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#好きだから好き 「性」とともにある、真剣な恋とか愛とかのお話

婚姻届や指輪や子どもではない「証」を描いてみたかった

LGBTの映画? 違う。これは恋の映画だ。それも、とてつもなくピュアで、ずるくて、切ない恋の。

自らのセクシュアリティに翻弄され、どちらかというと、男性ではなく女性として生きる人たちが、とことん恋をして、美しくあろうとする映画「恋とボルバキア」。

小野さやか監督は、自身が「彼女たち」と呼ぶ登場人物のプライベートに密着し、どんな姿を撮ろうとしたのだろうか。

BuzzFeed Newsは、カメラを通して揺らいでいった小野監督の気持ちを、そのまま聞いた。

秒で出演を断られた

「女装がブームだから、撮ってみたら?」

小野監督は2013年、制作会社の社長に言われ、女装男子が集まるイベントに参加してカメラを回し始めた。

「男なんですか? 女なんですか?」

そんな質問をしてしまい、秒で出演を断られたこともある。オネエやニューハーフといった一面的な取り上げ方に、イベントの参加者たちは怒っていた。

「メディアは好きじゃない。私たちをバカにしていい存在として扱うから」

ドキュメンタリーの作り手としての意地に火がついた。難しいテーマだという認識はあった。こちらが心をさらけ出さないのに相手にさらけ出してはもらえないと、自身のデビュー作を見てもらった。20歳のとき、自分の家族を次々と壊していく過程をドキュメンタリーで撮った衝撃作「アヒルの子」だ。

「もちろん、カメラを向けた時点でこちらがちょっと優位に立つんだけれど、できるだけ平等な関係性で撮りたかったんです」

生傷に触り続ける

しかし、レンズを通して向き合うのは、自らのセクシュアリティをなかなか肯定できず、自己否定を繰り返して屈折し、ヒリヒリとした生傷を今なお抱えている人たちだ。

言葉や気持ちの揺らぎ、受容と拒絶、演出かありのままの姿かーー監督として「撮れ高」も気にしながらの撮影は苦行で、這うようにして現場に行くこともあった。

「自分の力を超えるものに向き合い、どんなふうに表現すればいいかわからなくなってしまって。彼女たちの人生......孤独だったり、悲しみを秘めていたり、愛を渇望していたりする部分をちゃんと表現できるのか、すごく怖かったんです」

半年かけて撮影し、2013年にテレビ番組を放送した。本質的なものが映像に投影できなかった気がして、その後もゴールもないのに撮り続けていた。

セクシュアリティは自分からは遠くて難しいテーマだと感じていた小野監督が、どっぷりと感情移入した出演者が、みひろだ。

彼女の刹那的な恋を、自身の叶わぬ恋と重ねていた。

「共感できるテーマが『恋愛』でした。結婚指輪や子ども、婚姻届など、いわゆる”証”にならない”何か”を描きたかったんです」

「ちやほやされたら、うれしいじゃん」

大阪に住むみひろは、平日はスーツを着て出勤するサラリーマン。週末の女装が「仮の姿」だったが、いまでは逆になった。女性の姿でいるほうが堂々と街を歩ける。男性の姿でいるときは、楽しくもなんともない。

「何の取り柄もなかった自分が、この世界だと、ものすごく輝いていられる。そういう自分を認めてくれるのが、男性だった。だってさ、努力すればするほど認めてもらえるわけじゃん。かわいい、キレイって。今までの人生、ちやほやされて生きてきてないから、うれしいじゃん」(みひろ)

生まれたとき、体が小さかったみひろに「大起」と名付けたという母親は、「今日どっちやろうか、どっちの姿やろうか」とそわそわしながら、みひろに会いに行く。化粧をして着飾っていくみひろを、両親は目を細めて見つめる。

みひろは離婚した元妻と話すときに、嫉妬心を隠さない。

「身近におしゃれな女性がいると、私もかわいい服を着たい、服を着るために化粧をしたい、と思ってしまった。それだけ」

みひろの叶わぬ恋の相手は、東京に住む編集者の男性だ。彼には彼女がいると知っていて、「男は手料理に弱いから」と肉じゃがを作る。「ひそかに想いを寄せるだけでいい」とつぶやく。

小野監督のカメラは、曖昧な恋の行方を容赦なく追っていく。

「映画は、10年後も20年後も残ります。彼女たちの若くて一番美しいと思っている時期を映像に残せるのは今しかない。撮影のためにお化粧や髪型をきちんとして努力してくれていたのを知っていたので、一番きれいで切ない部分を映画の中に記録したかった」

「私もプロポーズを受けたい」

登場人物は次々と切り替わる。

蓮見はずみは、妻と子どもと別れ、父親の役割を捨て、女性として生きる道を選んだ。

はずみと付き合って2年になるじゅりあんは、子どもがほしい。「偽物レズビアン」と言われてもいる。

はずみに「男性と一緒にいたほうが自分が女性に見える」と言われたことを、じゅりあんは気にしていた。

「はずみちゃんの中に、理想の男女関係や、女性的なイメージがあるんだと思う。世の中の女の人は男の人にいろいろやってもらっている、というような。私は身長も小さいし、もともと女性で、男にはなれないし、どうしようもなくて」

クリスマスに2人は指輪を交換した。「この指輪の意味は?」と問うじゅりあんに、はずみは「意味なんかいらない」と苛立った。

「はずみちゃんはプロポーズを受けたいんだろうけど、私も受けたい」

「男にならなきゃ、男の役割をしなきゃ、でもそうすると、自分が自分じゃなくなる。周りからは離れてみたらと言われたけど、離れたら終わり。男の人に行かれたら終わり」

30歳前後の彼女たちが集まると、出産や仕事について答えの出ない話が続く。恋愛ではどちらかが”男”にならない限り、幸せは積み重ねられないのか。そんなことない。34歳の小野監督は、自分の悩みと「変わんないっちゃ、変わんない」と言い切る。

つまり、自分の願望と相手の願望、どちらを大事にする? ということ。恋愛の、シンプルかつ永遠に続く問いだ。

「なぜ、わざわざ女になりたがるのか」

小野監督は撮影当初、素朴な疑問を持っていた。

「社会的には男性のほうが優位なのに、なぜ女性になりたがるのか。男性のほうが給料も多いし、黙っていても地位が上がっていくし、進学や就職などの親の期待も男性のほうにある。優位な条件が揃っているのに、なぜわざわざ女性になりたがるのだろうという関心が、最初はありました」

しかし、出演者の「女でありたい」という思いの強さに触れ、小野監督は、自分が女であるというだけで彼女たちより優位にいるという立場に気づくことになる。

「目覚めた瞬間に、自分の顔を鏡で見てどれだけ絶望するか、女として生まれたあなたにはわからない」(はずみ)と言われた。

「女であることが当たり前だったし、むしろ煩わしかったけど、別の視点から見ると思っていたよりもずっと恵まれていたのだとわかりました」

彼女たちの「女性よりも美しくありたい、美しくあらねばならない」という競争心や自意識までも、カメラはとらえて逃さない。

女性グループで自分だけが声をかけられた、お金持ちに愛された、痴漢に遭うくらい女らしさを認められた......。いかに女性として"幸せ"であるかという点で優劣を競い合う。

セクシュアリティとしての”女”に憧れる彼女たちには、ジェンダーとしての”女”の劣位性は見えていない。無意識に、周りの女性を傷つけることさえある。でも、彼女たちの問題はあくまでセクシュアリティのほうなのだ。

「女装している相手に『違うんじゃない』というのはおかしいと思います。ただ、自然にしたくてそうしているんだから」(小野監督)

女性だって女装している

では結局、なぜ女性になりたがるのかという問いの答えは見つかったのだろうか。

「その問いに意味はなかったのかな。結局、そういう垣根を取り外したかった。自由になりたかったということですから」

「社会的に、男なの女なのどちらなの、と問われるストレスがなければ、彼女たちは女装しなくてもよかったのかな、と思うこともあるんです」

生まれたときに男性の体を持っていた彼女たちは、女性として見られるために、女性の格好をしなければならない。化粧をし、短めなスカートとニーハイソックスをはき、女性が日常的にしないくらい過度に女らしさを添えなければならない。

「女であり続けなければならないというのは、”社会から女として見られる女”であり続けなければならないという窮屈さを含んでいると思うんです。そういう意味では、女性の体で生まれた私も、いつも女装しています」

本当の自分ってなんだろう?

お茶を出さなきゃいけない、料理を作らなきゃいけない、受け身で指示通りに動かなきゃいけない、男性を立てなきゃいけない、女らしくあらねばならない......無意識にカテゴリーに収まろうとすることは誰にでもある。気づいたときに、そうしていた自分にうんざりすることも。

「しんどいのは、男、女という性差だけじゃなくて、兄、弟、夫、父親、息子といった関係性の役割もすごくあるんですよね。本当の自分ではない役割を演じなければいけない息苦しさを、多くの人が経験しているのではないでしょうか」

50代の相沢一子さんは、出稼ぎのタクシー運転手として3人の子どもの学費を稼いでいる。結婚後、封印していた女装を、東日本大震災のあとに再開する。バリアフリートイレに入り、年季の入ったイギリス製のコルセットをきつく締め、女性の姿になって高尾山に登る。

とても窮屈そうなスタイルだけど、高尾山から眼下を見晴らす一子さんの表情は、最高に清々しい。


BuzzFeed Japanは東京レインボープライドのメディアパートナーとして2018年4月28日から、セクシュアルマイノリティに焦点をあてたコンテンツを集中的に発信する特集「LGBTウィーク」をはじめます。

記事や動画コンテンツのほか、5月1日にはLGBT当事者が本音を語るトークショーをTwitterライブで配信します。

また、5〜6日に代々木公園で開催される東京レインボープライドでは今年もブースを出展。人気デザイナーのステレオテニスさんのオリジナルフォトブースなどをご用意しています!

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