブローニュの森の湖がある。)」 ジョセフ・クーン・レニエによるイラスト、風刺雑誌Fantasio、1923年8月1日。

「Bois de Boulogne (ブローニュの森) はパリにある公園 (セントラル・パークより大きい) で、レズビアンだけでなくレズビアンの売春婦の待ち合わせ場所として評判だった。夜のロマンチックな冒険の最中の2人の上流階級の女性に、あまりお高くとまっていないキャプションがついている。『ベニスが遠すぎるなら、いつだってブローニュの森の湖がある』」

8.

Harrington Park Press

Raymond de la Nézière、「Quelques femmes à Bicyclette」/「Some Women on Bicycles (自転車に乗った女性たち、部分拡大図)」、La Vie Parisienne、1893年9月16日。

『Parisian Life (パリっ子の生活)』は1863年にパリで創刊されたフランスの週刊誌で、1970年まで途切れることなく発行された。1905年に、この雑誌は控えめだがきわどいエロティックな出版物へと進化した」

9.

Harrington Park Press

モーリス・ラディゲ、シャルル・ヴィルメイトルによる『Mlles Saturne』の表紙 (1898)

「シャルル・ヴィルメイトルは19世紀の終わりに『Les Marchandes d’ail』(The Garlic Sellers、にんにく売り) というタイトルで同性愛のパリについて研究するつもりだった。この表現は『pussy eater (女性の陰部を食べる人)』のわいせつな婉曲表現とみられる『mangeuse d’ail』 (にんにくを食べる人) と関係している。 ヴィルメイトルは結局、その研究のタイトルを『Mlles Saturne』(ローマの豊穣の神サートゥルヌスに由来する) とした。 モーリス・ラディゲがイラストを描いた表紙には、この仮タイトルの跡も残してあった。にんにくが1つ、戸口の上にぶら下がっているのだから」

10.

Harrington Park Press

Zyg Brunnerによる「Boîtes de Nuit (Night Clubs、ナイトクラブ)」、アシエット・オー・ブール、1909年9月4日

「キャプションにはこう書かれている。『はい、王子様、パリの女性たちを理解している男性は2人だけです。つまり、あなたと . . . 私』」

11.

Harrington Park Press

アーマンド・バリーによる「L’Embarquement pour Lesbos」/「The Departure for Lesbos (レスボスへの出発)」、Fantasio、1929年6月1日

「アーマンド・バリーによる絵の中の2人の女性は、1920年代の手足が長くて魅力的なお転婆娘で、『異国 / そこでは愛がもっと美しいと言われる場所への』この女性たちの旅はうわついた遠足のように見える」

12.

Harrington Park Press

Édouard Touraineによる「Le Sémiramis-Bar」、雑誌La Vie Parisienneの中のコレットの記事「Le Sémiramis-Bar」のためのイラスト、1909年3月27日

「Sémiramis (セミラミス) は女性戦士の神話的部族、アマゾン族の女王だった。」

13.

Harrington Park Press

「Lucie-berthe」、修正版

「フェルディナン・バックはFemmes honnêtes! (Decent Women、正直な女性!)のイラストレーターで、 まるでお互いの名前をつなぐ句読点のように、腕でハイフンの形をした肉体の橋をつくって抱き合う2人の恋人たち、ルーシーとベルテを大胆に描いた。」

14.

Harrington Park Press

ゲルダ・ヴィーグナーによる「Sexes autonomes:Les bars parallèles — Rétablissement」/「Autonomous Sexes: Parallel Bars — Restoration (自立した性: 並行するバー — 復活)」、Fantasio、1925年7月15日。

「Édouard Chimotはパリのこの労働者階級と芸術の地区に魅了され、こうした女性カップルを何組かデッサンしたが、その多くは、実は売春に頼る貧しい女性たちだった。ジャン=ルイ・フォランとトゥールーズ=ロートレックもまた足しげくカフェに通い、有名無名の常連客を描いた。1920年代には、華やかなゲルダ・ヴィーグナーが、こうした地元のバーにより洗練された魅力を与え、体操の『barres parallèles』すなわち『並行棒』を暗に意味するシャレとして、それらを『Bars Parallèles』(Parallel Bars、並行するバー) と呼んだ」

15.

Harrington Park Press

Albert Guillaumeによる「Gravelures de mode pour 1895」/「[Naughty] Highlights of the Fashions of 1895 (1895年のファッションの [やんちゃな] ハイライト )」、Gil Blas illustré、1895年10月20日。

「風刺漫画家は図々しさを強く批判していた。その滑稽なデッサンの1つの中でAlbert Guillaumeは、ファッションのヒントを男性のクローゼットから選んだ一風変わった女性たちに焦点を当てた。1つのパネル画には、口にはタバコをくわえ、男性の夜会服、すなわちイブニング・コートに、襟が高くのりのきいたワイシャツを着た、大胆な外見の女性が描かれている。

その下のキャプションにはこうある。『1人のための2人—ディナーパーティー向けの最新の素晴らしい衣装。使い古すことがありません。ルーブルデパート1階」

『Lesbian Decadence (レズビアン・デカダンス)』についてより詳しくはこちらをどうぞ。

CORRECTION

Lesbian Decadence: Representations in Art and Literature of Fin-de-Siècle France won the Goldie award for Anthology/Collections (Creative Non-Fiction) from the Golden Crown Literary Society. A previous version of this post misstated the name of the award and the organization.

この記事は英語から翻訳されました。

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