会社員のきのコさん(ハンドルネーム)は、仕事がうまくいかずに落ち込んでいる恋人Aさんのことを心配していた。
そんなときAさんは、きのコさんとは別に付き合っていたEちゃんから、励ましの手紙をもらった。その手紙の内容が心に響いたAさんは、手紙をきのコさんにも見せた。
「Eちゃんは心からAさんを大切に想っているんだ」。きのコさんは手紙を読みながら、2人の関係を想うと温かい気持ちが涌き上がり、うれしくて泣いてしまった。
愛する人が、自分以外のパートナーを愛していることを知ったときに生じる、ハッピーな感情。これを「コンパージョン(compersion)」と呼ぶ。
あなたは、想像できるだろうか?
別の恋人がいることを恋人は知っている
きのコさんもAさんも、複数の人と同時に、合意のもとで性愛関係を築くライフスタイル「ポリアモリー」を実践している。つまり、パートナーを独占しないことが前提の関係だ。
Aさんには、きのコさんと同時にEちゃんという恋人がおり、きのコさんもEちゃんもお互いにそのことを知っていた。きのコさんとEちゃんは当時も今も友達だ。
そのとき、きのコさんにも、Aさん以外に付き合っている人がいた。そのことをAさんは知っていた。
2015年に、ポリアモリーであることをカミングアウトしたきのコさん。メーカー勤務の会社員9年目だ。著書『わたし、恋人が2人います。』は、複数の恋人、恋人の恋人、昔の恋人、友人など、10人近い関係者が登場する。
それぞれとの関係に、ときめいたり、安心したり、寂しくなったり、打ちのめされたり。セクシュアリティも年齢もさまざまで、血縁も法律上の定義もない。だからこそ「この感情ってどういうことだろう」と向き合うことが多い、ときのコさんは言う。
その中でも、ポリアモリーを実践している人に独特の「コンパージョン」という感情について、詳しく取材した。
自分たちを説明するために
2015年に出版された『ポリアモリー 複数の愛を生きる』は、日本で初めてポリアモリーについて学術的に書かれた新書だ。著者の深海菊絵さんは、アメリカでポリアモリーのフィールドワークを続けている。
深海さんによると、1960〜70年代にサンフランシスコで結成された「ケリスタ共同体」は、性的関係をグループ内に限定したグループ・マリッジを実践していた。
そのコミュニティの女性2人が、「自分のパートナーが他の人と性的関係を持っているときに感じる喜びはなんだろう」と話し合い、その感情に名前をつけたのが「コンパージョン」のはじまりという説が有力だという。
「コンパージョンに限らず、ポリアモリーの人たちは造語を創るという一つの特徴があります。名前をつけることで、関係や愛を探求するときに話しやすくしたり、考えやすくしたりするためです。自分のことを説明できるようにするのは、社会的承認を得るためでもあります」
感性を肯定される感覚
嫉妬の反対語というと、「愛情」「無関心」などが思い浮かぶが、ポリアモリストにとっては「コンパージョン」だという。繰り返しになるが、「愛する人が自分以外のパートナーを愛していることを感じたときに生じるハッピーな感情」のことだ。
どんなときに、どんなふうに感じるものか? BuzzFeed Newsは実際にコンパージョンを経験したことがある人たちに、詳しく説明してもらった。
「彼女に新しい彼氏ができて、彼女が愛されてより幸せそうにしているのを見たときに、気持ちいいと感じます。これは肉体的な快楽ではなく、精神的な心地よさ。愛、喜び、感謝、幸せ、といった感情です」(派遣社員、35歳)
「私の女性パートナーを、私の男性パートナーが好きになったとき、好きなものを共有できた感覚になります。私の感性を肯定してくれたような。大好きな友達が、同じ作品や、同じ本、同じおもちゃを大好きだったときの気持ちに近い多幸感かもしれません」(自営業、37歳)
「好きな人がお嫁さんを一番大切にしているとき、心が温かくなります。ストレスが解けてホッとします。コンパージョンを感じてからは、より幸せを感じることが多くなりました」(会社員、20代女性)
「愛する女性が、別の尊敬できる男性との結婚を決めたとき。その女性の、メタモア(恋人の恋人)に対する愛情のおすそ分けと、メタモアから愛されている安心感のおすそ分け、って感じかなあ」(会社員、58歳)
「自分のパートナーが、パートナーの大切な人(自分ではない)について、どのように大切か、どんなに素敵な人かを愛しげに語っているとき。たとえば漫画やアニメが好きだと分かりやすいと思いますが、推しが幸せで自分も幸せ、みたいな(笑)」(学生、23歳)
愛する人が幸せだと自分も幸せだという感情。自分が好きなものやことを他の人も好きだったらうれしいという感覚。
ポリアモリーの性愛関係が1対1ではなく、相手を独占しないことが根底にあるがゆえに、生まれる感情なのだろう。もちろん、ポリアモリストであってもコンパージョンを感じたことがない人、感じない人もいる。
また、きのコさんは、メタモア(恋人の恋人)のことをよく知っていて信頼関係ができていた場合にはコンパージョンを感じたが、メタモアのことをよく知らなかった場合には、嫉妬を感じたという。
嫉妬をポジティブに転換したら
深海さんはこう分析する。
「コンパージョンは嫉妬の反対語とされていますが、相反するものともいえず、複雑です。同じ時期に嫉妬とコンパージョンの両方を感じる人もいます」
「うれしい、でもちょっとヤダとか、感情ってそもそもはっきり区別できるものでもないので。ただ、自分が満たされている状況でないと、コンパージョンは感じにくいだろうとは思います」
また、ポリアモリーを実践する人たちは、嫉妬などの感情とうまく付き合おうとする傾向がみられるという。
一般的に、嫉妬はネガティブな感情としてとらえられ、一人でもがいたり、押し殺そうとしたり、相手にうまく伝えられずに爆発したりする。それが恋愛ドラマの定番でもあるわけだが、ポリアモリストには、嫉妬と対峙し、嫉妬を可視化しようとする人が多い。
深海さんは、嫉妬の原因を「①独占欲 ②疎外感 ③ライバル意識 ④エゴ ⑤不安」に分類している。なぜ嫉妬を感じているのかをまず知ることで、恋人やメタモアとの関係をよりよくするために、嫉妬を「活用」することもできるという。
関係を大事にするために、嫉妬をコントロールする。コンパージョンは、嫉妬をポジティブに転換した進化形だと考えることもできる。
「ポリアモリーの愛は、所有ではなくシェア。人を愛する気持ちを他の人とシェアすることに喜びを感じるコンパージョンは、愛の延長線上にあるともいえます」
「寝取られ」の心理は
ふと、ポリアモリーではない関係性に視点を戻してみると、相手を独占したい、所有したいという欲望が、恋愛の刺激として作用するという「設定」が多いことに気づく。
浮気、不倫、略奪愛、ライバルに寝取られた......。
恋愛ドラマなどでは、こうした出来事によって関係が深まったり途絶えたりする。複数の恋人がいることに合意しているポリアモリーにとってそれは刺激にはならないが、どちらも、人が人を好きになることに変わりはない。
きのコさんは「心」という字を指で宙に書き、こう話した。
「心っていう字は、4本の線がパラパラしていてまとまりがありません。私は、人間の心ってそれくらいフワフワしていて、コントロールがきかないものではないかと思っているんです」
「今は恋人は2人いますが、来年の今ごろは1人かもしれないし、いないかもしれない。自分の心も、まして他人の心も、縛られるものではありません。そのうえで、どうやって関係を築いていくかが大事だな、といつも考えているんです」
きのコさんは7月17日夜、東京・下北沢の本屋B&Bで開かれるトークショー「ポリアモリーって何!? 好きな人が複数いますが、なにか?」に登壇します。