「選べることでは誰も困らない」。夫婦別姓の訴訟で本当に訴えたいこととは

    「選択肢を増やすことは、誰の生活も脅かしません」

    「同姓でも別姓でも、選べる社会に」。選択的夫婦別姓を求めて国を提訴するとして話題になっている青野慶久さん(46)が社長を務めるソフトウェア会社サイボウズでは、社員が自ら働く時間と場所を選ぶことができる。

    長時間オフィスで働きたい人もいれば、在宅で時間を決めて働きたい人もいる。「100人いたら100通りの働き方がある」という考え方から、個人の事情や希望に合わせ、9種類の働き方メニューから選べるようにしているのだ。

    このほかにも、在宅勤務、副業、子連れ出勤、育自分休暇(転職や留学でも最長6年は復職可)なども一定のルールのもと利用するかどうかを選ぶことができる。

    こうした制度の導入などにより、2005年に28%だった離職率は、4%以下になった。

    「サイボウズの社内にはたくさんのルールがあります。ルールがあるからこそ選びやすい。選べるルール整備は、インフラとしては効果的でスムーズです。メニューを用意し、選択肢がある状態にする。それが、僕が思っている次の日本の姿なんですけどね」

    青野さんは、夫婦別姓ではそれが実現しないことにもどかしさを抱えていた。望んでいるのは「選択的夫婦別姓」。同姓にしたい人は現状のままでいいし、別姓にしたい人には選択肢を用意するということだ。

    社長として会社を変えることはできた。日本を変えるために、国を訴える。その心境を、BuzzFeed Newsに語った。

    なぜ夫婦同姓を問題にしているの?

    「青野」は結婚前の旧姓だ。戸籍上の姓は「西端」。2001年に結婚したとき、妻の希望に応じて妻の姓にした。

    民法では、夫婦は婚姻時に、どちらかの姓を選ばなければならない。実際は夫の姓を選ぶ夫婦が約96%だ。

    姓を変えるほうは、運転免許証や銀行口座、クレジットカードなどの名義変更の手続きをすることになる。

    青野さんのように、戸籍上の姓を変えても日常生活で旧姓を使い続ける人は増えているが、これは職場などが使用を認めているためで、あくまで「通称」だ。戸籍上の姓とは異なることから、使い分けの混乱が起きる場合もある。青野さんも海外で、手配してもらったホテルの予約名がパスポートと違ったため、説明を求められたことがある。

    2015年12月、最高裁大法廷は、民法の夫婦同姓の規定を合憲とする判決を出した。「改姓する不利益は、通称使用の広がりで緩和される」と指摘し、国会で議論すべきだとした。

    しかしその後の2016年10月、職場で旧姓の通称使用を認めないのは人格権侵害だとする女性教員の訴えを、東京地裁が棄却。「職場で戸籍姓の使用を求めることには合理性や必要性がある」という理由だった。

    だからこそ、「通称」ではなく「戸籍上の姓」として日常生活で旧姓を使うことを認めてほしい。煩雑な名義変更手続きや使い分けの混乱をなくしてほしい。夫婦別姓が選択できるようになるといい。それが今回、青野さんが訴えていることだ。

    「今まで地道に国会議員らにロビー活動をしてきましたが、進む気がしなくて。別姓を選べるようにしてほしいと言っているだけなのに、自民党には強硬な反対派がいて、賛成派でさえ『慎重に進めるべきだ』と腫れ物に触る感じ。長い戦いになるかなと思っていたら、司法で突破口が見つかったのです」

    どんな戦略?

    今回、作花知志弁護士が考えた作戦を、青野さんは「非常にロジカル。だからこそ原告に名乗りをあげた」と言う。作花弁護士はブログで「4人の中で1人だけが戸籍上の姓を選べないのはおかしい」と問題提起している。

    日本人同士が結婚するときは、夫婦どちらかの姓を選ばなければならない。旧姓を使いたければ通称としてになる【1】。しかし離婚した場合は、結婚前の姓に戻すことも、戻さずに結婚していたときの姓をそのまま名乗ることもできる【2】。この場合は通称ではなく、届け出をすれば「戸籍上の姓」として認められる。

    また、日本人と外国人が結婚するときは、基本的に別姓で、届け出をすれば同姓やミックス姓にすることができる【3】。日本人と外国人が離婚した場合は、結婚前の姓に戻すことも、結婚していたときの姓をそのまま使うこともできる【4】。

    まとめると、【2】日本人同士の離婚【3】日本人と外国人の結婚【4】日本人と外国人の離婚 の3パターンとも戸籍上の姓を選べるが、【1】日本人同士の結婚のみ、旧姓を戸籍上の姓として使うことが認められていない。

    訴訟では、日本人同士の結婚でも、戸籍上の姓を選ぶことの法的根拠を求める。それは「結婚によって(民法上は)姓を変えた人で結婚前の姓を名乗りたい場合は、届け出なければならない」といった趣旨の条文を戸籍法に追加するだけで済む、と作花弁護士は指摘する。

    つまり、結婚するときに夫婦どちらかの姓に決めること自体は変わらず「夫婦同姓」ではあるが、いまも職場などで「通称」として使っている姓を「戸籍上の姓」として認め、運転免許証やパスポートなどの身分証明書でも使えるようにしよう、という主張だ。これなら「子どもの姓をどうするか」という問題の解決にもつながる、としている。

    青野さんはこう話す。

    「夫婦同姓で結果的に男女不平等が起きているということ以前に、法律に不平等があることを指摘する。これまでとまったく違う問題提起を、上場企業の社長であり男性である僕がやるんです。ずっと停滞していた議論がいったんリセットされるのではないでしょうか」

    「民法を改正するのは大変ですが、戸籍法にたった一つの条文を足すだけで、圧倒的に幸せな人が増える。社会の負担を最小限にして、社会の幸福を最大化する。とてもわかりやすいので、すぐやろうぜ、という提案なんですよ」

    反論に反論する

    冷静でロジカルな提案だが、提訴するという毎日新聞の報道の後、反論も少なからずあった。青野さんはエゴサーチをして反論を見つけては、ブログで「選択的夫婦別姓への反論に反論します」を3回にわたって掲載した。一部を抜粋する。

    「家族の一体感が失われる」

    同姓にすることで一体感を高めたい家族はそうすればいいし、別姓で問題ない家族は別姓でいい。一体感を高める手段はいくらでもあります。家族でペアルックなんか着たら、相当一体感が出ますよね。

    「夫婦同姓は日本の伝統。伝統を守っていかなければならない」

    じゃあ、お前、明日からチョンマゲな。人間は、すべての伝統を残すわけではありません。もし、服装・食物・住居などを江戸時代に戻されたら困りますよね。私たちは、自分が好む伝統だけを引き継ぎます。

    「やり方が横柄だ」

    すみません。選択的夫婦別姓の問題は、何十年も放置されてきたと認識しています。日本は民主主義で法治国家。議論や司法の手段を使い、徹底的に解決を目指す所存です。

    「青野は左翼だ」

    小学校時代は外野手ではなくショートでした。右投げ左打ちです。

    「わかる気のない人は、何を書いても反論してくるでしょうね。ただ今のところ、これまで選択的夫婦別姓に強固に反対してきた著名人が、実名で反論してきてはいないんです。僕としてはぜひ会って話してみたいですけどね」

    「とはいえ勝ち負けの話ではないので、単純に選択できるようにして、同姓を選ぶ人も幸せになってほしいし、別姓を選ぶ人も幸せになってほしい。それだけなんです」

    夫婦別姓は「象徴」

    青野さんは通称を使うことに不便を感じてはいるが、「世の中には理不尽なことはいっぱいあるけど、見つけたら直していけばいいだけ」と淡々と話す。

    「これまで、一律的であることが日本人の勝ちパターンとして機能してきました。男は大黒柱として働き、女は家を守る。みんな同じように夜遅くまで働けば均一なモノを大量生産できた。決してそれを否定するつもりはないですが、今もそのパターンを続けているがために、経済は活性化せず、イノベーションが起きない。女性が社会進出しているのに、結婚して一律的に名前を変えることも無駄なコストになっています」

    「この価値観が変わるには、僕は100年くらいかかるイメージを持っています。だからこそ、夫婦別姓の訴訟はその象徴になりえます。目的は、損害賠償で数百万円を払ってもらうことではない。個人の選択肢を尊重し、社会の変化に合わせてルールを変えようということを世に問いたいのです」

    夫婦別姓の訴訟でありながら、夫婦別姓だけにとどまらない。あらゆることに通じる「窮屈さ」を変えるための挑戦でもある。

    「自分と違うことを望んでいる人がいるなら、どうぞ選んでください。その代わり、私は私で自分の好きなものを選ばせてください。選択肢を増やして選べるようにすることは、誰の生活も脅かしません。多様性を尊重する社会のあり方だと思います」

    UPDATE

    当初、「青野さんの場合は、保有している自社株の名義変更の手数料が数百万円かかった」との記述がありましたが、2019年2月9日、青野さんが「改姓が直接的な原因ではなかった」と発言を修正したため、該当部分を削除しました。


    BuzzFeed JapanNews