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勉強の遅れ、どう取り戻す? 学校が再開した後に起こること

約3カ月分の学習の遅れは取り戻せる? 夏休みはどうなる?学校再開後に注意すべきことは。

緊急事態宣言の解除に伴い、地域ごとに小中学校・高校が再開しつつある。

全国一斉の臨時休校が要請された3月2日から数えると、長いところでは約3カ月。学習の遅れや生活リズムの乱れを心配する声もある中、どんな点に注意が必要なのだろうか。

BuzzFeed Newsは、名古屋大学大学院准教授(教育社会学)の内田良さんに聞いた(取材は5月26日)。

学校がこだわる「年度主義」

「なんとか終わるでしょう」

内田さんは、複数の学校の教員からこんな言葉を聞いたという。

休校で授業は大幅に遅れているが、学校再開後の努力によって、学習指導要領で定められた教育課程を今年度中に終わらせることができるだろう、という意味だ。

3カ月も休校していたうえ、学校が再開しても感染予防のための分散登校や健康チェック、手洗い指導や消毒などの対策も加わる中で、現実的に可能なのだろうか。

文部科学省が各都道府県などの教育委員会に通知している「教育活動の再開等に関するQ&A」によると、「児童生徒の学習に著しい遅れが生じないよう」に配慮することは求めているものの、標準授業時数が足りなくても必ずしも補う必要はなく、前年度で教えられなかったことを次年度で教えることも可能だとしている。

しかし、学校現場はそうは受け止めていないようだ、と内田さんは言う。

「学校には『年度』という感覚が非常に強くあります。進級や卒業もあるので、年度をまたぐといろいろな弊害が出てしまうという実感があるようです。企業は休めば収益が落ちるのは当然ですが、学校の場合は、休んでいた分は取り戻さなければならないという考え方なのです」

「3カ月分を遅れを取り戻そうと、学校は一気に忙しくなります。夏休みが短くなり、土曜日の授業も増え、やるべきことが詰め込まれた日常がやってくるでしょう。子どもにも教員にも、相当な負荷がかかると予想されます」

学校安全の議論は後回し

3月の全国一斉休校の後、「学校のあり方がどうなるか」「子どもの学習がどうなるか」といった議論はすぐにはされてこなかった、と内田さんは振り返る。

「世の中全体がそうでしたが、まずは感染拡大をいかに防ぐかが最大の関心事でした。教育のあり方が本格的に検討され始めたのは『9月入学』の議論がきっかけで、5月に入ってからのことです」

休校期間がどのくらい長引くかもわからず、教育課程がどの程度の遅れになるかの見通しも立たなかった。具体的な対策はまさにこれからともいえる。

一方で、学校におけるリスクはコロナに限らない。学校再開のタイミングで注意すべきリスクは、前述のような詰め込みによる負荷もあれば、ほかにもある。

学校に行きたくない

「長期休みが明けるときに子どもの自殺が多くなる傾向がありますが、今回は休校期間がもっと長い学校もあったうえ、休み中の外出もままならなかったため、休校中と学校再開後の生活の差はとても大きいものです」

「学校に行くこと自体が心理的な負担になる子どもたちが多く出てくるとみられ、細やかな配慮をしなければなりません」

進学、進級の時期と休校期間が重なったこともあり、まったく新しい環境に飛び込んでいくという子も少なくない。

内田さんは、学年やクラスをいくつかのグループに分ける「分散登校」を、感染拡大予防としてだけでなく、学校に慣れるためにも有効だ、と評価する。

「休んでいた間の学習の遅れをいきなり取り戻そうと焦るのではなく、まずは子どもたちが少しずつ学校に慣れるような配慮をしてほしいです」

熱中症のリスク

授業時間を確保するため、夏休みの短縮を決めた自治体や学校も少なくない。

文科省によると、全国の公立の小中学校の普通教室のエアコン設置率は、2019年9月時点で77.1%。

愛知県豊田市で2018年、当時小学1年生の男児が教室で倒れ、熱中症で死亡した事故の後、全国で急速に設置が進んだが、東北地方や北海道ではまだ設置率が低い。

エアコンが設置されていたとしても、新型コロナウイルスの感染予防のためには「密閉」を避ける必要があるため、ずっと窓を閉め切るわけにもいかない。児童・生徒の「密集」を避けるために教室を分け、設置率が48.5%と低い特別教室を使う可能性もある。

「エアコンがついていない教室で補習をやらざるを得ないという教員の声も聞きました。マスク着用もそうですが、感染予防と熱中症対策は相性が悪く、子どもの健康が心配です」

「学校のリスクは感染症に限りません。他の病気、ストレス、勉強の遅れなど無数にありますが、すべてのリスクをゼロにすることはできません。過剰に恐れたり焦ったりすると、子どもが学校生活そのものをストレスに感じてしまいます。さまざまなリスクをどのように判断し、受け入れるか、大人が考えていく必要があります」

教員の長時間労働

内田さんは、コロナ前から指摘されていた教員の長時間労働が、学校再開後にも懸念されると指摘する。

2016年の教員勤務実態調査によると、小中学校の教員が平日に学校にいる時間は11時間超。小学校教員の33.5%、中学校教員の55.7%が「過労死ライン」とされる月80時間以上の残業をしていた。

文科省は残業時間を原則「月45時間以内」とする指針を設け、働き方改革を推進していたが、内田さんは「学校再開直後の6月は、残業が前提となってしまうのではないか」と危惧する。

分散登校によってひとりの教員が担当する授業の時間数が増えたり、家庭学習をする子のために課題を出したり。コロナ対策のための新たな業務も増える。そのうえ教育課程は「年度内」に進める前提で、授業のスピードを上げなければならない。

「休校中は、先生たちも在宅勤務だったり短時間だけ学校に来たりと、これまで実現できなかった『働き方改革』ができていたのかもしれません。その状態から急に激務になり、残業が当たり前になると、働き方が後戻りしてしまいます」

ただでさえ2020年は、小学校の学習指導要領が新しくなり、「外国語」の教科化や「プログラミング教育」の必修化、「主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)」も始まることになっていた。

来年1月には大学入試センター試験に代わって大学入学共通テストが初めて実施される予定で、すでに英語民間試験の導入に振り回された高校3年生や指導する教員は、受難続きでもある。

「入試の出題範囲や遅れた教育課程の扱いがどうなるか、現場にはまだわからないことが多く、混乱しています。文科省はできるだけ早く具体的な対応を示して、子どもや教員の不安を減らしてほしいです」