ディズニーが自閉症の少年に与えた希望。ドキュメンタリー映画『ぼくと魔法の言葉たち』

    言葉をディズニー映画のセリフで取り戻した、ある少年のドキュメンタリー。

    ある日、とつぜん自閉症により言葉を失った、2歳の少年オーウェン。何も話さなくなった彼は、ディズニーのアニメ映画のセリフ——"魔法の言葉たち"で言葉を取り戻した。

    映画『ぼくと魔法の言葉たち(原題:Life, Animated)』は、自閉症の青年オーウェン・サスカインドの日常生活、そして学校を卒業してから社会人へと成長する彼の姿を記録したドキュメンタリー。手がけるのは、2010年にオスカーを獲得した初の黒人監督ロジャー・ロス・ウィリアムズ。

    2016年のサンダンス映画祭監督賞や2017年アニー賞特別業績賞などで多くの賞を獲得。そして2017年にはアカデミー賞・長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた。また、日本では、2017年2月に文部科学省の特別選定に選ばれている。

    約1年以上、オーウェンと一緒に過ごした監督が感じたこととは。そして作品で伝えたかったメッセージとは。BuzzFeed Newsは来日したウィリアムズ監督に話を聞いた。


    「自由なのは私じゃなくて、オーウェンの方なのかも」

    オーウェンは"不自由"だと思っていた観客から、そのような反応があるとウィリアムズ監督は話す。

    ディズニーの映画に登場するキャラクターのセリフを通して言葉を覚え、人そして世界とつながるようになったオーウェン。ウィリアムズ監督は、こう語る。

    「オーウェンは、素晴らしい才能を持っている。神話、おとぎ話や伝説が持つ力を、理解している。それは、ディズニー映画を長年見て育ってきた人にしかわからない」

    オーウェンの父親、ロン・サスカインドとウィリアムズ監督は、記者だったころに知り合い、15年の付き合いだ。

    ドキュメンタリー映画を撮るきっかけとなったのは、ロンからオーウェンについての本を書いている、との話が出た時だった。

    ウィリアムズ監督は、ちょうどオーウェンが一人暮らしする予定であると聞き、新たなスタートを切るオーウェンの旅路を記録したいと思った。

    「オーウェンは、周りの人がありのままの自分を見てくれないと言っていた。オーウェンの母コーネリアは、彼がどんな人間なのかを、本当に知ってほしかったんだ」

    オーウェンの日常生活はルーチン化しているため、撮り直しは一切なかった。ずっとカメラやウィリアムズ監督に追われることは困難だったのではないのか。

    「私を両親が前から知っていたので、オーウェンは信頼してくれたんだと思う。彼の両親が私を信頼してくれていることも知っていたから」

    「オーウェンの日常生活の一部になれるようにした。すると、カメラや私を無視するようになり、1年間、私たちはオーウェンの生活の一部となっていった」

    あくまでも、オーウェンの視点での世界を見せたかったとウィリアムズ監督は説明する。

    オーウェンの視点で見る世界

    ディズニー映画は、オーウェンに言葉だけではなく、人生の教訓についても教えてくれた。しかし、教えられないこともある。

    フレンチキス、セックスや失恋。ハッピーエンドが主流のディズニーの映画では、これらの人生で起こりうるハプニングに対するセリフはない。

    ディズニーが答えをくれない人生の出来事に「なんで?」と問い続けるオーウェン。作品でウィリアムズ監督は、このようなオーウェンの葛藤も、彼の視点で記録することを心がけた。

    「この作品を観る人を、オーウェンの豊かできれいな脳内、世界の中へ連れて行ってあげたかった」

    「たいていの作品は、外から中を覗いているような仕組みになっている。これは、オーウェンの物語だから、彼の頭の中に入らなきゃいけなかった」

    脇役からヒーローへ

    オーウェンと共に過ごして最も印象的なシーンを聞くと、ウィリアムズ監督はフランスで開催された自閉症についてのシンポジウムで、オーウェンがスピーチをした瞬間だと語る。

    シンポジウムのバックステージで待機するオーウェンは、スピーチの直前にまっすぐカメラに向かって満面の笑みで伝える。「準備できてるよ」。

    スーツを少し正すと壇上につながる通路を歩き始め、自分について演説する。「誇りのある自閉症の男性」だと。

    「あの日、オーウェンは"脇役"からヒーローになった」。ウィリアムズ監督は、そう振り返る。脇役だと思っていたオーウェンは、彼なりのヒーローになった。

    そしてそれは運命だったと監督は話す。

    「人前でスピーチするのは、オーウェンにとって挑戦だった。人の目を見て話したり、人とつながったりすることができなかった。だけどあの日、オーウェンは1000人の人とつながって、自分について語っていた」

    撮影を経てわかったこととは。

    オーウェンは独立して自信に満ちた、自閉症の男性だとウィリアムズ監督は説明する。

    学校を卒業してから、オーウェンは親元を離れて暮らし始め、自由に自分で物事を決めて生活をしている。そんな彼を、サスカインド一家はその才能を育てながら、成長を温かく見守り支え続けてきた。

    「サスカインド家は、ずっとこの旅路をともに歩いてくれた。かならずどこかにいたんだ」

    「自閉症の人は、誰もが才能ある。私たちは、それを探すべき。サスカインド家はオーウェンの才能を探すことができ、育てていった」

    「自閉症の人について理解するガイドになれば」

    ウィリアムズ監督がこの作品で伝えたかったメッセージとは。

    「自閉症の人も、社会や世界に貢献することがたくさんある。みんなが持つ素晴らしい"贈り物"を、見下したり無視したりしてはいけない。それに気がつかないと、社会は損することになる」

    「この作品は、たくさんの人にとって自閉症の人をもっと理解するガイドになると思う。みんなこの映画を観るべき。見出しにそう書いておいて(笑)。『みんな映画館にいますぐ行って、この映画を観てください』ってね。観るだけでも良い体験になると思うし…あと、空席なんてありえないって書いておいて(笑)」

    作品を通して、自閉症について話し合うきっかけになってほしいとウィリアムズ監督は思っている。


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    『ぼくと魔法の言葉たち(Life, Animated)』は4月8日(土)より、シネスイッチ銀座ほかにて全国ロードショー。東京のシネスイッチ銀座では、「フレンドリー上映」が実施される。上映中に席を立ったり声を出したりすることができる。