親子の間に何があったかを知るべき人たちがいる。"個人情報"で命を守る方法とは

    児童虐待の対応件数が増え続ける中で、児童相談所の職員は何を優先するべきなのか。

    東京都目黒区の自宅で2018年3月、当時5歳だった船戸結愛ちゃんが食事を与えられず亡くなった事件。保護責任者遺棄致死などの罪に問われた義理の父親の雄大被告の裁判で、しつけと称した暴力に歯止めがかからなくなっていった様子が明らかになった。

    家庭という"密室"で子どもが命を奪われる事件が相次いでいる。

    千葉県野田市では2019年1月、10歳の栗原心愛さんが父親に暴行され、亡くなった。札幌市では6月、2歳の池田詩梨ちゃんが衰弱死。鹿児島県出水市では8月、溺死した4歳の大塚璃愛来ちゃんの体から複数のあざが見つかった。

    いずれも、児童相談所や役所、警察などが関わっていたにもかかわらず、命を救うことができなかった。

    「子どもの命がかかっている。もう、大人ができない言い訳をするのはやめましょうよ」

    そう話すのは、ソフトウェア会社「サイボウズ」の青野慶久社長だ。児童虐待に直接的に関与する機関ではない民間企業が、悲しい事件を繰り返さないために取り組みを始めた。

    「僕らが解決すべき問題がある」

    青野さんが児童虐待防止の取り組みや発信を始めたのは、結愛ちゃんの事件への行政の対応を知ったことがきっかけだった。

    結愛ちゃんの事件では、香川県の児相が介入していたが、目黒区に転居した際の引き継ぎが不十分で、両児相のリスク評価も甘かったことが、厚生労働省の専門委員会の検証報告書で指摘されていた。

    厚労省が、児童相談所の情報共有の方法をそれまでのファックスからメーリングリストに見直す方針を示したことを受け、青野さんは2018年6月21日、サイボウズのクラウドサービス「kintone」を児童相談所などに無償で提供すると発表した。


    青野さんは今回、BuzzFeed Newsの取材に改めてこう語った。

    「亡くなった子どもたちには、いろいろな立場の大人が接していました。学校の先生、病院の医師、児童相談所、警察、近所の人たち......。それぞれが持っていたのは断片的な情報でしかなかったでしょうが、集めれば明らかに問題だとわかったはず」

    「情報共有ソフトを提供している人間としては、これは僕らが解決すべき課題だと思ったんですよね」

    児相同士の情報共有ツールとしてメーリングリストを使うとのこと。お金がないのはよくわかったので、kintoneなどの児相向け無料プランを用意します。より効率的で質の高いIT化を進めてください。 https://t.co/eS4OaAAD28

    通常、ファックスもメーリングリストも一方通行の発信で、リアルタイムの情報共有をしづらい。個別送信か、あらかじめ決められた送り先への一斉送信であるため、情報共有の範囲を柔軟に変えることも難しい。

    業務管理に利用されているkintoneは、関係者間でデータベースを共有し、案件や進捗を管理したり、リアルタイムで双方向のコミュニケーションをしたりすることができる。

    青野社長が無償提供を発表してから1年。

    約20の自治体から問い合わせがあり、最初に京都府南丹市が、要保護児童対策地域協議会(要対協)の情報連携システムとして、kintoneを導入した。

    市役所と一部の学校、保育所で5カ月間の試験導入を経て、2019年7月から本運用を始めた。

    どんな仕組みなのか

    kintoneは「エクセルが使える程度」であれば誰でも業務アプリを作成でき、スマホやタブレットからでもアクセスできるクラウドサービス。

    データの更新がリアルタイムで反映され、いつ誰がどこを更新したかがわかる履歴もつく。ゲストとして招待されたユーザーは、ゲストスペース内の情報しか閲覧できない。コメントを書いて関係者に通知を飛ばすこともできる。

    例えば、児童相談所の職員が子どもの家庭に訪問したが不在だった場合、「不在でした」と報告すると、別の担当者が「では夜8時にもう一度行きましょうか」「私が行きます」などと、引き継ぎの状況が関係者の間で共有される。

    また、学校が子どもの様子を定期的に児相に報告する場合も、そのつど文書にまとめて送ったり電話したりするのではなく、教員がシステム上に書き込むことで、過去の報告と合わせて管理でき、経過がわかりやすい。

    「先生が直接書き込むので、聞き違いなどがなく、会議のときにはそのまま印刷することもできます」と、サイボウズの虐待防止チームの渡辺清美さんは話す。

    事務作業の時間を子どもとの時間に

    厚生労働省によると2018年度、児童相談所による児童虐待の相談対応件数は15万9850件で、過去最多となった。

    虐待の対応件数は増え続けているのに、経験や専門性のある児童福祉司が不足しており、現場の負担が大きいことが指摘されている。

    渡辺さんは、細かい判断をするためだけに、担当の児童福祉司が1時間かけて移動し、会議に参加していたという話を聞いたという。一時保護した子どもの受け入れ先の児童養護施設を見つけるために何度も施設に電話をかける作業も、職員の負担になっている。

    子どもの命がかかった対応には、丁寧なコミュニケーションが求められる。だからこそ、便利なツールをうまく利用し、本当に必要な時間を捻出することが必要だ。

    青野さんは力を込めてこう話す。

    「児童相談所の職員は、事務作業や連絡調整にどれだけ時間を奪われているのでしょうか。その時間を子どもに向き合うために使ってあげてほしい」

    なぜ、広まらないのか

    南丹市子育て支援課によると、試験運用では、事務作業を省力化し、状況を把握するうえで取り違いや思い違いがなくなる効果があったという。

    「事務作業を減らせるぶん、職員が現場対応の経験を積み、的確な判断ができるようになることを期待しています」

    「連携については顔の見える関係が大事です。これからも電話や対面で声を交わしていきながら、時間や距離を補うためのツールとしてシステムを活用していきます」

    だが、南丹市でもまだ、肝心の児童相談所や警察、医療機関との連携はできていない。

    ハードルの一つは、行政機関どうしの管轄をめぐる問題だ。

    児童福祉法は、都道府県と政令市に児相の設置を義務付けている。中核市や東京23区でも児相設置の動きが進んでいるものの、設置主体が自治体ではない場合、自治体でシステムを導入しても児相を同時に巻き込みづらい。

    また、すでに総合行政ネットワーク(LGWAN)で行政専用の情報共有システムを活用している自治体は、それとの連携が課題になっている。

    警察庁は、児童虐待が疑われる情報を全国の警察が共有するためのデータベース化を進めている。

    自治体レベルでの組織を超えた連携を模索するのか。同じ行政組織内で広域をカバーするのか。

    虐待の疑いのある親子の転居先さえ把握できていないような現状で、旗振り役のはずの国の担当省庁が縦割りであることも、情報共有のハードルになっていないだろうか。

    「大事な個人情報だからということで共有されてきませんでしたが、それでは問題解決にはなりません」と青野さん。

    「僕たちも営業するときはお客さんのことをたくさん調べていくわけで、本当に子どもを救いたければ、その子のことをいっぱい知らないといけない。業務上必要な個人情報は、共有しなければならないと思います」

    船戸雄大被告の裁判の報道によると、香川県の児童相談所の職員は、結愛ちゃんを一時保護した際、「自分のしつけは正しい」と延々と説明して暴力を正当化する雄大被告に「あぜんとした」と証言

    一方、母親の裁判では、引き継いだ品川児相の職員が証言し、結愛ちゃんとの面会を拒まれても「少しずつ関係を作ったほうがよいと考え」、玄関先で約5分で立ち去ったことを明らかにした。

    子どものことを助けたかったはずの関係者の間で認識がすれ違っていた間に、しつけと称した暴力はエスカレートしていった。

    10月7日、雄大被告には懲役18年が求刑された。