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牛乳アレルギーと闘っていた母娘に何があったのか 「懸命な子育て」が一線を越えるとき

過去最多の10万件を超えた児童虐待の相談件数。ルポライターの杉山春さんは、こうあるべきという型に過剰に適応しようとする、親たちの危うさを指摘する。

牛乳アレルギーがある長女(5)に、母親(35)は紙パックの牛乳を飲ませた。12月11日、午前9時ごろのことだ。娘が呼吸困難になって苦しみ始めると、症状を和らげる薬を注射し、自ら119番通報した。警察は「未必の故意」による殺意があったと判断し、殺人未遂容疑で母親を逮捕した。

母親と娘は二人暮らしだった。医師の指導を受け、娘にアレルギー耐性をつけるために微量の牛乳を飲ませる治療を普段からしていた。母親は児童相談所や警察署に「育児に悩んでいる。子どもを預けたい」などと何度も相談していた。

食品表示で原材料を確かめ、レストランでは店員に材料を尋ね、わずかに混じる乳製品にも細心の注意を払う毎日だったはずだ。わが子が牛乳を摂取することに誰よりも気をつけていたはずの母親が、なぜこんな行動をとったのか。

「懸命な子育て」という危険

親子関係のもろさを描いたノンフィクションがある。

母親になることに強い思いをもっていた芽衣さんは、子育てに熱心だった。布おむつを使い、母乳にこだわった。子どもの思いに寄り添う母親でもあった。

『ルポ虐待ー大阪二児置き去り死事件』より。この3年後、母親の芽衣は3歳と1歳の子どもたちをマンションの部屋に置き去りにした。外に出られないように扉に粘着テープを貼って約50日間放置し、餓死させた。

(真奈の)二回の入院日数は合計三十七日に及んだが、この間、ほとんど雅美一人で付き添っている。簡易ベッドで眠るのだが、ときどき智則(夫)も病室に泊まりにくる。そのときはベッドを智則に譲り、床にバスタオルを敷いて寝た。床が身体に当たって痛く身重の身体にはこたえたが、代わってくれと言うことは考えられなかった。

『ネグレクトー育児放棄 真奈ちゃんはなぜ死んだか』より。この3年後、雅美と智則の夫婦は、3歳の真奈ちゃんを20日間近くも段ボール箱に入れ、ほとんど食事を与えず、餓死させた。

BuzzFeed Newsは、この2冊のノンフィクションを書いたルポライターの杉山春さんに話を聞いた。杉山さんは、厚木市で父親が5歳の長男を放置して死亡させた事件の裁判も傍聴している。

「3つの事件とも、親たちはある時期、真剣に頑張って子育てをしていました。むしろ手の抜き方がわからず、いい加減な子育てができなかった。こうあるべきだと考える子育ての型に、過剰に適応しようとする。端から見れば無理なのに、本人は無理だということに気がつかないのです」

過剰適応とは、周りの環境に合わせようとするあまり、自分の行動に無理が起きることをいう。

母親の能力を試す「物語」

3つの事件の共通点は、貧困や孤立だ。生活基盤すら整っていない状態では、子育てにも無理がかかる。厚生労働省は虐待のリスク要因として「家庭の経済的困窮と社会的な孤立」を挙げる。また、子育ての困難さというリスク要因もある。「乳児、未熟児、障害児など、養育者にとって何らかの育てにくさを持っている子ども」の場合だ。他の子よりも手がかかることに加え、「こうあるべき」というモデルから外れまいとして、親が無理をしてしまうのだ。

子どもの成長が発育曲線から外れると、保健師から母乳や離乳食の指導を受ける。発達障害を個性とみなすのではなく「普通」にしようとする。引きこもりや不登校は、学校に行けるように働きかける。アレルゲンの除去ではなく、アレルギーを克服させるーー。子育てでは常に「適応」が求められ、それこそが親の能力だとみなされる。

アレルギーという死に至る恐怖に常にさらされながら子どもを育てるのは、どれほどプレッシャーだろう。克服させるために微量の牛乳を飲ませ、娘の生命力を試し続ける。母娘が二人きりの部屋で、二人三脚で一歩ずつ前に進もうとしていた。逮捕された母親はFacebookのプロフィールに、娘とおそろいの洋服を着た写真をアップしていた。

杉山さんは推察する。

「少しずつ牛乳を飲ませる治療は、本当にやらなければならなかったのでしょうか。牛乳を飲めるように『なるべき』という価値観に縛られてはいなかったのか。『あなたのアレルギーを私が治してみせる』という物語を生きていた母親が、娘を自分と同一化していたのかもしれません」

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思い通りにならないわが子を拒絶する

「自分の物語を他者に生きさせようとすることは暴力です。ストーカーやDVも同じで、思い通りの物語を相手が生きてくれないときに怒りが爆発します。子どもは、親のつくった物語の通りに生きられるはずはない。そんな子どもを親は拒絶する。つまり虐待やネグレクトをするか、毒親になるかです」

暴力、無視、あるいは過干渉。思い通りにならないというストレスを抱えきれなくなった親は、それを子どもに向ける。

雅美にとって二歳児歯科健診は、この上もなくつらいものだった。ほかの子どもたちは、歩き、走り、言葉を話し、挨拶をしている。真奈はようやくふらふらと歩く程度で意味のある言葉が言えなかった。雅美は真奈は完全に遅れていると認識した。真奈は雅美にとって、母親としての能力不足を示す、恥ずかしい、人に見せられない存在になった。

『ネグレクトー育児放棄 真奈ちゃんはなぜ死んだか』より。母親の雅美は、発達の遅れている真奈を人目にさらしたくないという気持ちもあり、2歳半の真奈を自宅に置いて外出するようになった。

児童虐待の報道があるたび「鬼母」と糾弾する声があがる。虐待する親と虐待しない親は、鬼母か聖母かの違いなのだろうか。懸命に子育てしていたはずの親が子どもを死なせる事件が何度も起きている現実を、どう考えればよいのか。

「子どもを叩いてはいけないということを、親は十分わかっています。わかっているのに、叩く。そうせざるを得ないところまで追い詰められている。子どもを殺してしまった親たちは、その直前のことをよく覚えていません。認知が歪んでしまっている。解離している場合もあります」

雅美は、事件の約一カ月後に、拘置所内で書いたノートにこう記している。

「食事をやらなかったら死んでしまうかもしれないというのは、わかっていたけど今思えば、こわがらずに食事をあげ、ちゃんとしてあげればよかったと思う。けど、その時は、(痩せていく真奈を見るのが)こわくてしょうがなかった……。多分、その時の私は、死んでしまうかもしれないとは思っていて、死んでもいいなんてことは、考えていません。今も真奈が死んでよかったなんてことは決して思っていない。その時の私は多分、それがいっぱいいっぱいだったと思います。(略)」

『ネグレクトー育児放棄 真奈ちゃんはなぜ死んだか』より。

「母親」という呪縛から逃げていい。

「追い詰められたときに親が逃げないと、いっぱいいっぱいになった負のエネルギーが暴力として子どもに向かってしまいます。ダメな自分を許していい、『こうあるべき』から逃げていいんです。ドラマ『逃げ恥』が人気でしたが『逃げる』というキーワードは魅力ですよね。逃げていい。母親を降りていいんです」

杉山さん自身、長男の不登校に悩んだ時期があった。仕事をセーブしたり周りに頼ったりして、もがきながら子育てをしてきた。それでも、20歳になった長男から「お母さんは自分が思う通りに僕を育てようとしている」と言われることがある。どんなに頑張っても、子育てには絶対的な評価も正解もない。ただ「育っている」ことで褒められたり自信を持てたりできるなら、どれだけ楽になれるだろうか。

「弱みを見せられる場所をつくりましょう。思ったほど社会は冷たくないのだ、子どもは子ども自身で育つ力があるのだ、と自分以外を信じることも必要です。出口は必ず、あります」

娘のアレルギーのため食べるものに気をつけていた母親は、友人や知人に娘を預けることが難しかったのかもしれない。ただ、児童相談所や警察署に助けを求めることまではできていた。

事件を防ぐことはできなかった。


Akiko Kobayashiに連絡する メールアドレス:akiko.kobayashi@buzzfeed.com.

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