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スポーツ界のハラスメント。トップ選手よりひどい暴力指導が、部活にはびこっている

「スポーツの世界は仲間意識が強いうえに、進学や就職にスポーツの成績が影響することがあり、告発するなという圧力につながります」

体操の宮川紗江選手(19)がコーチから暴力を振るわれたとして話題になっている、スポーツ界のハラスメント問題。日本大学アメリカンフットボール部の悪質タックル問題でも、背景には監督と選手の圧倒的な力関係があったことが明らかになった。

暴力か指導か。スポーツ界はハラスメントをどうとらえているのか。

内閣府男女共同参画会議の女性に対する暴力に関する専門調査会で9月12日、日本スポーツとジェンダー学会会長で弁護士の白井久明さんから報告があった。

以下、白井さんの報告をまとめた。


「暴力行為根絶宣言」をしていた

スポーツの世界で、暴力の問題は昔からあります。

2012年、大阪市立桜宮高校で、バスケットボール部の主将が顧問から体罰を受けて自殺した事件がありました。また、2013年には、女子柔道の日本代表選手らが監督からの暴力やパワーハラスメントを日本オリンピック委員会(JOC)に集団で告発していたことが明らかになりました。

暴力やパワハラ防止にスポーツ界も取り組まなければならないということで、2013年に、日本体育協会(現日本スポーツ協会)やJOC、日本障害者スポーツ協議会、全国高等学校体育連盟、日本中学校体育連盟の5団体が、「暴力行為根絶宣言」を全会一致で採択しました(全文はこちら)。

その採択の場に私もいたのですが、指導者から暴力を受けた2人の選手が、体験を話してくれたのです。

「お前は下手な選手だ」と床に投げ倒されて顔を踏まれたり、「メリーゴーラウンド」と言われて髪をつかんで振り回されたり。通常の暴力の想像を超えるひどいものでした。同時に「ここまで話してくれる選手が出てきたのだ」とも感じました。

選手の3割が「暴力はある」

JOCは2013年、競技活動の場におけるパワハラ・セクハラに関する調査を、加盟57競技団体の選手と指導者を対象に実施しました。

回答した選手1902人のうち、競技活動の際に、暴力行為を含むパワハラ、セクハラを「受けたことがある」と答えた選手は219人(11.5%)、「見たことがある」と答えた選手は231人(12.1%)、「噂に聞いたことがある」と答えた選手は205人(10.8%)でした。

およそ3割の選手が、何らかの形でパワハラやセクハラの存在を認識しているわけですが、これを「3割も」と見るのかどうか。私は、もっとあるのではないかと疑っています。

指導者の回答も同様で、ハラスメントを認識していた指導者が約3割いました。詳しい傾向については分析が必要ですが、パワハラの中にはセクハラ的な要素が含まれていることが多く、パワハラとセクハラを分けて考えないほうがよいと思います。

パワハラもセクハラも、加害者と被害者の立場の差、同調圧力、階級の上下関係などが構造としてあります。双方の関係性によって、内容の評価が違ってきます。

宮川選手は、コーチからパワハラを受けたことを否定し、日本体操協会からパワハラを受けたと主張しています。どちらがパワハラなのか、という論点にするのではなく、それぞれどのような行為だったのかを整理して把握する必要があります。

そのうえで、やはり暴力は容認できるものではありません。加害者や被害者が、これは暴力だという認識があるかないかに関わらず、暴力は個人の人格や尊厳を侵害する許されない行為です。

指導に身体接触は必要か

スポーツ指導においても、ハラスメントの立証は非常に困難です。暴力行為があったことを認めたとしても、平手で触った程度、髪の毛に触れた程度、などと行為が矮小化されることがあります。周りで見ていた人が口を閉ざすことも少なくありません。

宮川選手のケースでは、暴力行為の動画がテレビで流されて、潮目が変わりました。暴力行為の程度を慎重に調べる必要があります。

指導とハラスメントの境界については、長く議論されています。例えば、ゴルフのフォーム指導など、身体接触をすることも指導の一環だという指導者がいます。

しかし、指導とセクハラは峻別できるはずです。複数の人がいるところで、今からこういう教え方をすると説明して、指導を受ける側の了承を得てからやればよいのです。

そもそも身体接触が前提になるのは、指導法を勉強していないからではないでしょうか? スキルの高い指導者ほど、映像や機器を利用するなど新しい指導法を取り入れています。

指導中にハラスメントを受けたり目撃したりした時のために、JOCや日本スポーツ振興センターなどは、トップレベルの選手や指導者を対象にした相談窓口を設けています。

ここまでは五輪に出場するようなトップ選手の話ですが、むしろガイドラインや相談窓口が機能しておらず深刻なのは、学校の部活動や地域スポーツ、サークル活動など、一般のスポーツの場だといえます。

進学や就職に影響するから...

スポーツの世界は仲間意識が強いうえに、進学や就職にスポーツの成績が影響することがあります。

大学で野球部に入れなくなるからこの試合に絶対に勝たなければいけない、といったプレッシャーが発生します。問題が起きて出場停止処分になったりすると、仲間の進学に差し障ります。だから告発はするな、という圧力につながります。

また、学校の部活では今でさえさまざまな事件が起きているのに、働き方改革の関係で、外部指導者の活用が検討されています。教員の長時間労働が問題視されている中で、競技経験のない先生が顧問をしている実態があるからです。

しかし、月5、6万円程度の待遇で、外部指導者が質の高い指導ができるかどうかという懸念があります。

現状でも大学では、部活の顧問が法的にどういう地位になるのかは、大学や種目によってもさまざまです。ボランティアでほぼ無償でやっている人、部が部費で雇用している人、大学がコーチとして雇っている人、大学の職員、非常勤職員、教授や准教授が指導しているケースなどさまざまななので、責任の所在を明確にしなければなりません。

おかしな指導には選手がNOを

暴力的な指導については、繰り返してやる指導者も一定数おり、別の学校に異動しても同じような事件を起こすことがあります。単に机上の研修ではなく、実効性のあるハラスメント研修をする必要があります。

体操協会の件では、競技団体の閉鎖性も明らかになりました。第三者委員会のような機関が必要ですが、競技団体ごとに構築するには、信頼できる委員を選ぶ必要があり、時間もお金もかかります。

私は、若い選手の側、生徒の側の意識を高めることが、スポーツ界のハラスメントをなくす一つの処方箋ではないかと考えています。おかしい指導には多くの声をあげられるようにし、こんな指導法はダメなんだ、ということが広く知られていかなければ、10年後も20年後も、スポーツ界は変わらないのではないでしょうか。