「ショートコメディ」というジャンルで異彩を放つYouTuber・コウイチさん。
彼が運営するYouTubeチャンネル「kouichitv(コウイチティービー)」は、独自のユーモアさに満ちた動画が反響を呼び、今では58万人以上もの登録者がいる。
まるで短編ドラマを見ているかのような彼の脚本には、不気味だがなぜか引き込まれてしまう奇妙な魅力がある。コメント欄は「不気味さが面白い」「風邪を引いた時に見る夢みたい」といった声で溢れている。
数あるYouTubeチャンネルの中でも、「kouichitv」の存在は特異だ。なぜここまで人気を集めているのか、コウイチさんに話を聞いた。

大学卒業間近、内定を辞退してYouTube一本に
ーー高校1年生の時に動画投稿を始めたコウイチさん。著書では現在の自分について「YouTube1本で生活をしているのは、学生時代には想像もしていなかった」と話していましたね。
現在の僕は、YouTubeに動画を出し、それだけで飯を食っている。大学時代には想像もしていなかったことだ。これが理想の形かと訊かれると返答が難しいが、今はこれがベストアンサーだと思っている。
著書『最悪な一日』より一部抜粋
コウイチさん(以下、コウイチ):はい。YouTube1本でやっていこうと決めたのは大学卒業間近になってからなんです。
それまでは就職活動もしていて、映像の会社に内定をもらっていました。
ーー就職活動されていたのは意外です。
コウイチ:学生時代のYouTuberとしての収入って、本当にお小遣いとか、バイト代くらいだったんですよ。
だから、YouTube1本で生活するなんてまず無理だろうなと考えていました。絶対就活はしておいたほうがいいだろうって。
でも、卒業間近になって、いきなりドーンと動画が伸びたんです。
ーーすごいタイミング。
コウイチ:また、同時期にUUUMから所属の連絡も来たんですよね。
これは…用意されていたのかな、と思うくらい出来事が重なって。
内定先の会社が副業禁止だったのもあって、とりあえずしばらくはYouTubeで暮らしていけそうだし、1本でやっていこうかなって決めました。
アンチ覚悟で初めての投稿。しかし実際は「全く見られない」
ーー今でこそYouTuberは当たり前の存在ですが、2012年はまだ「YouTuber」って言葉すらなかったのでは。
コウイチ:そうですね。ネットに自分の顔を出す人も珍しい存在でした。
当時、そんな人たちは「動画投稿系」って呼ばれていて。今で言うYouTuberの先駆けみたいな。YouTube上にランキングがあったんですが、トップにはその「動画投稿系」配信者の動画が並んでいましたね。
ーーそんな中、最初の動画ってどんな気持ちで公開したんでしょうか。
コウイチ:めちゃくちゃ叩かれるんだろうなとか、ビクビクしていました。
僕、まともにネットに触れたのって高校生からなんです。家に回線がなく、それまでは学校とか友達の家のパソコンとかでしか機会がなくて。
高校生になって、自分のお金でスマホを買ってからYouTubeも見るようになりました。
先ほど言った「動画投稿系」の動画に出会って、自分にもできそうだなって思って始めてみたんですけど。
ネットの洗礼を受けるんだろうな〜って気持ちでしたね。
ーー実際はいかがでしたか?
コウイチ:いざ出してみて、何も反応がなかったんですよ。アンチが来る以前に、誰にも見られない状態がスタートなんだなって気づきました。
そこからは感覚がマヒして、動画を投稿することに抵抗がなくなりました。しばらくは誰にも見られていない状態で続けていましたね。
YouTubeでこの動画を見る
2012年当時に投稿された動画
面白いの基準は「感情が動くかどうか」
ーーかなり長く投稿を続けていますが、コウイチさんの動画は作風が一貫している印象があって、昔でも今でも変わらず笑えます。自身が考える「面白さ」とはなんでしょうか?
コウイチ:自分の中では「感情が動いたら」を一つの軸にしています。
本当に面白くないものって、「無」だと思うんですよ。感情が全く動かないまま動画を閉じる、みたいな。
それで言うとファニーさだけでなく、ちょっとした違和感や嫌悪感も面白さに含まれると考えていて。
驚きとか、感情を動かすことにフォーカスして動画づくりをしていますね。
見ている方からは、動画の脚本は「天才のようなひらめき」から生まれてると思われがちなんですが、実際はすごく理論的に考えているんです。
脚本づくりの中でも「面白いポイント」をしっかり用意して、そこをどう面白く見せるか、みたいな流れで制作している部分があります。
ーー計算して動画をつくっているんですね。
コウイチ:そうですね。
勢いだけで続けていた時期もあったんですが、基礎がなっていないから脆いなと感じて。脚本の勉強などを始めたんです。
理論で「こうすれば面白い」を押さえておくと、何も思い浮かばなくなった時に安心だなって。
ーーコメント欄などで「狂ってる」と評されることが多いのも、計算通りということでしょうか?
コウイチ:いや…これは全然狙っていないんです。気づいたらそう言われていました。
台本のある動画だと、素の部分がわからないから変わった人間に見られがちなんでしょうか。僕自身はものすごく普通の人間なんですよ。
ただ、嫌だなって気持ちはなくて。すごく居心地の良い位置にいさせてもらっているなと感じています。

ーー今まで600本近くの動画を投稿していますが、特に思い入れの強い動画はどれですか?
コウイチ:どの動画も好きなんですが、1番を挙げるとすると『最悪な1日』ですね。
ーー著書のタイトルにもなった動画ですね。
コウイチ:これは地元の北海道で開催された短編映画祭へ応募するために制作したものなんです。
締め切りが近いし申し込んでみるかって、2日くらいでつくったんですけど。脚本も流れだけしか書かず、制作費も交通費と小道具くらいなので数百円なんですよ。
勢いでやったら、なんと上映されることが決まって、賞までいただいたんですよね。
しかも、その賞はもともとあったものではなく、僕たちの作品のために特別につくられたもので。
ーーすごすぎる。
コウイチ:他の応募作品には真面目なドキュメンタリーとかもあって、正直「ここで流して大丈夫かな」って不安があったんです。
だけど、審査員の方たちは評価してくれて。勢いが全面に出た作品に、「昔も自分はこれぐらいのものがつくりたかった」って心を動かされたのかなあと感じています。
目には見えない「真のファン」を意識する
ーーコウイチさんは映画好きという背景もあって、他のYouTuberと比べて「クリエイター」と「視聴者」の境界線をしっかり引いている方だなという印象を受けます。著書でも「リクエストは受け付けない」と書かれていたり。
視聴者はこういう動画を望んでいるんだろうなとか、リクエストが多いからこのシリーズをやるなんてことはまずありえない。むしろリクエストされるほどやりたくなくなる。視聴者に「リクエストが届いた!」なんて思われたら、自分の頭を爆破したくなる。
薄情で冷たいやつだと思われるので、普段はあまり口に出さないようにしているが、案外そういう人は多いんじゃないのか?
著書『最悪な一日』より一部抜粋
コウイチ:そうですね。見ている方に対して、顔色を伺いながらやるスタイルはあんまり好きではなくて。
あと、「もっとこうしてほしい」など、意見を送ってくれる方もいるんですが、本当に長く見てくれている方って、何もコメントをしない人が多いんじゃないかなと考えていて。
僕自身もそんなにコメントをする方ではないからわかるんです。大抵の人はつまらないと感じたら黙って離れていくじゃないですか。
ーー確かに。
コウイチ:何も意見を残さない人がどう思っているかを、視聴者目線で考えていかないとダメだと思っているんです。
再生回数とか、ついつい数字で捉えてしまいがちなんですが、ちゃんと人間が見ているっていうのを意識してやらないといけない。

「動画づくりへの情熱」をこれからも大事に
ーー動画づくりに対するストイックな姿勢が、見る人を惹きつけているんですね。見られていない期間もあった中、自身が8年間もYouTubeを続けられている理由って何だと思いますか。
コウイチ:純粋に動画をつくるのが好きなんですよね。その行為自体が本当に楽しい。
多くの人に見られたりとか、賞をいただいたりするのはすごく嬉しいことではあるんですが、それが一番の目的ではないので。だからこんなに長く続けられているんだと思います。
動画への情熱はずっと維持し続けている感じがありますね。逆に、それがなくなったらきっと面白いものはつくれないんだろうなあって。
ーーコウイチさんにとって一番は動画づくりで、そのアウトプット先としてたまたまYouTubeがあったって感じなんでしょうか。「人気になってやるぞ」みたいなガツガツさがないからこそ、人気なのかなと思いました。
コウイチ:あまりYouTubeでどうこうっていう必死さはないかもしれないです。
求めると寄ってこない…みたいな世の中の法則ってある気がしていて。たいてい、望んだ瞬間に手に入らなくなりますから。
だからこれからも、何も考えずに自分が面白いと思えるものを大事に動画づくりをしていきたいですね。

<コウイチ(kouichitv)>
1996年生まれ。北海道出身。高校1年生のときに、YouTubeチャンネル「kouichitv」を開始。メンバーは谷くん、わたこう。動画のほとんどを一人で制作。3分以内のショートコメディが主で、謎めいたオチ、実在しそうなヤバい人物など、皮肉の効いたシュールな世界で独特の存在感を放つ。短編映画祭にエントリーした『最悪な一日』が特別賞を受賞。2021年3月には初の著書『最悪な一日』を出版した。