あの頃、カセットがSNSだった―今、世界で「カセットブーム」が来ている理由

    「あの頃のカセットって、今で言うSNSだったんですよ」

    今、欧米を中心に、新譜をカセットテープでリリースするアーティストが増えている。

    アメリカ西海岸やヨーロッパのインディーズシーンで2010年頃からカセット人気がじわじわ高まっている。デジタルとは違う、アナログの「きれいすぎない」音質で表現できるのがカセットの魅力だ。

    2013年に英国で始まったオーディオテープの祭典「カセット・ストア・デイ」も、東京を含む世界各地に広がっている。モーターヘッド、グリーンデイなどメジャーアーティストも参加する規模になった。

    日本にも、この流れは着実に訪れている。今もカセットテープの生産を続ける日立マクセルは、70年代に販売していた「UD」シリーズの復刻版の発売を決めた。

    都内のカセットテープ専門店には、往年の音楽ファンだけでなく、アナログの再生機器自体を珍しく感じる10代の若者も訪れているという。

    「今この時代に合った新しいラジカセを提案したいんです、若い人たちに向けて。ラジカセって、面白くてかっこいいんですよ」

    21世紀の新しいラジカセ「MY WAY」の開発を進める、家電蒐集家の松崎順一さんは思いをこう語る。

    ラジオとカセットデッキを融合した「ラジカセ」は、1960年代の日本で生まれた家電だ。

    街のおばあちゃんから、ジャングルの奥地の先住民まで――最盛期は世界で数千万台が使われた。

    カセットテープがCDに代わり、ラジカセが音楽を聞くメインの道具でなくなって久しい。ある世代より下の人はほとんどなじみがないだろうし(筆者もない)使われているシーンはかなり限定的だ。

    薄暗いガレージの奥に

    松崎さんの家電集めの拠点は東京・足立区にある。都心から電車とバスを乗り継ぎ、1時間ほどかけてたどりついたのは団地の真ん中だった。

    ラジカセだけでなく、時計におもちゃ、テレビ……他にも、見ただけじゃ何かわからないいろいろ。足の踏み場もない。

    松崎さんが毎日愛用しているのは、SONYのラジカセ。

    へえ、これがラジカセ。かっこいい。こんなに存在感があるものなんだ。

    「そう、かっこいいでしょう。メカニックなデザインも、質感も。これが部屋にあったら愛しくなりそうじゃないですか?」

    SNSとしての「カセット」

    松崎さんは、カセットリリースするアーティストが増えている理由としてまず「音」をあげる。決して音質がよいわけではないが、デジタルでは消えてしまうノイズが残ることで、人間にとっては臨場感ある“豊か”な音に感じるのだ。

    もう1つは「ビジュアル」だ。カセットテープのおもちゃのような見た目に加え、デッキにセットして音が出るまでのギミックを手を動かして楽しめることも、データが主流の時代には新鮮に映っているという。

    「アナログブーム、カセットブームと言いますが、昔に戻ろうというより、デジタル全盛の今だからこその楽しさを発見しようという動きなんです。世界各地で少しずつ火種はある。ブームではなくて、新しい“当たり前”にしたい」

    「例えば、カセットって、当時のSNSなんですよ。今の時代と相性いいんじゃないかなって僕は思ってるんです」

    ラジオで流れる最新の洋楽を集め、好きな曲を集めたオリジナルカセットを作り、自作の曲を演奏して録音する。自分の好きなものや伝えたいことを伝えるという意味で「今でいうSNSの役割だった」と松崎さんは話す。

    当時いくつも出ていた音声版ZINE(同人誌)「カセットマガジン」の話を聞くと、なるほど確かに、ネットカルチャーや同人文化に似ている。

    冊子の代わりに、この手のひらサイズの小さくてカラフルな四角いものをやりとりするのは、見た目にもちょっと楽しそうだ。何よりかわいい。大事に取っておきたくなる。

    もはやCDをもらってもそんなには嬉しくないけど、カセットをもらったら、なんだか不思議に嬉しいとは思いませんか? ミュージシャンの側はもちろん、リスナーの側もそれに気づきはじめています。(「MY WAY」プロジェクトより)

    日常に家電のない生活

    今の10〜20代は、部屋にオーディオどころか、テレビや電話がないのは当たり前。

    冷蔵庫の代わりにコンビニ、洗濯機の代わりにコインランドリーを活用する生活も珍しくない。ライフスタイル自体がクラウド化しているのだ。当然、家電への興味関心も薄くなる。

    「MY WAY」は、音楽を聞くためだけでなくインテリアとしても愛でてもらいたいと、デザインや手触り、ボタンを押し込む時の「ガチャッ」音にこだわった。「部屋にあったらちょっとうれしいな、オシャレだな、と思ってもらいたい」。

    松崎さんは最新ガジェットを愛用しつつ、それとは別に「ものと触れ合う」「愛でる」機会が減っていくことにさみしさや危機感を感じているという。

    「スマホでなんでもできる快適さはもう手放せない。デジタルの便利さを否定するわけではなく、アナログなガジェットも選択肢として共存してほしいんです」

    次世代に残したいジャパン・カルチャー

    ラジカセもカセットも、今や生産台数はかなり少ない。大手企業数社にも「一緒に新たなラジカセ作りを」と声をかけたたが実現は難しく、自ら海外工場と交渉し、開発にこぎつけた。

    「日本が産んだラジカセという発明を次の世代に残すには、今がギリギリという思いもあります」

    9月に「Makuake」で始めたクラウドファンディングの先行予約では、すでに350万円以上が集まっている。来春には店頭販売も始める予定だ。

    「日本で生まれたラジカセは、確実に世界を変えた大きな発明であり、文化を作ったもの。今、ジャパン・カルチャーというとアニメや漫画が中心ですが、同じようにあの頃の家電のかっこよさをもう1度伝えたい。海外で先にブームになって、日本に逆輸入する未来も、十分ありえると思います」