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「あなたを許していない私がここに存在する」。デイズジャパンでの性被害 女性2人に慰謝料

フォトジャーナリストの広河隆一氏による性暴力やパワーハラスメントをめぐり、デイズジャパンに損害賠償を請求していた被害者の2人に、慰謝料などが支払われた。

フォトジャーナリストの広河隆一氏から性暴力やパワーハラスメントを受けたとして、広河氏が代表をつとめていた株式会社デイズジャパン(2020年3月に破産)に損害賠償を請求していた2人に慰謝料などが支払われたことが、関係者の話でわかった。

広河氏による性暴力やパワハラをめぐっては、検証委員会の調査によって少なくとも17件の「深刻な被害」があったとされている。広河氏は「合意があった」「覚えていない」などと主張している。

損害賠償を請求していた2人の女性は、請求が通ったことには安堵する一方で、「広河氏本人の責任は追及されないのか」「これで幕引きなのか」と納得できない思いも抱えている。

何があったのか

東京商工リサーチなどによると、デイズ社は2003年に設立。広河氏は2004年3月にフォトジャーナリズム誌「DAYS JAPAN」を創刊した。

フォトジャーナリストを目指してDAYS編集部などに出入りしていた女性らに広河氏が性的関係を迫っていた、と週刊文春などが2018年12月に報じたことを機に、長時間労働や残業代の未払い、罵声を浴びせるなどのパワハラがあったという証言が相次いだ。

広河氏はデイズ社の代表取締役を解任され、「DAYS JAPAN」は検証委員会の中間報告を掲載した最終号をもって、2019年3月に休刊。デイズ社も解散を決定した。

その後、デイズ社は2019年12月、検証委員会による報告書をサイト上で公表。2004年から2017年にかけて、性交の強要や裸の写真撮影など17件の被害があったことや、デイズ社に賠償の責任があることにまで言及したものだった。デイズ社は「被害に遭われた方々への相談窓口」を設置した。

BuzzFeed Japanは今回、デイズ社に損害賠償を請求し、支払いが認められた2人に話を聞いた。損害賠償が認められなかった人、請求しなかった人の思いはこちらの記事に掲載している。

あっけなく終わってしまった

「請求が認められたという事実はありますが、これが妥当なものだったのかはわかりません。あっけなく終わってしまった、という印象もあります」

請求した慰謝料の一部が認められたAさんは、いまの心境をこう話す。

「受けた被害は客観的にみても補償されうるものだったのだとわかったことで、自責の念はほんのわずかですが和らいだ気はします。過去のことについて、ずっと自分を責め続けていましたから」

Aさんは、ジャーナリストを目指し、DAYS編集部で広河氏のアシスタントをしていた。数年にわたって何度も性的関係を強いられていたという。

広河氏が、些細なことで激昂し、スタッフやボランティアに怒鳴り散らすのを日常的に見ていたため、Aさんは当時、「怒らせてはならない、見放されたら終わりだ」と常に気を張りながら働いていた。

「アシスタントになるなら一心同体にならないといけないから、体の関係をもたないといけない」

広河氏にそう言われたとき、応じない選択などなかったという。「セックスはしなきゃならないものなんだ」と自分に言い聞かせた、とAさんは振り返る。

このときのことが、受けた性的被害のみならず、Aさんを苦しめ続けてきた。

立ち向かえなかったという罪悪感

「なぜ逃げなかったのか、なぜこんな組織に関わってしまったのか、なぜ徹底的に立ち向かわなかったのか、なぜ、なぜ、なぜ…...と、ずっと落ち込みや怒りを味わってきました」

友人から同様の被害の相談を受け、「あれは被害だったのだ」と認識できたのは、最初に性行為を強いられてから5年が経ってからだった。当時のデイズ社員やボランティアスタッフに話したものの、気力が続かず、また記憶を封じ込めたという。

「立ち向かおうとしたけれど、私は逃げました。私が徹底的に戦わなかったから、被害者が生まれてしまったかもしれない。今この瞬間にも被害者がいるかもしれない…...と長年、罪悪感を持っていました。つらい経験をさせてしまった人たちに、お詫びしてもしきれない思いです」

2017年の#MeTooの動きや、ジャーナリストの伊藤詩織さんが実名で被害を訴えたことにより、「私も同じだ」と強く思うようになり、取材を受け、検証委員会の調査にも協力することにした。

調査報告書を受け、デイズ社が相談窓口を設置したことから、Aさんは損害賠償を請求することを決めた。

正義がほしかった

Aさんは「1ドルでもいいから正義がほしかった」という言葉に後押しされたという。2002年に神奈川県横須賀市で米兵から性被害を受け、アメリカで裁判を起こし、2013年に勝訴して賠償金1ドルを得た女性の言葉だ。

「長いプロセスになるかもしれないし、慰謝料ももらえないかもしれない。でも私は、ここに被害者が存在するということ、許せない人が存在するということを知らしめたかった。私の被害という記録がゼロになってしまわないようにと、請求することを決めました」

Aさんは、自分と同様の被害を経験した人にも知っている範囲で、賠償請求の手続きができることを知らせた。「一人じゃない」と伝えたかったからだという。

「それに、デイズ以外にもどこかで、私たちと同じようなことで苦しんでいる人や、苦しめている組織や個人がいるはずです。『ハラスメントを許してはならない、被害者は悪くない』というメッセージが、請求手続きを通して世の中に伝ってほしいという思いもありました」

損害賠償を請求した後に破産

デイズ社は2020年3月、東京地裁に破産を申し立てた。サイト上では「ハラスメント被害に遭われた複数の方から、当社の残余財産を上回る金額の損害賠償請求がありました」「限られた財産を被害者に公平に分配するには、裁判所による破産手続きに委ねることが最良であると判断しました」と説明していた。

破産管財人は、破産会社の残余財産を債権者に分配する。損害賠償請求もその手続きに沿って配当が決められる。

Aさんらの代理人である在間文康弁護士によると、性暴力およびハラスメントについては、雇用契約上の安全配慮義務違反に基づいて損害賠償を請求した。

破産管財人によって認められた被害はそのうち一部だったが、配当についてはその100%が支払われたという。破産した会社で、債権者に100%の配当が認められることは極めて珍しい。

被害がなければ、あったはずの人生

2019年1月、毎日新聞に実名で手記を寄せ、長時間労働やパワハラが恒常的だったデイズ社の労働環境について明かしていた宮田知佳さんにも、損害賠償が認められた。

宮田さんは2014年にデイズ社に入社。連日終電を逃すほどの長時間労働の中、広河氏の罵声におびえ、心身に不調をきたしたという。

広河氏は、編集や営業に関わる社員に罵声を浴びせ、萎縮させて自尊心を奪ってきた。会社もそれを黙認してきた。たび重なる長時間労働は自分で考える力を奪い、「大義のための自己犠牲」は致し方ないという精神構造を作り上げ、社員の高い志を潰してきた(手記より抜粋)

「私の中で、いろいろなことが大きく狂わされてしまいました。今でも、仕事をしていると急に手に汗をかくことがあるんです。いったん奪われた自尊心はなかなか戻りません」

「自分は仕事ができないんだ、なんて精神的に弱いんだろう、といった自責感や挫折感が常につきまといます。そんな弱い自分を知られたくなくて、誰にも言えませんでした」

ハラスメントがなかったら、もっと自信をもって人と接することができただろうし、キャリアを途絶えさせることなく働けていたはずだったーー。宮田さんはデイズ社に、慰謝料と逸失利益を請求した。その金額のうち、認められたのは4分の1だ。

「デイズ社からは賠償されましたが、広河氏からは謝罪の一言もありませんでした。こんなところで区切られてしまうんです。被害者にはこれが精一杯なんです。でも、それが実態だということを多くの人に知ってもらえればと思います」

「夢や熱意をもってデイズに入ったのに、雑巾みたいに捨てられた人がほかにも何人もいて、すごく悔しいです」

Aさんも同様に、割り切れない思いを抱えている。

「私にとって、また社会にとって、今回の賠償請求の結果が妥当なものだったのかは正直なところわかりません。でも、手続き上の終わりとしては受けとめざるを得ません」

同じ人物からの被害なのに

特に2人が気にしているのは、遠方にいて請求手続きに踏み切れなかった人や、話すことがつらくて沈黙を守っている人、そして時効によって賠償を受けられなかった人のことだ。

性行為を強要されたとして慰謝料を請求していたもう1人であるBさんは、時効のため一切の賠償が認められなかった。Aさんは言う。

「同じ人物から、同じような被害を受けたのに、自ら被害を話す負担を負うか負わないかによって、また時効によって、区切られてしまいました。ともに励まし合ってきた仲なので、とても心苦しいです」

性暴力やハラスメントの被害を受けると、その後にどんな選択をしようと、物理的・精神的な負担を抱え続けることになる。

賠償を受けられなかった人たちの声と、その背景にある問題は、こちらの記事に掲載している。