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1945年8月9日午前11時2分。原爆が落とされた後の長崎を記録した写真たち。

今から72年前。

1945年8月9日午前11時2分、長崎に原爆が落とされた。

時事通信

これは、今から72年前。原爆が落とされた後の長崎の風景だ。

長崎市国際文化会館提供 / Via 時事通信

直径1.52メートル、長さ3.25メートル、重さ4.5トンのプルトニウム爆弾。これが長崎へ投下された。

長崎型原子爆弾「ファットマン」。
AFP=時事通信 / Via 時事通信

長崎型原子爆弾「ファットマン」。

爆発によって生まれたキノコ雲は、たった30秒で3000メートルも膨れ上がったという。

時事通信

当時、疎開してきた人々が住んでいた国民学校。爆発後には建物の骨子だけが残った。

人間の姿はそこにない。
時事通信

人間の姿はそこにない。

東洋一大きい教会と評判だった浦上天主堂。爆心地からは500メートル程の距離だった。

時事通信

浦上天主堂はその後再建。原爆によって破損したマリア像は、展示物として今も遺されている。

Motive56 / Via Getty Images

長崎が現在の景色を得るために、積み重ねてきたものは計り知れない。

長崎市の眺め。
Lifehouseimage / Via Getty Images

長崎市の眺め。

そして、原爆や戦争の恐ろしさを体験していない人だけで構成される社会がもうすぐやってくる。

今、日本で生きる人々の多くは戦争のない社会しか知らない。語り部も少なくなってきている。だからこそ、記録して残し続けないといけない。文字、写真、映像その全てで。
時事通信

今、日本で生きる人々の多くは戦争のない社会しか知らない。語り部も少なくなってきている。だからこそ、記録して残し続けないといけない。文字、写真、映像その全てで。

未来をつくっていけるのは私たちだけだ。

記録して残すだけではない。折に触れてその記録は引っ張り出さないといけない。過去を知るために。自分たちで納得できる社会をつくっていくために。
時事通信

記録して残すだけではない。折に触れてその記録は引っ張り出さないといけない。過去を知るために。自分たちで納得できる社会をつくっていくために。

Ayame Suzukiに連絡する メールアドレス:ayame.suzuki@buzzfeed.com.

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