視覚と聴覚。2つの障害と向き合いながら、自らの人生を著書にまとめた日英2人の女性が東京で出会った。目が完全に見えなくなる恐怖を泣きながら語ったジョー・ミルンさん(40)。荒美有紀さん(27)が伝えた言葉は「楽しく生きていける」。
イギリス生まれのジョーさんには、先天性の聴覚障害があった。29歳の時にはアッシャー症候群と診断され、いつか視覚を失うことを知った。今回、著書「音に出会った日」の日本語訳出版に合わせて来日。各国を訪問する際にそうしているように、日本でも似た境遇の障害者との交流を希望した。
出版社の紹介で会うことになったのが、荒さんだ。「手のひらから広がる未来~ヘレン・ケラーになった女子大生~」の著書がある。16歳で難病神経線維腫症2型を発症し、3年後に難聴。22歳で失明と失聴した。
2人は、ホテルのラウンジで会った。わずかながら視覚と聴覚があるジョーさんに対し、完全に見えず、聞こえない荒さんには指点字通訳者が指をトントンと触って、対話の内容を伝える。
「毎日を楽しめる自分の人生が大好き」と笑顔で語るジョーさん。しかし荒さんと対談を進めていくうちに、「怖い」と涙をぽろぽろ流し始めた。
同じ境遇にいる人とともに障害を受け入れる
荒さん「24年間健康だったのですが、いきなり見えなくなって……聞こえなくなって。やっぱり、自分と同じような人はいないんだろうなと思い、すごく落ち込んでしまったんです。難病で病院に入院生活をしていた頃に、病院のスタッフさんに励ましてもらって、外に出れるようになった。でも、そういうきっかけがなく家の中で苦しんでいる人は、多いと思うんですね。周りの人たちに知ってもらうことで盲ろうの人が人生を満喫して生きていくことができるのを、実感してもらいたいなと思います」
ジョーさん「イギリスでは、同じ病気を持つ人が、しばらく同じ場所で過ごすチャンスがある。落ち込んだ時に、同じ状況で悩んできた人に会える場所があるんです。『こういうことがあった』と報告するだけ。大事なのは、自分で実際に同じ境遇のような人に会うことだと思います。どこかにいるとわかったら、私はすぐに会いに行きます」
障害者は「自分たちで権利を止めてしまっている」
荒さん「ジョーさんの本を読んで、同じような気持ちを感じているんだなと思いました。イギリスには、盲ろう者協会や支援の団体などありますか?」
ジョーさん「あるけど認識は少なく、孤立していると思います。医学の専門家が正しい情報を持っていないことに、苛立ちを感じています。誰かを責めることはできない。認識が足りないだけなんです。だからこそ、私たち盲ろう者が立ち上がって発言をし、社会の一員であるという存在を世界に知らせなければいけないんです」
荒さん「日本には、盲ろう者は約2万人いると言われています。都心でも2000人はいます。その中で都心でも社会に出られる盲ろう者は、150人くらい。盲ろう者全体の中で、10%しか社会に出られていないんです。地方にもいるんですけど、やっぱり東京が進んでいるんです。それでも、10%。もっと社会の認識を上げたいなと思い、講演と広報の活動をしています」
ジョーさん「相手にちゃんと受け取ってもらうには、私たちが一歩踏み出して『自分たちはこうである』と声を上げないとダメ。黙っていては、何もしてくれません。盲であれ、ろうであれ、実際は働ける。結婚して家族を持つこともできる。高い教育を受けることもできるはず。ところが、自分たちで権利を止めてしまっている。荒さんがやっている講演や広報のように、表に出て人々に知らせることが、まさに障害を持つ人間の責任だと思っています」
障害者は普通に社会の中にいる
ジョーさんは、母親の意向で盲ろう者専用学校ではなく一般の学校に通った。障害を持つ子供を特別支援学校に「隔離」してしまうことが必ずしもいいことなのかわからないと語る。荒さんは、大学4年生で障害を持ったが、大学を卒業した。荒さんは彼女の意見に対し、どう思うのか。
ジョーさん「大事なのは、周りの人間が知ってくれること。その認識があれば、孤独にはならない。障害を持つ子たちのためだけの学校があることが、良いことなのか悪いことなのかも、実はわかりません。下手すると閉じ込めちゃう。隔離しちゃう」
荒さん「同じ障害を持っている人たち同士で集めるということは、私もよくないと思っているんですよ。ですが、障害のある子を普通の学校に入れて、果たして同じ勉強を学ぶことができるかといったら、難しいんじゃないかなと思っているんですね。学校に行くことは、障害のある子だけじゃなくて、一般の健康な子たちとも普通にやっていける関係を作ることを学ぶ場所だと思っているんです」
ジョーさん「障害者がいることが、普通の社会になる。だからといって、普通の人と同じ生活をしなければいけないことでもない。大事なのは、周りの人に知って意識してもらうこと。こういう人がいるんだと。みんな同じ世界に住んでいる」
全盲になるまで残された時間
荒さんはゆっくりと言葉を選び、ジョーさんにある質問をした。
「全盲になった場合は、どのように対応される予定ですか」
通訳者が荒さんの言葉を英語に訳す。ジョーさんは頭を下げ、しばらく黙った。そして、荒さんをまっすぐ見て、答え始めた。
ジョーさん「ここ20年間、常に考えています。それが、悲しくて。この人生を生きるのは楽しいけど、全く目が見えなくなる日が来ると思い出すとお腹が痛くなるんです。だから、人工内耳の手術を受けることを決めた。人工内耳は、今までなかった聴力を与えてくれたのです。全盲になった時、自信になると思います」
ジョーさん「今日は本当に荒さんとお話ができて感謝しています。素晴らしいと思うのは、盲ろうの場合、普通はほんのかすかながら聞こえたり見えたりするのが多いと思います。なので、全盲ろうという状況の人は、非常に限られている」
荒さん「ありがとうございます。全盲ろうの立場からいうと、やっぱり少しでも見えたり聞こえたりするのは、すごくうらやましいことです。私の場合は、人工内耳も使えない病気なので。少し見えても、視野が狭くても、大変なことは多いと思うのですが……まったく見えなかったり聞こえないと、人間として自分の存在が何なのかが、全然わかなくなる。私としては、今は感じられる感覚を十分大事に味わっていただけたらいいな、と思います」
ジョーさん「本当に、残された自分の視力を楽しみたいと思います」
そこまで話して、ジョーさんは少し言葉に詰まった。そして、こう呟いた。
「……怖い」
声を震わせ、涙を流す。
ジョーさん「なくなってしまう視力を目の前にすると、怖い。でも、荒さんはたくさんのインスピレーションをくれました。ありがとうございます。あなたを見ていると、とてもかっこいい。着ている服も素晴らしいわ。いつか全く見えなくなっても、大丈夫だと希望をくれました。とても嬉しい」
荒さん「盲ろうになるのが怖いと思うのは当たり前だと思う。私も絶望したので……でも、全く見えなくなってしまっても、楽しく生きていくことはできると思う。それだけをお伝えできたら嬉しいです」
CORRECTION
初出時、荒さんの年齢表記を「29」記載していましたが、「27」の誤りでした。
荒さんが難病を発症して、8年後に難聴になったと初出時記していました。また、日本で社会に出られている盲ろう者が全体の1%と記していました。荒さんから修正の申し出があり、本文を訂正いたします。