アカチャンホンポが「お母さんを応援」という表記を消したわけ

    我が子のおむつを週に一度も替えない父親が4割いる。

    ベビー用品の専門店「アカチャンホンポ」が、自社ブランドのおしりふきシートのパッケージにある表記を、削除することを決めた。

    表記は「akachan honpoは全国のお母さんを応援します。」というものだった。

    なぜ「お母さん」なの?

    きっかけは、ひとりの母親の気づきだった。

    大阪市に住む早川菜津美さんは、生後5カ月の長女の育児休業中。共働きの夫も育児参加できてはいるが、平日に帰宅するのは深夜だ。

    早川さんは夜中、長女のおむつを替えながらふと、おしりふきのパッケージの表記が目に入った。

    <全国のお母さんを応援します。>

    「なんで『お母さん』がおむつを替えることが前提なんだろう? 確かに現状は私がおむつを替えているけれど、それを押し付けられるのはおかしくない?」

    母親が一人で育児を頑張らなければならない、といったプレッシャーも感じた。友人と話すと「私もそう思ってた!」と言われた。

    早川さんは5月上旬、赤ちゃん本舗のお客様サービス部に、おしりふきのパッケージの表記を変更してほしいとメールを送った。

    一人の声では届かないかもしれない、と考え、5月17日にインターネット署名サイトChange.orgでキャンペーン「オムツ替えはママだけ?」を始めた。

    このおしりふきは使い心地がとてもよくコスパもいいので愛用していますが、この記載だけは、気持ちにひっかかっているものがありました。

    オムツを替えるのは「お母さん」だけですか???

    現代は家族が多様化し、さまざまな家庭の形があります。

    お父さんが新生児期から積極的に育児参加している家庭も少しずつ増えていますし、父母以外の養育者が赤ちゃんをケアするケースもたくさんあるはずです。

    約1カ月後、賛同者が5000人を超えるとともに、署名の宛先にしていた赤ちゃん本舗お客様サービス部から、表記を削除することになったという連絡があった。

    「キャンペーンを立ち上げたときに私のほうから連絡はしていましたが、予想外に迅速な対応をしていただき、感銘を受けました」(早川さん)

    アカチャンホンポに聞くと...

    赤ちゃん本舗広報部によると、この商品は消費者の声を受けて開発され、2006年に商品化された。

    「そのとき、意見を寄せてくれたのが子育て中の母親だったため、お客様の声に応えたい、お母さんを応援したいという思いが当社としても強くあり、当初からこのキャッチコピーを入れていました。お母さんだけを応援するという偏見はありませんでした。ただ、表記は見直されることなくそのままになっていました」

    おしりふきシートは厚さや枚数が異なる6種類を展開しており、店頭の商品が入れ替わる2〜3カ月後をめどに順次、新しいパッケージに変更していくという。

    署名開始からわずか1カ月後に変更を決めた理由は、早川さんからメールが届いた5月上旬の時点で関係部署で情報共有し、検討を始めていたからだという。

    「当社は子育てをするすべての方々を応援したいと思っております。ご指摘いただいた内容を真摯に受け止め、時代の流れを加味して検討した結果です。今後もさまざまな意見を参考に、そのつど見直していきます」

    週に一度もおむつ替えをしない父親

    国立社会保障・人口問題研究所の「第5回全国家庭動向調査」によると、夫と妻の合計を100%としたときの夫の家事分担割合は14.9%、夫の育児分担割合は20.2%。

    夫の育児への関わりは年々増えてはいるものの、最新の2013年の調査でも、妻と夫の分担割合はおよそ8:2だ。

    3歳までの子どもがいる父親は、どれだけ育児をしているのか。育児の種類別に「週1〜2回以上やった」という父親の割合をみると、遊び相手をする(87.5%)、風呂に入れる(82.1%)、泣いた子をあやす(65.0%)、食事をさせる(60.8%)、おむつを替える(59.3%)、寝かしつける(46.3%)、保育園などの送り迎え(28.4%)と続く。

    つまり、4割の父親は、週に一度も我が子のおむつを替えていない。おむつ替えをしているのもおしりふきを使っているのも、いまだ「お母さん」が多いというのが実態なのだ。

    「消費者が声をあげるしかない」

    2017年5月には、ワンオペ育児を美化しているともとれるおむつのCM動画に、賛否両論が起きた

    制作したメーカーはBuzzFeed Newsの取材に「理想の子育てと現実との違いに悩む母親たちが多いため、動画でリアルな現実を描くことで応援したいという強い思いを込めました」と話していた。

    企業には、消費者の関心をどう引き寄せるかという現実的な視点と、自社製品がこれからの社会でどのように使用されたいかという理想、ブランドイメージなど、さまざまな観点を総合したマーケティングが求められている。

    早川さんは、こう話す。

    「現実に則したマーケティングの合理性は理解しています。そのうえで、企業には次の時代をつくる社会的役割を自覚していただきたいですが、それを促すには消費者が声をあげるしかないのだと思います」

    「特に乳児に関するマーケティングや公報では、『お母さん』が前提にされていると強く感じます。私が確認したものでは、おむつなどへの記載、育児本の記載、行政のパンフレットも、表現は『保護者』となっているものの、挿絵は女性と赤ちゃんでした」

    早川さんは「babystep」という団体をつくり、TwitterInstagramで発信している。家族の多様性を認め合い、性的偏見から自由になり、楽しく子育てできる社会を目指す活動をする。「ママ」「お母さん」は言いやすいため使われがちだと考え、「保護者」「養育者」をもっとキャッチーな言葉に言い換えることも提案していきたいという。

    「今回は一企業を名指ししたキャンペーンで、赤ちゃん本舗さんが理解を示してくださったために成功しました。同時に、この形のキャンペーンには限界があるとも感じました。今後はより広く問題提起していきたいです」

    「小さな一歩になる」

    Change.org Japan広報の武村若葉さんによると、似たようなキャンペーンは海外でも生まれている。

    アメリカでは、10代向けの雑誌に女の子の細すぎるボディイメージを掲載しないよう働きかけるキャンペーンが成功した。過剰に修正された女性像によって、少女たちの自己肯定感が下がったり摂食障害になったりすることを問題視。社会で受け取る価値観を変えるため、まず身の回りにあって手に取りやすい雑誌にアプローチしたのだ。

    「社会を変えようとする運動というと、国や法律、制度を変えることから考えがちですが、こういった身の回りの商品やCMやメディアなど、ひとつひとつのものに働きかけることのほうが、相対的に成功しやすいと考えます」

    「今回のキャンペーンの成功をみて、こういった問題が炎上するときだけ大騒ぎするのではなく、気になったらまず企業に考えを伝えてみたり、変更を提案してみたりということがとても大事だと改めて感じました。小さな一歩を重ねることで、社会のあり方を私たち市民の側から問いかけ、少しずつ変えていくことにつながるのではないかと思います」