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「広河さんは結局わかってない」検証報告書を読んだ、セクハラ被害女性の思い

「大きな権力に向けた戦いのなかでは、小さな権力の濫用が過小評価される」。報告書は、地位を利用した性暴力を「代償型セクハラ」と認定した。

フォトジャーナリズム誌「DAYS JAPAN」の発行人だったフォトジャーナリストの広河隆一氏の性暴力やハラスメントについて調査していた「デイズジャパン検証委員会」の報告書が12月27日、公表された。

検証委員会は、2004年から2017年にかけて、性交の強要や裸の写真撮影など17件の被害があったことを把握したとし、「いずれも被害者の合意はなく、意に反する性暴力にほかならない」と結論づけた。

「広河氏が行ったことは著名なフォトジャーナリストとしての肩書きを濫用し、女性たちから自身への尊敬の念に乗じ、権力性を背景に重ねた、悪質な代償型セクシュアルハラスメントであると判断する」(報告書より)

当時、広河氏のもとで働き、被害に遭った女性たちは、報告書を読んでどう思ったのだろうか。


「調査および報告書については、制約の中で真摯に取り組んだ様子が感じられ、ありがたく思います」

BuzzFeed Newsにこう語るのは、大学4年生だった2006年に広河氏の個人事務所でアルバイトをしていて、被害に遭った女性Dさんだ。

イベントの下見のために広河氏と2人で遠出することになり、その道中で抱きしめられたり、指をなめられたりしたという。

「なぜ逃げ出したり声をあげたりしなかったのか、と言われるかもしれませんが、当時は広河さんを心から尊敬していたので、功績をつぶすようなことをしてはいけないと考えていました」

Dさんはアルバイトを辞めた後、他にも被害に遭った女性がいることを知り、「尊敬の念が消えて目が覚めた」という。2017年からの性暴力被害者が連帯するムーブメント #MeToo の流れも後押しして、検証委員会のヒアリングに協力した。

「報告書では、女性たちの合意がなかったことや、『代償型セクシュアルハラスメント』であることが明確に指摘されていました。『強い非難に値する』などと終始、広河氏を突き放す姿勢が貫かれている点も評価できます。ほっとしました」

代償型セクハラとは

「代償型セクシュアルハラスメント(対価型セクハラ)」とは、労働者が意に反する性的な働きかけに拒否や抵抗をすると、解雇、降格、減給、契約解除などをされたり、昇進や昇格の対象から外れたり、不利益な配置転換をさせられたりなどの嫌がらせを受けるセクハラのことだ。

  • 広河氏は当時、デイズジャパン社の社長として強い人事権を持っていただけでなく、「フォトジャーナリズム界の大物」たる地位を確立していた。

  • 年齢も社会的地位も、若い関係者から見ればはるかに「上」で、雇用関係にない者に対しても圧倒的に強い優越的地位にあったことは明白。


報告書は、上記のような状況から、「通常の雇用関係では必ずしも存在しない大きな社会的勢力(対人影響力)が働いていた」とし、「広河氏は、被害者らが自身に向ける敬意につけこみ、またその敬意を自分への性的関心であると勝手に読み替えて性暴力に及んだものといえ、強い非難に値する」とまとめている。

広河氏は「合意があった」と主張

一方、広河氏は検証委員会の調査に、性交があったことは認めたものの「合意があった」とし、性交に至らない性的接触については「覚えていない」などと主張している。

報告書によると、深刻な性被害は、ボランティアやアルバイトをしていた大学生ら、20歳前後や20代前半の若い年齢層に集中していたという。

また、社員も存在を把握しておらず契約書も報酬もない、広河氏が「アシスタント」と呼んでいた女性が複数いたことも明らかになった。広河氏が「アシスタントとして取材に同行しないか」と打診して承諾を得られればアシスタントとして扱われる程度の曖昧な立場だったという。

こうした雇用契約のない女性たちが、社員よりも深刻な被害を受けていたとみられるという。

「広河氏から声をかけられ、アルバイトに誘われた。海外取材に同行するよう言われて承諾したが、現地では2人だけで行動することがほとんどで、事前に聞かされていなかったがホテルが同室だった。連日のようにホテルで性行為に応じさせられた」


「『僕のアシスタントになるなら一心同体にならなくてはならない』などと言われた。『カメラをあげる』『写真をみてあげる』などと言われてホテルに連れていかれ、性的関係を持たされ、何回かはヌードの写真も撮られた」


(報告書よりヒアリング内容を抜粋)


当時20代の女性たちからみれば父親どころか祖父に近い年齢であり、前述のような絶対的な権力関係があったにも関わらず、検証委員会のヒアリングに対して、性的関係への合意を裏付けるような事情を広河氏が説明することはなかったという。

「抑止力が働かない組織だった」

Dさんはアルバイトをしていた当時、広河氏が思い通りに仕事が進まないと癇癪を起こすのをたびたび見かけ、もう一人のアルバイト女性と陰で「クラスター」と呼んでいた。

報告書が広河氏によるパワーハラスメントがあったことについても認定し、「ご都合主義」や「王国」などの表現を使ってその独善性と会社のコンプライアンス欠如を指摘している点について、「その通りだな、と納得できる」と同意している。

「『相手への優越性』を否定し、実際には存在しない『相手との対等な関係性』を自分に都合のいいように場面ごとに主張するご都合主義」


「広河氏がデイズジャパン社という自身の『王国』を作りあげ、そこに自らが絶対的な権限を持つ『王様』のように君臨し、何らの抑止力が働かない組織の中で、人事権を濫用し、日常的にハラスメントを働くなど身勝手な行動を繰り返してきたというのが本質である」


「DAYS JAPAN」の理念に賛同し、広河氏を尊敬してジャーナリストを志したDさんは改めて、失望の思いをあらわにする。

「広河氏に対しては、調査への態度が非協力的なこと、謝罪しないこと、述べている言葉も、結局は全然わかっていないんだなと感じさせられるものばかりです」

「残念を通り越して、言葉が見つかりません。かつて尊敬していたジャーナリストの実際がこんなものだったのかと思うと、改めて失望させられ、悲しいです」

「わかりにくい暴力」

「DAYS JAPAN」は、戦場での女性の性被害など、女性の人権侵害についても精力的に取り上げてきた。

「広河氏が誌面で取り上げてきた女性への暴力は、わかりやすい『あからさまな暴力』である」


「広河氏が被害者らに行ったのは、相手に対する優越的な地位に乗じるという手段によるものであって、外見上は身体的な暴力や虐待、拉致監禁などのあからさまな暴力があったわけではない」


(報告書より)

広河氏が、「あからさまな暴力」がなかったことを理由に「性暴力だとは認識しなかった」と述べていることについて報告書は、「性暴力についての理解が偏っている」と断じた。

最後は「デイズジャパン社の事件から得られる教訓」で結んでいる。

「『社会正義実現のための大きな権力に向けた戦い』のなかでは『小さな権力』の濫用が過小評価され、『その程度のことは大義のために仕方ない』と見過ごされがちになる」


「権力関係は相対的なものであり、大きな権力に対峙する局面では『弱者』であっても、違う関係性では『強者』ということもあるのに、『弱者側』という自意識が強いと、他者への『強者』性の自覚が乏しくなることがある」


(報告書より)


そして、性暴力の被害者が声をあげるのを躊躇するのは、地位を利用した性暴力への理解が不足していたり、性暴力を過小評価したりする「社会の土壌」が背景にある、と警鐘を鳴らした。

「報告書の最後にも書かれている通り、社会の責任も大きいし、広河氏や組織だけに限らず、気づいていながら何もしなかった周囲やそれを許した周囲、またメディア業界の責任も大きいはずです」

Dさんは、調査の結果が「少しでも社会が変わる一助になってほしい」と話している。

広河氏による性暴力については、2018年12月に週刊文春が報じたことで明るみになった。検証委員会による関係者のヒアリングなどの調査が続けられていた。

この報告書の公表まで、およそ1年がかかっている。報告書はサイト上で全文公開されている。