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400年の時を超えて。幻の奇書『奇跡の書』が色鮮やかで、怖い

「終末は近い」

歴史の始まったその瞬間から、人間は世界の終わりという考えにとりつかれてきた。ルネサンスが頂点を極める頃には、この世の終わりの魅力は、画家と歴史家が新しいものを生み出す領域となっていた。

1550年頃のドイツのアウクスブルク。『奇跡の書』という、興味をそそる出版物が人文学研究者の間で閲覧されていた。その本は、最後の審判の日が近づいているという様々な「神からのサイン」を描いている。超現実的な光景はどれも色鮮やかで、16世紀ヨーロッパの社会的、宗教的な不安感がこちらに伝わってくる。

近年まで、個人の蔵書として人目に触れずにいたが、最近になってドイツの出版社タッシェンが写本を出版し、輝かしいページの数々がルネサンス期以来再び日の目を見ることとなった。

ここでは、『奇跡の書』の中から選り抜きの場面を見ていこう。

「もし彼らに害を加えようとする者があれば、彼らの口から火が出て、その敵を滅ぼすであろう。もし彼らに害を加えようとする者があれば、その者はこのように殺されねばならない。預言をしている期間、彼らは、天を閉じて雨を降らせないようにする力を持っている。さらにまた、水を血に変え、何度でも思うままに、あらゆる災害で地を打つ力を持っている。そして、彼らがそのあかしを終えると、底知れぬ所からのぼって来る獣が、彼らと戦って打ち勝ち、彼らを殺す。彼らの死体は大いなる都の大通りにさらされる」

「西暦1552年3月17日、雹を伴う凄まじい嵐がオランダのドルトレヒトを襲った。審判の日が近づいているものと思われるほどの猛威だった。それはおよそ30分ほど続いた。降り注いだ雹の中には重量数ポンドと8ロットに及ぶものもあった。そして降り注いだ場所には恐ろしいまでの悪臭が漂った」

「西暦1513年1月、この者はブライブルクのメッツェリンで生まれたという。死産であり、埋葬されることになっていたが、4時間後に当時のロドロン伯爵夫人の執事アントン・リートハウプトの手で掘り起こされ、覆い布を解かれて司祭立ち会いの下詳細な調査が行われた。その後画家のハンス・ブルクマイヤーが記録係に任命され、上記の通り詳細な記録を残した」

「1506年、数夜に渡って彗星が目撃され、その尾はスペインの方へ向けた。その年は果物が豊作となったが、芋虫かネズミに残らず食い尽くされた。それから8年後と9年後、ドイツとイタリアで地震が起こった。あまりに巨大な地震だったため、コンスタンチノープルでは多くの巨大建築物が崩落し、人命が奪われた」

「西暦1496年1月、ローマ近くでティベル川が氾濫した頃に驚くべき生物が目撃された。その生物は荒れ狂うティベルの水に沈んだ場所で死んでいるのが発見され、その姿はここに描かれる通りであった」

「また私は海より出で来る獣を見た。獣は10本の角と7つの頭を持ち、角には10の王冠を戴き、頭には神を冒涜する名が記されていた。その獣の姿はヒョウに似ていた。その足は熊のようで、口はライオンのようであった。竜は獣にその力と、王座と、偉大な権威を与えた。頭のうちのひとつは致命傷を負っていたが、その傷は癒えて、人々が獣に付き従うと、全世界が驚愕した。人々は竜を崇拝した。なぜなら竜が獣に権威を与えたからだ。そして人々は獣を崇拝し、『あの獣のような者がいるものだろうか。誰があの獣と戦えるのだろうか』と言った」

「1531年、26日と28日に空で巨大なクジラが目撃された。その後大地震が起き、家屋200棟が倒壊、1000人以上が命を落とした」

「西暦1009年、太陽は光を失い月は血の色に染まり、巨大地震が起きて、塔のように巨大な燃える松明が大きな音を立てて空から落ちてきた。その後ドイツとイタリア全土で大勢が死に、飢饉が起きた。死者の数は生存者の数を上回った」

「1533年10月、ボヘミア、フォークトラント、アッシャーの一部で空を飛ぶ竜が目撃された。竜は頭に冠を戴き、鼻はブタのように突き出て、2枚の翼を持っていた。この絵にあるように、大小合わせて400頭以上の竜が集団で飛んでいるのが数日に渡って目撃された」

「紀元前73年、ローマ人の土地で、空を飛ぶ黄金の玉が目撃された。玉は地面に降りて転がった後また空に舞い戻り、日の昇る方角に向かった。玉はあまりに大きく、太陽をすっぽり覆い隠すほどだった。この後、スパルタクスの乱が起こった」

「1531年、血の色に染まった剣士の幻影がストラスブール近辺などで目撃された。またこの絵にあるように、燃えるような砦と、それに相対する騎馬兵士の幻影も見られた」



この記事は英語から翻訳されました。

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