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自分の市場価値を知っていますか? 早く帰るのは実はとても厳しいことだった

働き方改革・白河桃子さんと両立支援・堀江敦子さんの対談。【後編】では、生産性、評価など現場のマネジメントについて考えます。

対談の【前編】では、女性と企業の意識のミスマッチが浮き彫りになった。先回りして配慮する「女性に優しい会社」から、多様な人材が活躍できる会社に、どうすれば変わっていくのだろうか。

政府の「働き方改革実現会議」などの委員を務め、『御社の働き方改革、ここが間違ってます!』などの著書があるジャーナリストの白河桃子さんは「働き方改革はマネジメント改革だともいえます」と断言する。

ワークとライフの実現を目指す事業を展開する会社「スリール」社長の堀江敦子さんとともに、人を伸ばすマネジメントについて語ってもらった。


たまったメールで知る「置き去り感」

白河 働き方改革について経営者層を対象に講演すると、現状に危機感をもっていることがよくわかります。で、どうすれば? というところで、思考が停止してしまう。経営者層にとっては長時間労働が当たり前で、それで成果を上げてきた実績があるので、意識改革をしづらいのは当然ではあります。

堀江 「改革しなきゃ」と思っても、部下がついてきてくれるのか不安でゴーを出せないというのも経営者の本音でしょう。経営者層はいずれ代替わりしますが、サステナブル(持続可能性が高い)な会社になるかどうかは、30〜40代のミドルマネジャークラスが最も危機感を覚えるところです。トップダウンで進めるにしても、ミドル層がトップ層に「変えてほしい」と後押しするのが効果的です。

2016年に「育ボスブートキャンプ」という管理職向けの体験型プログラムを開発しました。ミドルマネジャーが、子育て中の社員の家庭に「インターン」し、4日間の育児体験をするというものです。

マネジャーにはまず、午後5時に帰ってもらいます。子どもの親に代わって保育園に迎えに行き、買い物に寄って料理して、洗濯物や宅配食材を取り込み、子どもと遊んだり宿題をみたり、子育て家庭の日常そのものを体験します。

まず、午後5時で帰ることがどれだけ大変かがわかります。慌ただしい時間帯に電話がきたときの焦りや、退勤してから大量のメールがたまっていることに気づいたときの取り残された感覚を味わいます。

仕事も子育てもどちらもやろうとするとき、こんな思いを毎日していて、この会社で働き続けたいと思えるのか。それでサステナブルな会社といえるのか。ミドルマネジャーをはじめ、時間制約なく働ける状況にいる人たちも、この時間以降はメールを送ってはいけない、みんなで長時間労働をやめなければ、と気づくことになります。

白河 働き方改革を推進するときには、マネジャーのやり方が問われます。よく、早く帰るために個人の生産性を上げろとハッパをかける上司がいますが、生産性を高めて短時間で成果を出したら、残業代が出ないので給料が減るわけです。得じゃないことは誰もやらなくなるので形骸化します。働き方改革は単なる手段なのに、目的化してしまっていることが少なくない。

堀江 子育て体験で午後5時に帰ることも重要ですが、この体験は同時に他者を理解することもやるので、今までいかにメンバーを見ていなかったか、マネジャーはガツンとショックを受けることになります。今まで、マネジメントとは売上を上げるためにメンバーの配置を替えることだと考えていた人たちが、個人の特性を生かして利益を出す必要があるという意識に変わっていく。メンバーがどんな状態にいるのか、何を考えているのか、真剣に声を聞こうとするようになります。

白河 制度を導入するだけでなくて、1年くらいかけて全体の風土が変わるところまでもっていかなければなりませんね。では、制度(アクションチェンジ)が先か、意識啓発(マインドセット)が先か、という点ですが、実はアクションを先に決めたほうが成功することがわかりました。

残業させる上司に厳しい部下

白河 著書『御社の働き方改革、ここが間違ってます!』で取り上げた、大和証券の例があります。2007年に当時の社長のもと「19時前退社」を例外なく実行することになりました。

多くの中間管理職の「長時間労働をして今の自分の地位がある」という意識を変えるのは難しいので、まずはアクションを決めたわけです。このとき、育児中などの社員に限定せず、全社員を対象にしたのは大きなポイントだったと思います。最初は役員以下、全員が大反対だったそうですが。

「19時前退社」を始めてすでに10年近くになり、入社したときから19時前退社が当たり前という社員が増えています。労働時間がイレギュラーに伸びることは、彼らにとっては大学院や保育園の迎えなど次の予定に遅れることであり、大問題なのです。彼らは、残業を指示する上司を「労働時間の管理が甘い」と厳しく評価します。先にアクションを決めて、マインドが変わったという典型例です。

堀江 2時間だったミーティングを30分にするなどのアクションを起こし、やればできるという成功体験が積み重なると、意識はおのずと変わっていきますね。すぐに変わらないからといってやめるのではなく、3〜5年はかかるという前提で進めます。圧倒的に変わったという成功体験を持った人たちに、会社の中で発信をしてもらうのもいいと思います。

白河 ちゃんと働き方改革を推進している会社は、進捗をこまめに調査・発表していますね。よくなったところは報告する。悪いところも開示し、対策をとる。富士山でいうといま何合目にいるのか定点観測しています。時には、富士山の上からどんな景色が見えるかも考えないといけません。「明日の働き方」というとみんな「ちょっと無理!すぐに変えられない!」となるので、「30年後の働き方」にまで視点を高くすると、共有できるビジョンが広くなります。

堀江 わが社でも「働き方ミーティング」をやりますが、業務や業績について話すのではなく、社員それぞれが自分のなりたい姿をワークもライフも含めて考え、共有しています。そのなりたい姿を実現するために、部署のメンバー全員が「どんな改善策を実践するのか」を考え、主体的に働き方を変えていくことがねらいです。

同じ会社で目標を達成して利益を上げていく人たちが、同時に人間としても喜びを感じながら生きていくためにはどうしたらいいのだろう、ということも考えます。これを「関係性の質の向上」と呼んでいます。多くの外資系企業などは、マネジメントの重要な項目として実践しています。

あの人は早く帰って何をしているのかとか、仕事と生活をどのように両立したいのかとか、自分を含め、いろいろな人の「こうなりたい」ということを理解することで、自律的に動くことができるようになります。

弱みを見せられるチームは生産性が高い

白河 グーグルでは「生産性が高いチーム」の5条件を研究しています。最も重要な条件は「心理的安全性」が高いことでした。心理的安全性とは、チームメンバーの誰もが発言しやすく、失敗するリスクも取れるなど、本来の自分が受け入れられる安心感です。

日本では、男性だけの職場はダイバーシティーがないとされてきましたが、その男性たちの中でも病気だったり、不登校の子どもがいたりと、いろいろな状況の人がいます。多様な事情を抱えているのに周囲に共有していなかっただけなんです。

自分の弱みをメンバーに見せられないというのは、心理的安全性がすごく低いということ。メンバーに受け入れられている安心感がなければ、自由に意見を言えないのでイノベーションが起きにくい。ダイバーシティーと同時にインクルージョン(包摂)が重要なのは、このためです。これから求められるのは、長時間働いて大量生産することではなく、イノベーションを起こして付加価値のあるサービスを提供するということだからです。

多様な人材をどう評価する?

白河 同じような製品をたくさんつくるのではなく、発想力によっていいものをつくる場合、成果の評価も「量」から「質」に変わります。AさんがつくったものとBさんがつくったものの、どちらの「質」がよいかを判断するのは誰なのかという問題が出てきます。そもそもAさんとBさんを社内で比べて評価すること自体がどうなのかという議論にもなります。

人材や、組織の「関係性の質」が成果に大きくかかわってくるので、人材育成や組織をマネジメントする人たちのこともしっかり評価しなければなりません。会社のリソースの多くを評価に使うようになるでしょう。最終的に働き方改革が直面するのは、多様な働き方をする人たちの評価と報酬の問題です。

「100人いたら100通りの働き方があっていい」がモットーのIT企業サイボウズでは、紆余曲折の末、人事評価制度を変え、社員の給与を「市場価値」で決めています。そうすると、転職エージェントに登録して自分の市場価値を確認したり、他の会社で自分に高い値段がついたので給料を上げてください、と言いにきたりする人が出てくるんですね。

それは実はすごく厳しいことで、年齢とともに自動的に市場価値が下がる職種もありますから、会社の仕事をするだけでなく、研究や勉強を常にしなければならないわけです。そうやって社員は自己研鑽して、自分の価値が減らないように常に気にするようになります。

堀江 もともと自律性が高い社員が集まっている会社だと回りますが、一般的には、まず自分で考えて動ける人を育てるところから始めなければなりませんね。これまで自分の意見を言ったり交渉したりする教育を受けておらず、それで認められた経験がないので。自律的に働ける社員を育成することと、その評価ができることが会社には求められますね。

白河 会社は優秀な人材を留め置くために、他社よりも働きやすい環境などを用意するようにもなります。働き方改革が最終的に行き着くところは、他律から自律量から質時間と場所が一律な働き方からの多様性へ。この3つが達成されることですね。


白河桃子さんと堀江敦子さんの対談の【前編】はこちら。

女性はモヤモヤだけでやめていく。両立支援を間違える会社はここがズレている