Updated on 2019年2月26日. Posted on 2019年2月26日

    「おかえり」とドアを開ける場所で、事件は起きた。児童養護施設が"実家"であるために

    施設長が元入所者に刺されて死亡した。そこは子どもたちが暮らす場所だった。

    東京都渋谷区の児童養護施設の施設長(46)が2月25日、3年前まで施設に入所していた男(22)に刃物で襲われ、死亡した。

    報道によると、男は「施設に恨みがあった。関係者なら誰でもよかった」と供述しているといい、関係者の間で衝撃が広がっている。

    「子どもたちが生活する場所で起きた事件。他の児童養護施設も、子どもたちや職員のケアに追われています。施設や退所者への偏見が広がらないようにしたいです」

    そんな思いから事件直後にメッセージを出したのは特定NPO法人ライツオン・チルドレン。渋谷を拠点に、児童養護施設などで暮らす高校生や退所者に向けた支援をしている。BuzzFeed Newsは、理事長の立神由美子さんと事務局の石井宏茂さんに話を聞いた。

    時事通信

    児童養護施設がさらされる偏見

    児童養護施設は、親の死亡や病気、虐待、経済的事情などで家庭で暮らせない子どもが生活する施設。原則として18歳未満が対象となっているが、2017年からは必要に応じて22歳まで住居や生活費を提供している。

    しかし、児童養護施設がそもそもどんな施設なのか知らない人も少なくない。

    「少年院のようなイメージをもつ人や、児童相談所と混同している人もいます」と石井さん。児童養護施設の職員でもある立神さんには、こんな経験があった。

    「児童養護施設を小規模化し、一軒家を借りて家庭の雰囲気に近いグループホームをつくる方向で進めていますが、物件を探すとき何十件も断られたことがありました」

    虐待を受けた子どもの中には、心に傷を負い、仕事を長く続けることができなかったりコミュニケーションが難しかったりする子もいる。家族からの援助も受けられない。施設を退所してすぐに経済的、精神的に自立することが難しいため、自立援助ホーム(下記の表参照)に入居して働いたり、育った施設に定期的に面談に行ったりするなど、継続的な支援が必要だ。

    Akiko Kobayashi / BuzzFeed

    自立して戻ってきた子どもを迎えたい

    今回、一部の報道で「容疑者は施設の玄関から侵入した」とあった。住居侵入罪は正当な理由なく他人の住居に侵入した際に成立するものだ。今回の事件の詳細はわからないが、退所者が入居していた施設を訪ねることは「侵入」という言葉のイメージとは違う、と立神さんは話す。

    「どんなにセキュリティがしっかりしている施設であっても、退所者が訪ねてきたら、職員は必ずドアを開けるでしょう。子どもにとってみれば育った施設は実家のようなものです。子どもが自立して戻ってきたときに『おかえり。元気だった?』と声をかけるのは、職員にとっても自然なことです」

    「18歳で基本的に施設を退所することになりますが、日本ではまだ未成年です。20歳になるまでは保護者の後ろ盾がない子どもたちにとって、不便なことがたくさんあります。社会に出るための準備をしてあげることが、スムーズな自立に繋がります」

    「その子が抱えている課題が、施設にいて守られているときには見えていなくても、施設を出て一人になったときに出てくることがあります。虐待のフラッシュバックが出てくることもあるので、児童養護施設はいつまでも子どもたちの拠り所として機能していくべきです」

    Lights On Children

    ライツオン・チルドレンでは、児童養護施設を退所する子どもたちの自立支援のため、パソコン講習会を開いている。

    ネットカフェで生活

    今回の事件の容疑者は、2012年3月から2015年3月まで同施設に入所していた。

    毎日新聞によると、高校卒業後に施設を出て、郵便局関係の仕事につき、施設の職員が保証人になったアパートで1人暮らしをしていた。2018年9月に家賃未納などからアパートを退去してからは住まいを転々としていたとみられ、事件直前はネットカフェで生活していたという。

    立神さんは、この容疑者のように施設を退所してから「仕事がない、住むところがない」という悪循環に陥るケースは少なくない、と話す。

    「施設を出るときには、仕事と住居の両方を決めますが、行き詰まって仕事を辞めてしまうと家賃が払えなくなり、住むところを失ってしまいます。住所がないと仕事が決まらないので、風俗で働いたりネットカフェで過ごしたりする子がいます。施設の職員が自腹を切って食事を提供したり勤務時間外で相談に乗ったりしているのが現状です」

    パンク状態の施設

    厚生労働省は児童養護施設を退所したあとの自立支援のため、アフターケア事業に補助金を支給。東京都は児童養護施設に自立支援コーディネーターを配置し、住まいや仕事の相談を受けたり、子どもが気軽に集まれる場所を提供したりしている。

    ただ、対象はすべての退所者となる。いま入所している子どものケアも必要ななかで、職員不足や資金不足により、十分なフォローができていない施設もある。児童虐待に注目が集まっている今はなおさらだ。

    千葉県野田市で小学4年の女の子が死亡し、両親が傷害の疑いで逮捕された事件を受け、安倍晋三首相は2月8日、1カ月以内にすべての虐待事案の緊急安全確認をすることを表明し、厚生労働省が各所に呼びかけた。

    立神さんによると、東京都内ではこれまでも児童相談所の一時保護所がいっぱいで、児童養護施設や里親に一時保護の依頼をしていたものの、さらに拍車がかかっているという。

    「児童養護施設もいっぱいいっぱいです。さらに事件が起き、職員と子どもたちの心のケアに最優先で取り組まなければなりません。そんなときに各施設には発信する余裕なんてないけれど、児童養護施設のことが偏見をもって伝わらないよう、NPOである私たちがメッセージを出させていただきました」

    社会で子育てドットコム / Via shakaidekosodate.com

    ライツオン・チルドレンは事件当日、サイト「社会で子育てドットコム」でメッセージを発表した

    ライツオン・チルドレンによるメッセージは以下の通り(抜粋し、一部表現を変えています)


    児童養護施設は、虐待や経済的事情、親の病気などの理由で親と一緒に暮らせない子どもを預かり、養育する施設です。子どもが親と再び一緒に生活できるように、職員は家族や親族とも相談を重ねますが、一定の年齢(原則18歳)になると施設を退所しなければなりません。

    施設を退所した後、一人で生活をしていて、人間関係や仕事で壁にぶつかり生活に行き詰まるケースが多かったことから、現在では児童養護施設が退所後の相談などの「アフターケア」に取り組むことになっています。退所者が気軽に訪れ、相談ができる場所になろうと施設が努力をしている中で、今回の事件が起きてしまいました。

    児童養護施設を退所した人に向けた相談窓口や居場所作りの取り組みは、児童養護施設や「自立援助ホーム」のほか、私たちのような非営利法人や当事者団体などが行っています。相談機関の方々や退所者の周囲にいる一般の方々が、今回の事件によって動揺せず、引き続き退所者の相談に乗り、寄り添いながら、効果的な対応策を一緒に考えていくことが大切だと思います。

    一方、今回の事件により、児童養護施設のこと、そこで暮らす子どもたちのこと、退所者たちが置かれている状況に対して、世間の関心が高まることが予想されます。今回の事件が、児童養護施設や退所者に対する偏見を助長するのではなく、理解を深める方向に進むことを願います。私たちは引き続き、児童養護施設等に協力をお願いしながら、「社会で子育てドットコム」などを通じた情報発信に取り組んで参ります。

    事件が起きた施設を含め、児童養護施設は子どもたちの生活の場であり、頼れる親族等がいない子どもにとっては実質的な「実家」となるべき場所です。児童養護施設で事件があった時、その背景を取材し報道することは大切ですが、取材活動が子ども達に与える影響を十分考慮されるよう、報道機関やライターなどの皆さまにお願い申し上げます。


    Contact Akiko Kobayashi at akiko.kobayashi@buzzfeed.com.

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